ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
忌まわしく苦々しいあの事件からはや2週間から3週間?が経った。
人間というのは不思議なものでどんなに異常な事態が起きても時間がある程度経つと何事もなかったように腹は減るし習慣は抜けずに朝早くに目が覚める。
日付は十日を過ぎた辺りから数えるのを忘れていた。いつのまにかなんか2週間以上過ぎてね?と思うようになってしまった。
カレンダーを最初に作った人はつくづく偉大だ。
当たり前の物だけどあれを作るのはなかなか骨が折れるはずだ。まず便利だとは思っても個人では作ろうとは思わないよな。労力に結果がショボすぎる。
話はそれたが、俺たちがこの世界に飛ばされた事件は〈大災害〉と呼ばれるようになったらしい。まんまだわ。
ある程度の落ち着きもアキバでも見えてきたらしい。活気はないらしいが。
それから〈大災害〉2週間以上も経つと色々な情報が出回るようになった。
一つ目は、死んでも大神殿で復活が出来ること。
これについては良かったと手放しで喜んでいいだろう。〈大災害〉に巻き込まれた人間はよくも悪くも全員が日本人だ。海外の方で同じような現象が起きてるのかは知らないが、俺たち日本人は根本的に戦闘には慣れていない。よくてちょっと喧嘩慣れしてるような奴がいるぐらいだろう。
はっきりいってしまえば、毎月それなりの金を支払わないといけなかった〈エルダーテイル〉をやれるのは大体が高校生辺りからだろう。要するにゲーマー連中がほとんどだということだ。小中学生はほとんどいないだろう。
平和ボケした日本のしかもゲーマーとなれば残念ながら…ねえ?これ以上は反感を買うだろうから控えよう。
二つ目は、俺たちの体は〈冒険者〉仕様で痛みが現実世界よりも大きく軽減されてること。
これも手放しで喜んでいいだろう。HPがいっきに半分以上も減るような攻撃をするような奴と戦っていないからなんとも言えないが、多分現象世界で車に弾かれたときの痛みは骨にヒビが入るぐらいの痛みぐらいには軽減されてるだろう。
しかも傷の治りも早い。少しくらいの切り傷だったら半日もせずに跡も残らず治ってしまう。
三つ目は、さっきちょろっと出たが戦闘はなんとか可能だということ。
ただ、これは問題点がいくつかある。一つ目はフィールドマップが見れなくなったこと。これのせいでモンスターや…PKの接近に気づきにくくなってしまったこと。
二つ目は視野の狭小化。
ゲームのときはパソコンの画面から自分のアバターを見ながら広く周囲を見渡せたが、今の俺たちは自分たちの目に写るこの視野が限界だ。だいたい正中線を中心にして160度くらいだろう。
三つ目は、戦闘そのものに対する恐怖。
これが一番の問題だろう。現実世界では見たことのない巨大な生物や恐怖を増長させるようなモンスター、
自分を殺そうとするその殺気。
少なからず戦うことを諦める人間は現れるだろう。戦うことができてもゲームの頃のように自分と同じレベル帯と戦える人間は大きく減る気がする。
どれも慣れるしか克服方法がないところが厄介なところだ。
そして四つ目大地人が俺たちとなんら変わりない普通の人間だということ。
これは俺個人の発見だ。
NPCだと思っていた大地人にもきちんと心があってそれぞれの考えがあって俺らとなんら変わりない事がわかった。
アサクサに来てつくづく実感させられた。
俺の眼に見えてる大地人のフワフワも大きさや質、に差はあれども、俺ら〈冒険者〉と根本的なところはなんら違わなかった。
とにもかくにもこれが俺たち〈冒険者〉の現状といったところだった。
◆
アサクサ近くのひとつのフィールド。
大きな川が水の流れる音を奏ながら流れ、その周囲の川辺には現実世界でも滅多に見ることのできないような背の高い草葉が風に揺られ擦れあいサワサワと河川のせせらぎと混ざりあい解け合う。
そんな情緒溢れる中に耳障りな羽音と地面を蹴る無粋な二つの音が響く。
片方の羽音を放つのは異質な姿をした異形のもの。
太い丸太のような胴体に透き通る薄いが大きな羽。ただし、片翼は刃物で斬りつけられたような痕を残し少しかけている。
そして一番に目を引くのはその頭。その形は空想の産物。誰もが一度は創作物の中で目にするドラゴンの頭を鱗を纏った胴体から生やしていた。
名前を〈ドラゴンフライ〉大事なところを間違えてしまっている滑稽なモンスターである。
ただしその危険度はなかなかに高い。
姿は滑稽なものでも頭はドラゴンだ。顎は強靭で噛みつかれればただではすまないし、ブレスを吐くこともある。
ゲーム時代の適正レベルは中堅を越えるための登竜門扱いだったが、今はレベル90には及ばずともそれなりの実力がなければ撃破は苦しいだろう。
相対するのは、これは見た目は普通の髪の長いのとちょっと背が高いぐらいが特徴の青年だった。ただ、格好を見てしまうとどこのコスプレ野郎だかと偏見の目で現実の世界では見られてしまう格好だ。
だが、この世界では彼の身に付けているものは全て憧れの的となる。
幻想級の高下駄と黒刀。長編クエストの末に手に入る秘宝級の藍色から蒼色に徐々に変わっていく深海を催すような和装装備。幻想クラスの素材を使った秘宝級にも引けをとらない製作級の腕輪。
どれも生半可な覚悟では手にいれることのできない一級品の装備たちである。
このことからもわかるが彼はゲームのときから最高難度の最前線で戦い続けるコアなプレイヤーらしく中堅プレイヤーたちがパーティーを組んで苦労して相手取る〈ドラゴンフライ〉をソロで、しかもこの現実となった世界で余裕をもって相手取っっていた。
「ギュキュイヤッ!!」
「気持ち悪いんだよ。このなんちゃってドラゴンが。ここ最近は夢にまでお前らの顔が出てくるんだよっ!責任とれやっ!!」
大きな大顎を開き青年に噛みつかんと突進を仕掛けてきた〈ドラゴンフライ〉。
それになかなかに自分勝手な暴言をぶつけて噛みつきを躱しつつすれ違い様に〈露払い〉を飛んでいる〈ドラゴンフライ〉の羽を斬りつけバランスを崩させる。
〈露払い〉を羽に当てられスタンしてしまった〈ドラゴンフライ〉その僅かな隙を見逃さず青年は〈犬神の凶祓い〉を発動し紅の気を纏った黒刀をその大きな頭に降り下ろした。
威力の上がっている〈犬神の凶祓い〉による一太刀を頭に受け流石の〈ドラゴンフライ〉もその命を散らすのだった。
刀に着いた血を一振りすることで飛ばし漆塗りの真っ黒な鞘にその黒刀を納めた青年は、息をふぅと吐いてさっきまで張っていた集中の糸を切った。
「あー疲れた…。
もう今日は終わりにしよ。
このあとはもっと疲れることになるわけだし」
辺りになにもいないことを確認し背伸びをする。
笛を吹きならすとどこからかさっきの〈ドラゴンフライ〉とは比べ物にならない羽の羽ばたきと空気を震わす鳴き声がが聞こえてきた。
鷲の上半身にライオンの下半身その姿は幻想の生物グリフォン
グリフォンの背中に付けられた鞍に高下駄とは思えない跳躍を見せ跳び乗る。主人の乗ったことを感じ取ったグリフォンは羽ばたき空へと飛翔する。
目的地はそこまで遠くない十分も飛べば今拠点にしているアサクサには着くだろう。
広い石畳の大通りを中心に左右には一棟の建物が長く構えている所謂、江戸時代の長屋みたいなものだが中身は部屋がいくつか存在し、ところによっては商品を並べ威勢のいい声で客引きをしているところもある。
俗に言う商店街と住居のハイブリットというやつだ。
アキバの街とは活気が明らかに違う町が大地人が住む町アサクサだった。
「おーう!あんちゃん、今お帰りか?今朝取れ立てのアサクサみかんだ。一個持ってけ!」
「あら、奏君。今日も狩りに行ってたの~?毎日凄いわね~」
「あっ!奏の兄ちゃんだ~!お帰り~!お昼食べ終わったら遊びに行くね!」
「おーい!!奏さーん!この前の薪割りのお礼にばあちゃんがお茶でも飲みに来いってさ」
聞いての通りいい町だ。
歩いているとあちらこちらからグイグイ寄ってくる。それぞれにぼちぼちと答えを返して進んでいく。
「ただいま~!」
「あらあら、奏君おかえりなさい。今日も長かったわね~。あんまり無理しちゃ駄目よ?〈冒険者〉さんだからっていってもまだまだ若いんだから~」
「おばさんだってまだまだ全然若いじゃないですか」
「あらあら、奏君はお世辞が上手ね~。こんなおばさん誉めたって何も出ないわよ?上着脱ごうか?」
「大サービスじゃないか」
「おいコラ奏。てめえ居候の分際でウチのママに手出したら殺すぞ」
「まぁ、パパったら嫉妬?嬉しいわ~」
「ふふっ、今夜は寝かせねぇからな?」
「他所でやってくれよ…あんたら…」
出迎え早々いちゃつきまくっている体格のいい熊みたいな大男とあらあらまあまあが口癖の見た目十代にも見えるほんわかエプロン姿の女性は俺と千菜がアサクサに来て寝床に困っていたところを居候させてくれた夫婦だ。
「千菜どこにいますか?」
「あん?嬢ちゃんなら坊主どもと一緒に裏の空き地で遊んでんじゃねえか?」
「そうすか。あぁ、それとおやっさんはい。これ。」
「おいおい、こりゃいくらなんでも多いぜ?別に俺たちは金が目当てでお前らを泊めてるわけじゃないんだからよ」
「いいのいいの。これぐらいしか俺たちが形にして返せるものなんてないんだから。宿代、食事代、とその他もろもろの感謝の印」
「お前らがそれでいいんだったら貰っておくけどよう、お前ら色々この町のことやってくれてるじゃねえか。それで充分どころか倍ぐらいにして返してくれてるぜ?」
「気持ちの問題だってば。それにぶっちゃけそんなのはした金だし」
「ガハハハッ。言いやがるじゃねえか。ありがたく受け取っとくよ」
おやっさんは愉快そうに大笑いすると懐に布袋を入れて俺の背中をバシッと一発はたいた。
おばさんはあらあらまあまあと言いながらありがとね~とお礼を言うと昼ご飯の準備をしにパタパタと戻っていった。素直に受け取ってくれるあたりがありがたい。
家の裏手に回りただだだっ広いだけの空き地を目指して歩いていく。空き地に近づくにつれキャッキヤッキャと子供の元気な声が大きくなって「あはははっあは」…訂正しよう。大きな子供も混ざっているようだ。
広場を見ると、群がる近所の子供たちとそれをいなして持ち上げたり投げ飛ばしたりとしているわが愛する妹がいた。
もちろんマジのものじゃなくて遊びの範疇のものだ。
本気で殺りにいってこんなキャッキヤッキャと騒げたらどこの狂戦士だといえる。子供の遊び。プロレスごっこだ。
真ん中にはもちろん千菜がいて子供たちに囲まれて襲われているが子供らと同じような笑顔で楽しそうだ。
兄さんのこと心配だから、と二つ返事で俺とアサクサに行くと決めたけれど本当は千菜も結構無理をしてたと思う。
今のところ近くにいる身内なんてのは俺だけだ。大切な家族と離れたくなかったのだろうけど無理させてしまったと思うと兄として情けない。
こんな風にあっちと変わらない笑顔を見せてくれて嬉しい。
「しゃあっ!俺も混ぜろー!!」
追記しよう。俺もたいがいガキだ