Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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その力、真なる正義のために!

 EGMAが、飛び去った。その報せは、たちまち解放軍中に知れ渡った。秀も、その報を受けて愕然としたが、ある程度平静は保つことができた。というのも、メルティが示唆していたことがこのことだと理解できたからだ。なぜ彼女が知っていたかは分からないが、とにかく大して動揺しないでいられたのは、彼女のおかげだった。

 他の隊員はというと、やはり混乱していた。秀を含めた、リーナ率いる第二部隊はEGMAの施設の外縁に配置されていたが、隊形こそ乱れていないものの、通信のやり取りでは大声で怒鳴りあっているのが聞こえた。その中で、司令部から通信が入った。

 

「こちら司令部。無人偵察機をEGMAが飛翔した先に飛ばします。詳細が分かるまで待機をお願いします」

 

 ユノの声だった。その落ち着いた無機質な声は、彼女がこの戦いの中で役割を果たそうとしていることの証拠だろう。その通信で、解放軍の怒鳴り合いが止んだ。まだ、少なからず冷静さは残されていたようだ。

 秀を含め、誰もが偵察機からの映像を固唾を飲んで見守る。しかし、偵察機は、しばらく行ったところで、ビルの建ち並ぶ都市地域を行く大量のアンドロイドの軍団を映した瞬間に、その軍団の中から飛んできた光線に撃墜されてしまった。秀たちが言葉を失う中、司令部のあずさから、次のような命令を伝えられた。

 

「司令部は撃って出ることを決定しました。第二部隊のジャッジメンティス隊とテリオスは先行して、工業地帯のW56地域へ敵を誘導してください。その後、第一部隊のジャッジメンティス隊がEGMAを捜索し、見つけ次第確保します。第一、第二部隊の歩兵隊は司令部の防衛の任に就いてください」

 

 命令は以上だった。続いて、先ほどの偵察機からの情報を基にしたらしい、敵の配置と数のデータが送られてきた。それによれば、敵は五百ほどで、無秩序な列で、およそ時速40キロメートルの速度で解放軍陣営に向かっているとのことだ。その数はミハイルが青蘭島に引き連れてきた数よりも多い。恐らくは、全ての戦闘用アンドロイドを戦闘に駆り出し、その一部をこれに当てているのだろうというのが、司令部の見解だ。

 

「ジャスティス02から06は右翼、07から12は左翼に展開して、私を中心に鶴翼陣形を構築。テリオスは私たちに先行、エネルギーキャノンで出来る限りの敵を掃討した後、後退して私たちに合流して下さい」

 

 ジャスティス○○とは第二部隊のジャッジメンティス隊のコールサインであり、またテリオスとは秀を指す。リーナの声は落ち着いていた。彼女にアルフレッドの言葉を伝えた時の秀の危惧は、ひとまず外れたようである。

 

「了解した!」

 

 秀はそう返すと、背部のブースターを吹かして飛翔した。高度は50メートル、速度は80メートルほどに保ち、空を行く。敵の正確な所在地が分からない以上、亜空間転移に頼るわけにもいかない。テリオスも、この秀の判断は当たり前のことだったためか、何も言うことはなかった。

 

「テリオス、あのエネルギーキャノン、一発撃って俺のその後の戦闘に支障をきたさない程度にするには、何パーセントのパワーで撃てばいい?」

 

「最大でも10パーセントですね。それ以上で撃つと、いくら体力のある秀殿でも、意識を保てるかどうか分かりません。ああ、それと」

 

 テリオスは、少し溜めてから告げる。

 

「エネルギーキャノンの呼称はテリオスキャノン、ミサイルランチャーはテリオスミサイルでお願いします」

 

 テリオスの声色は至って真剣だった。秀は、戦闘中だということも忘れかけて、失笑した。

 

「分かった。テリオスキャノン!」

 

 秀が誤魔化しも兼ねて叫ぶと、徳利状の大砲が、秀の前に出現した。いわゆる徳利の底の部分に穴が空いていて、それが発射口となっている。また徳利の口のようになっている部分が本体との接続部になっており、そこに申し訳程度の取っ手が付いていた。それを掴んで胸部に口を押し当てると、その砲の回路とテリオスのそれが直結した。

 秀はその状態のまま敵が目視できる地点まで接近し、キャノンを構えて停止した。

 

「エネルギー10パーセント充填完了。いつでも発射できます」

 

「了解した! テリオスキャノン、発射!」

 

 秀が叫ぶと、キャノンの発射口から、雷を伴った、竜巻のようなものが発射された。これこそが、メルティの言っていたエネルギーの渦である。その渦は段々と広がっていき、最初に敵に当たった時には、最初の幅の数十倍にまでなっていた。

 秀は、その瞬間から起こったことに瞠目した。エネルギーの渦は勢いを緩めることなく、渦に呑まれた敵を捻って破壊するだけでなく、ビルを根こそぎ吹き飛ばし、舗装された地面を抉っていった。

 秀は唖然とするほかなかった。エネルギーの放出が終了した頃には、見た限りでは敵の八から九割を壊滅させたほか、エネルギーの渦が呑み込んだ地域はほぼ更地と化し、その範囲は都市部の半分ほどにも及んだ。敵への注意は引けるだろうが、敵に与えたダメージは、あまりに大きすぎて作戦の趣旨からは逸れている。やりすぎだった。

 

「10パーセントのパワーでこれなら、フルパワーで撃ったらどうなるんだ」

 

 秀はキャノンを亜空間に格納すると、茫然自失となって唇を震わせて呟いた。フルパワーで撃ったら、最悪これひとつで世界を破壊できてしまうかもしれない。秀はテリオスキャノンに本能的な恐怖を覚え、以後この武器を封印することを決めた。そう決意してもなお、秀はテリオスキャノンに怯え切っていたが、秀の意識は、テリオスの切羽詰まったような声で戦闘に引き戻された。

 

「秀殿。敵によるジャミングです。どの周波の通信用電波でも、本隊との連絡が付きません」

 

「何? まずいな。リーナの命令もあるし、このことも伝えないと」

 

 秀が方向転換して戻ろうとした時、テリオスが焦りに満ちた声で叫んだ。

 

「秀殿! 敵です! とてつもないスピードで向かってきています!」

 

「何!?」

 

 秀は、敵を確認する前に、亜空間転移を敢行しようとした。だが、その前に敵が追いつき、秀の足を掴んで引っ張って放り投げた。

 

「テリオス! 何故亜空間転移を続けない!」

 

 姿勢をバーニアで整えながら秀が怒鳴りつけると、テリオスも声を荒げて答えた。

 

「亜空間転移はユノ殿のような瞬間移動ではなく、一瞬で亜空間を作り目標地点と繋げてそこを移動することです! 今のような敵に対しては隙になるだけです!」

 

 テリオスのその説明で、秀の頭は冷えた。そういうことならば、中断するのも仕方がない。また、敵が近づいてきた速度を考えると、振り切ることも不可能だろう。残された道はひとつだった。

 

「応戦する! ブレードを出せ!」

 

「了解です」

 

 秀の右手に、テリオスブレードが握られる。その直後に秀は先の敵に向かって吶喊する。秀が斬りかかろうとした時、これまで見えなかった敵の顔が見えた。その顔に、秀は驚愕のあまり、ブレードを振りかぶったまま、固まってしまった。

 

「カレン」

 

 秀がその名をつぶやく。アルフレッドとメルティの願いを実現させるために、必要不可欠な存在。秀は、思わず手を伸ばした。だが、その手はカレンに触れることはなかった。カレンは無表情のまま後ろに少し下がると、秀の鳩尾に蹴りを入れ、そのまま猛スピードで降下し始めた。

 

「カレン! 俺が、俺の声が分からないのか!」

 

 落ちながらも、秀が必死に呼びかけるが、当のカレンは氷のような表情のまま、何も言わなかった。

 落下中、秀は必死に呼びかけを続けるが、カレンは全く反応を示さず、秀を地面に叩きつけた。テリオスのおかげで、体へのダメージは殆ど無かったが、秀の心には傷がついた。未だ信じられぬ心境のまま、秀はカレンの足から抜けると、彼女から距離をとった。

 

「秀殿。あのアンドロイドは、EGMAに洗脳されています。秀殿が何を言おうとも、その声は届きません。戦うほかありません」

 

 テリオスが、嗜めるように言う。だが、秀はその言葉に従う気にはならなかった。戦う前、秀たちと殺し合いたくないと涙した彼女だ。今の彼女が、テリオスが言うように洗脳された姿だというのなら、戦う道ではなく、もっと他の、彼女を正気に戻す方法を模索する道を選ぶべきだ。思考を巡らせるうちに、秀はαドライバーで、カレンはプログレスだということに思い至った。その関係に気がついた時、秀はハッとした。これを、今活かさずしていつ活かそうか。

 秀はカレンを見つめた。その目には秀への殺意しか向けられていない。秀は一瞬怯んだが、すぐに己を奮い立たせた。彼女を正気に戻さねば、アルフレッドとメルティの願いを叶えることは出来ない。そして、αドライバーとして、プログレスにできることはひとつしかない。

 秀は、意を決して、ブレードを明後日の方向に放り投げた。

 

        ***

 

 リーナは、操縦桿を強く握りしめながら、モニター越しの景色を睨んでいた。敵部隊の壊滅から、五分が経った。しかし、その直後にテリオスの反応をロストしてから、秀が戻ってくる様子も、通信も無い。その時点で、司令部から「テリオスは無視して発進せよ」との趣旨の命令が下った。

 

「テリオスは無視します。全機、発進!」

 

 リーナの号令で、全十二機のジャッジメンティスが飛び立つ。リーナは毅然を装っていたが、内心では全く落ち着いていなかった。秀の行方に関する不安と、秀から聞いたアルフレッドの願いに関する迷いが綯い交ぜになって、かなり不安定になっていたのだった。

 

(本当の、敵。もしも秀がアンドロイドに討たれても、私は父上の願いを意識していられるでしょうか)

 

 秀を知ったのは、カミュに彼の訓練の仕上げに呼ばれたことがきっかけだった。模擬戦の相手をした時は別に彼のことは何とも思わなかった。後に敵同士になるかもしれないとカミュに聞かされた時も、全く何も感じなかった。彼を異性として意識し始めたのは、カミュが達也と交際し始めてからのことだった。彼女が達也と幸せそうにしているのを見て、恋愛に興味を持ち、また知っている男性として、自分の部下の男性よりも真っ先に秀が挙がったので、彼に興味を持ち出したのだった。それから、二人に秀について色々と質問をした。彼の出自から、彼の家での生活まで、あらゆることを尋ねた。そうして、彼を知るうちに、彼に惹かれていったのだった。だから、赤の世界で再開した時には、秀に愛情を注ぐカミュに嫉妬もしたものだった。とはいえ、実際に日常の彼を見れば、リーナが想像していたほどでもなかった。リーナが彼に過度に期待していたというのと、カミュと達也が彼を持ち上げすぎていたというのもあったのだろう。とはいえ好きなことには変わりなかった。彼がレミエル以外に異性としての興味を抱いていないことも重々承知だ。陰で想っているだけでも、リーナは満足だった。

 

「隊長殿、敵によるノイズ方式のジャミングが働いています。我々の使う電波の周波数では、広範囲での通信は不可能となりますが、いかがなさいますか?」

 

 部下からの通信で、リーナは戦場に意識を戻した。

 

「少し進んで、散開して様子を見ます。異変があったらその報告をまとめた後、ジャスティス06と12は一旦本部に状況を知らせに行って下さい」

 

 部下が了解、と返事をする。リーナはその声の張り具合に満足しながら、モニターに注意深く目を凝らした。街が、まるで天変地異でも起きたかのように破壊されていること以外は、特に異常は無い。アンドロイドの影も見当たらない。

 

(これがテリオスキャノンの威力ですか。この力を秀でなく、我々が手にしていたら――)

 

 ――間違いなく、アンドロイドに何の考えも無しに撃っていただろう。リーナは寒気を覚えたが、そのように感じる己にも違和感を感じた。アルフレッドの言ったことが、早くもリーナの心を大きく揺さぶっている。リーナは、自分たちのアンドロイド殲滅が、S=W=Eを導く唯一の手段だと思い込んでいた。しかし、今はそれが揺らいでいる。本当に固い信念を持っていたならば、こうはならないはずだ。つまり、これはかなり脆い考えだったということになる。よく考えればそうであった。自分たち解放軍は赤の世界やアルバディーナを非難するが、彼らと自分たちの本質は何も違っていない。どちらも感情に呑まれて盲目的になっているだけだ。そのような自覚がどこかにあったからこそ、アルフレッドの言葉を素直に受け入れられたのかもしれない。

 

(そうなると、私たちは間違えた道を突っ走っていたことになりますね)

 

 青蘭学園から白の世界に行く時も、アイリスが一貫して冷たかったのもよく分かった。解放軍以外の皆は、同じことを思っていたのだ。

 

(果たして、戻れるのでしょうか。私たちの原点に)

 

 アルフレッドが起こしたクーデター未遂事件は、EGMAに対してのものだった。人間解放軍の始まりもそこからだ。しかし、今はアンドロイドをなで斬りにするための人間解放軍となってしまっている。何から人間を解放するのか。それを、憎しみだけで履き違えてしまっている。リーナが少し考えただけで、それが分かってしまった。それくらい、弱い立脚点だったのだ。しかし、リーナがそう考えることができたのも、アルフレッドという、完全に信頼できる者の言葉があってこそだ。彼のように嗜めてくれる、百パーセントの信頼を置ける人物が、リーナの知りうる限りでは他の解放軍の人員にはいない。強いていえばカミュに達也がいるくらいだ。いくら脆い思想でも、それが誤りだと気付かせてくれる人がいなければ、彼らの中ではそれが真実となる。そして、それはリーナではない。もし、この場でアンドロイド殲滅主義を否定すれば、逆にリーナが攻撃されるのは火を見るより明らかだ。彼らを目覚めさせる方法が全く思いつかない。四面楚歌で八方ふさがりだった。

 

「隊長殿。こちら03、捜索地域に異常は確認できませんでした」

 

 リーナの元へ、そのように通信が入る。リーナは意識を切り替えて、ジャスティス03に労いの言葉をかける。彼を皮切りに、続々と異常無し、との報告が伝わる。それを受けて、次に何をすべきか思索している時に、地下にジャッジメンティス改が熱源を感知した。改は通常機に比べて通信機能が強化されているとはいえ、ジャミングの影響下にある中で熱源を感知できるということは、かなり大きなものだということになる。

 

「全機、地表からできるだけ離れて下さい! 早く!」

 

 リーナが慌てて命令を出す。それに従って部下もその場から離れるが、そのうちのジャスティス02の機体が出遅れた。そして、突如として、瓦礫の中から直径2メートルはあろうかという、巨大なチューブが何本も現れ、ジャスティス02の機体に巻き付いた。

 

「02、応答しなさい! 02!」

 

 リーナが必死に呼びかけるも、彼の応答は無かった。彼女が、恐る恐るジャスティス02の機体の生体反応を確認するが、生体反応は無くなっていた。

 

「全機撤退! 急いで!」

 

 リーナはそのように即断し、亜空間跳躍を実行しようとする。だが、いくら座標を指定して行おうとしても、ジャッジメンティス改は、モニターにエラーを表示するだけで何も起きなかった。それは他の機体も同じようで、ジャミングによりノイズの混じった声で、各機から戸惑いの声が上がる。リーナは、これもEGMAなればこそ為せる技かと、唇を噛み締めた。

 

「これもジャミングの影響ですか。ええい仕方ない。全機、亜空間跳躍は諦めて下さい! 航空で――」

 

 リーナが言い終える前に、複数人の悲鳴が聞こえた。見れば、彼らの機体もジャスティス02のように、触手にも思えるチューブに巻き付かれていた。そしてやはり、すぐに生体反応は消えてしまっていた。

 

「彼らに構わないで下さい! 全速力で離脱します!」

 

 リーナが叫ぶ。だが、ブースターとスラスターの出力を上げようとしたちょうどその時、彼女の目の前にチューブに巻かれたジャスティス02の機体が立ち塞がった。それでリーナが怯んだ一瞬の隙に、ジャッジメンティス改にも触手が伸びる。

 

「ちいっ!」

 

 普通に操縦しては間に合わないと察したリーナは、己の異能で機体を後退させ、ジャスティス02の機体の脇をすり抜けようとした。だが、その行く手だけでなく四方八方から、十一機のジャッジメンティスに囲まれてしまった。

 

「私以外は全滅したのですか!? なんということ!」

 

 驚愕するリーナをよそに、チューブに巻かれたジャッジメンティスが、その拘束を解かれた。すると、そこから現れたのは、デュアルセンサーが通常の緑ではなく、赤く光ったジャッジメンティスだった。それを見て、リーナは激しい怒りを覚えた。直感的に、何が起こったか分かる。EGMAが、操縦者を殺してジャッジメンティスのシステムを乗っ取ったのだ。

 

「EGMAめ! よくも、よくも私たちの魂を! 許すものですかあッ!」

 

 リーナは、裂帛の気迫で、一番近くにいた機体に突撃する。だが、冷静さは失っていなかった。移動中に、ジャッジメンティス改に群がるようにジャッジメンティスが集まってくるのをリーナは見て、その機体に衝突する寸前に、機体を急上昇させる。体にかかるGに耐えながら下方を見ると、案の定、ジャッジメンティスが一箇所に集まっていた。

 

「せめてもの供養です。ジャッジメント・ビーム、フルパワァァァアアッ! うおおおおおッ!」

 

 リーナが叫ぶと、ジャッジメンティス改の額から、ジャッジメンティスの横幅の五倍近くの太さの、青いビームが発射された。その直撃を受けた機体は、例外なく跡形もなく消え去った。掠った機体も半壊まで追い込んだ。この一撃で撃墜したのは五機で、部位欠損等の半壊をさせたのは四機、ほぼ無傷なのは二機だった。

 しかし、ジャッジメンティス改も先の攻撃のおかげで一時的なパワーダウンをしてしまったため、手負いといえばそうともいえる状態になってしまった。だが、それでも一度に五機ものジャッジメンティスを撃破できたので、パワーダウンくらいで済めば上等だとリーナは考えた。

 

(パワーダウンした状態でも、改の性能は通常機とほぼ同等。しかもその状態は数分で終わります。先の攻撃は一度見せたためにもう通用しないでしょうが、半壊した四機と無傷の二機なら、何とかなりましょう)

 

 リーナは、六機の赤目のジャッジメンティスを見つめる。それらからは、全く魂が感じられない。リーナには、もはや動く鉄の塊と同義に思えた。そのような物に、たとえジャッジメンティス乗りの魂の機体だとしても、破壊してEGMAの魔の手から救うことに、彼女は何のためらいも感じなかった。

 

        ***

 

 カミュを含めた解放軍参謀は、想定外の事態に頭を悩ませていた。ジャミング程度は想定の範疇だったが、秀が戻って来ず、リーナのジャッジメンティス隊も陽動を行なっている様子が見られないなど、状況の把握が全く出来ていなかった。また、ジャミングの影響でアイリスらと連絡が取れないことも、不安に拍車をかけていた。

 

「やむをえません。偵察隊を二部隊組織しましょう。片方は戦況を、もう片方は門の状態を見させます。彼らの報告を待ち、それを受けて作戦を練り直しましょう」

 

 本作戦の参謀長が、本意でない様子で、呟くように口にした。これに関しては誰もが考えていたことだった。ジャミングが行われている以上、無人機を使うわけにもいかず、誰かがその目で確かめるしかない。だが、この世界で、ただでさえアンドロイド軍団に比べて寡兵であるのに、これ以上兵力を割くのには躊躇われていた。

 

「偵察隊は、歩兵部隊で作ります。ジャッジメンティス隊は状況が分かるまでひとまず温存、ということでどうでしょう」

 

 確かに、彼の言う通りにするのが上策だとカミュは思った。ジャッジメンティスは、箱舟の使えない解放軍の切り札となりうる。作戦の失敗が濃厚な今、むざむざそれを切るような真似は慎んだ方がよい。

 

「異論はありませんか」

 

 参謀長が訊くが、誰も手を挙げることはなかった。

 

「ではそのように命令を作りましょう。人選はどうします?」

 

「第一部隊と、第二部隊の歩兵部隊の約八分の一ずつ、総勢二十四人を使おうか。そうすれば、誰も文句は少ないだろう。問題は、その選出だが」

 

 カミュがそう言うと、参謀の一人が挙手をした。

 

「志願制にしましょう。無作為に選ぶよりは、兵士の精神的負担も少ないでしょうし」

 

 その提案に異論は出なかったので、その線で行うことになった。この会議の結果に従って命令をまとめながら、カミュは己の不明を心の中で嘆いた。最初の作戦では、EGMAは既に手中にあることが前提であったため、普通に白の世界の最新の機器を用いて連絡などを行なっていた。EGMAが自分で移動するというあまりに想定外な事態に、混乱のあまり正確な判断を下すことができず、みすみす秀やリーナたちとの連絡を断たれてしまった。

 

(私は、少々焦りすぎていたのやもな)

 

 敵のアンドロイドの数も分からない。青蘭島にミハイルが引き連れていた数よりも、第一陣の人数が明らかに多かったため、最悪S=W=Eのアンドロイド全てを投入してくる可能性も考慮しなければならない。

 

(一旦、兵を退くか? 秀や第二部隊のジャッジメンティス隊はMIAとして扱えば、出来ないことでもないが)

 

 しかし、その考えはやめた。解放軍の士気は、秀はともかく、リーナたちまで失うとなればかなり落ちるだろう。更に、秀を失えば、義母である自らをはじめとして、多くの者が辛い思いを背負う。特にカミュ自身、秀を失って親としての愛情を押し殺せる自信が無かった。

 

(甘いな、私は。軍人としては、この上なく失格な考えだ)

 

 カミュはそう思えど、悔やんではいなかった。そこまで非情になってしまえば、アイリスが目指す世界で、うまくやっていけるとは考えられない。この甘さとうまく付き合おう。そう決意した時、ちょうど命令をまとめ終わったのだった。

 

        ***

 

 メルティは、カミュからの頼みを終えて、ある作業を終えると、ひとつのタブレット型のコンピュータを手に、アルフレッドの部屋に入った。すると早速、彼は厳しめの口調で彼女に尋ねてきた。

 

「メルティ君。助けてやらんでいいのかね?」

 

「いいんですよ。あの人たちが、自分たちのアンドロイド殲滅思想が愚かしいことだと自覚するまで、私が解放軍に、今まで以上に手を貸す義理はありません。たとえアルフレッドさんの娘さんでも、それは変わりません」

 

 メルティは全く動じず、毅然として言い切った。

 

「そうか。EGMAとアンドロイドの真相を教えなかったのも、そういうことかね」

 

「はい。コードΩ46セニアがEGMAを呼び寄せてそのコアになるとかいう情報を彼らに与えたら、あの者らが考えることも少なくなると思いまして。まあ、そんなことはどうでもいいのです。今アルフレッドさんに会いにきたのは、別件でのことです」

 

 メルティはそう言いつつ、タブレットを操作しながら続ける。

 

「カミュから破壊されたアンドロイドの人工知能の解析を頼まれましてね。人工知能は生きてたんですよ。流石に体の復元は無理でしたけど、ただ、説得の末、ちゃんと許可を得て新たな生を与えることは出来ましたよ。箱舟を運行する際に、補佐が欲しいとおっしゃっていたでしょう? それを見せにきたんですよ。今は寝ちゃってますけどね」

 

 メルティは、タブレットの画面をアルフレッドの目の役目をしているカメラに向けた。そこに映るのは、長い白髪を持つ女性型アンドロイドの寝顔だった。

 

「コードΩ00ユーフィリア。これがこの子の名前です」

 

        ***

 

「何を考えているのですか秀殿! テリオスブレードを捨てるなど!」

 

 ブレードを投げ捨てた秀に、テリオスが非難の声を浴びせる。テリオスがそう言ってくることを予想していた秀は、狼狽えることなく、カレンから目を外さず余裕の笑みを浮かべて告げた。

 

「世界接続以前の、古い頭のお前では理解できないのも仕方がない。だが、俺はαドライバーで、カレンはプログレスだ。お前は知らないだろうが、この関係の者にしか出来ないことがあるんだ。お前が思っているより、かなりあっさりと終わらせてみせるから、黙って見ていろ」

 

 テリオスは沈黙した。それを了承と受け取った秀は、目を閉じて意識をカレンに集中させた。カレンに向けて、己の精神を引き伸ばしていくことをイメージする。目を開ければカレンが猛然と迫っているのだろうが、そのようなことは気にしない。とにかく糸のようになった秀の精神を、カレンの体に突き通す。このような芸当がなぜαドライバーができるのか、秀はテリオスのおかげでようやく理解できた。このようなイメージを現実に行うのは、かなり強い精神力が無いと不可能だ。サイコバッテリーの運用も、秀は無意識に同じようなことをしていたことに、リンクの最中で気がついた。どちらにせよ、常人であれば、行なった途端に力尽きてしまうに違いない。

 秀の精神がカレンの全身に行き渡り、リンクが完了した。それと同時に、前頭部で、気を抜けば気絶しそうなくらいの激痛が起こった。それと同時に、テリオスがハッとしたように秀の名を呼ぶ。

 

「秀殿!」

 

「ああ。どうやらここがカレンの洗脳を解く鍵らしいな。いくぞ!」

 

 秀はかっと目を見開いた。カレンの蹴りが、すぐ目の前に迫っていた。それに当たる寸前にバック転して回避し、着地と同時に上に跳ぶと、頭痛を起こしている、人間で言えば前頭葉のある辺りを目掛けて落下する。そして――。

 

「テリオス、パニッシャァァァアアアッ!」

 

 カレンが死なない程度の出力で、テリオスパニッシャーをカレンの頭に掠めた。その瞬間、頭痛とリンクが解け、同時にカレンが膝を地につけて倒れた。勝利を確信した秀は、受け身を取って着地すると、装備解除して、カレンに駆け寄った。

 

「カレン、目を覚ませ。カレン!」

 

 秀はカレンを抱きかかえ、彼女の名を叫ぶ。すると程なくして、カレンは目を覚ました。彼女は呆然とした様子で、辺りを見回すが、秀と目が会った時、その瞳を潤わせた。

 

「秀様、ありがとうございます。そして、すみません。私は」

 

 カレンは、涙を止め処なく流しながら秀を見つめた。謝ろうとするカレンに、秀は首を横にゆっくり振った。

 

「いいんだ。お前が正気に戻れば、それでいい。……立てるか?」

 

 秀は急に自分の台詞が恥ずかしくなって、そのような言葉でごまかした。すると、カレンは泣き顔から一転、微笑を浮かべて、嬉しそうに答えた。

 

「はい。もちろんです」

 

 カレンは、そう言ってゆっくり立ち上がり、服に付いた汚れを払った。その様子を見て、秀もすっかり安心して立ち上がった。そして、表情を引き締め、カレンと正面から向いた。カレンと接触した真の目的を、ここで果たさねばならない。

 

「カレン。話があるんだが、いいか?」

 

「はい。何なりと」

 

 カレンは、快く頷いた。それを見て秀が話を切り出そうとしたその時だった。急に、カレンが頭を抱えて呻き出したのだった。

 

「カレン!?」

 

 秀は気が動転してカレンに近づこうとするが、彼女は片手で彼女の頭を抑えながら、もう片方の手で秀を制した。そして、鬼気迫る表情で天空を見上げ、苦しみに耐えながらも凄まじい気迫で叫んだ。

 

「EGMAとミハイルゥゥゥゥゥウ! いつまでも、私がスクラップとゴミの言いなりになると思うなああああッ!」

 

 カレンは、頭を振り下ろす動きに拳を合わせ、彼女自身の額を殴った。鈍い音を立て、殴った部分から赤黒い血が垂れる。彼女はそのまま暫く動かなかったが、やがて徐に額から拳を離した。

 

「さあ、話とはなんでございましょう、秀様」

 

 カレンは、額から血を流しながらも、憑き物が落ちたように晴れた顔をしていた。秀は、彼女の血を拭うと、手を差し伸べ、柔和に笑いかけて告げる。

 

「俺とお前、二人で協力して、EGMAを討とう」

 

 カレンは、秀の言葉を聞いて即座に彼の手を取った。そして、その手を強く握って彼女は言い放った。

 

「当然!」

 

「よし、じゃあ――」

 

「秀殿! 囲まれています!」

 

 テリオスの強い語気に意識が周囲へと向き、秀は辺りを見回す。すると、目測で約百人のアンドロイドに二人は囲まれていた。

 

「テリオス!」

 

 秀は応戦を決め、テリオスを装着する。その姿に、カレンは瞠目していた。

 

「秀様、その姿は? それに、先ほどの男性の声もなんだったのですか?」

 

「話すと長くなるが、このパワードスーツと、そのAIがテリオスだ。T.w.dとして戦うことを決めた俺の、新たな相棒だ」

 

 秀が言い放つと、カレンはふっと笑って、手を離して彼と背中合わせになった。

 

「そのお姿、非常にかっこよくございますよ、秀様」

 

 そう言うカレンの表情は秀から見えなかったが、想像するまでもなかった。

 

「ありがとう。さて、こいつらをどうする?」

 

「無論、倒します。一人頭五十人ほどということで」

 

「それは違うわよ。合計三人だから一人頭三十五人くらいよ」

 

 唐突に、聞き覚えのある声が真上から聞こえた。それで秀が上を向くと、鼻と鼻がぎりぎり触れないくらいの距離に、いつもの笑みを浮かべるジュリアの顔があった。

 

「お、お前、ジュリア! 何でここに!?」

 

 秀が慌てて訊くと、ジュリアはあっけらかんと、表情を変えずに答えた。

 

「あなたたちの理想を将来にも活かすなら、黒の世界出身の私も入れた方が、より多面的な協力の仕方も見せつけられるんじゃないかしらって思ってね。別にアルバディーナがこの戦闘に介入するわけじゃないから安心なさい」

 

「そういうことじゃ……いや、そういうこともあるんだが、それ以前にお前は俺たちの敵だろ!」

 

「私たちにとってもEGMAは邪魔くさいからね。ま、利害の一致ってやつよ。そこでボケっとしてるカレンもいいわね?」

 

 秀がカレンの方を向いてみると、そこには先ほどまでの威勢は何処へやら、茫然自失として棒立ちしているカレンがいた。彼女は目をぱちくりさせて、かすれた声でジュリアに尋ねた。

 

「ジュリア、あなたは死んだはずでは?」

 

「実はかくかくしかじかで今の私は幽霊なのよ。それよりも、律儀に敵さんは待ってくれていたわけだしさっさと蹴散らそうじゃない。秀、リンクお願いね」

 

 ジュリアは早口気味に答えると、秀の頭を軽くどついた。秀は少し迷ったが、結局ジュリアの言葉を受け入れることにした。悪い話ではない上に、今のEGMAを放っておくことはアルバディーナ達にとっても不都合だろうと考えたからだった。

 

「複雑な気分だが、分かった。カレン、ジュリア、そしてテリオス! 行くぞ!」

 

 秀は、カレンとジュリア、二人の体に、彼の精神を張り巡らせ、リンクする。そして、その完了を合図に、秀はテリオスブレードを手に敵に吶喊していった。


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