東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 オーレウスは、かつて天界に住んでいた神族の一人であったのだという。

 今でこそ彼は老人のような姿になってしまったが、当時の姿は若く、ボケも無く、非常に聡明であったらしい。

 所属していた領土においては、領土の運営を左右するほどの要職についていたようだ。

 もっとも、本人はそのことさえ、忘れているようなのだが……。

 

「天界のう、そんな場所もあったかもしれんな」

 

 もう、こんな感じである。

 オーレウス本人がこんな有り様なのだから、話は後からやってきた彼ら、衛兵さんから聞く他に術が無かった。

 

「俺が覚えているのは、オーレウスさんが追い出されたってことかなぁ」

「追い出された?」

「おう、それは俺も聞いたぜ」

 

 衛兵二人は互いに頷きながら、記憶の答え合わせをしている。

 

「要職についていた者が追い出されるなんてこと、あるのだろうか」

「ひどい話じゃな、ほほほ」

 

 貴方の話ですよ。

 

「オーレウスさんは昔、魔術が原因で追い出されたって言ってたよ」

「ああ、俺もそれを聞いたことがある」

「……魔術が原因で?」

 

 オーレウスの顔を見ると、彼は面白そうに笑っていた。

 それは過去の憂いなど一切感じていないかのような、心からの笑みであるように見える。

 

 

 

 オーレウスは、自力で魔法を発見した。

 その過程は、失われた彼の記憶の中にのみあるのだろうが、それはきっと長く、単調で、険しい道のりであったことだろう。

 きっかけはわからない。だが、月や周囲の環境から力を取り出す術を発見したオーレウスは、ともかく、それを扱い、研究することを決めたのだった。

 

 魔力の存在に気づき、運用しようとまで考えたのだ。そんなオーレウスの奇抜な発想が、数百年、数千年をかけて、数多くの有効な実験や、魔術理論を生み出したのは、当然の結果であると言える。

 彼は次々に魔法への理解を深め、魔法使いへの道を突き進んでいった。

 

 だが、どうもそんな姿が、オーレウスの上の人達からは、あまり良いものに見られなかったらしい。

 神族は元々何かしらの神的な力を持っており、彼らの序列はそういったもので決定づけられるのであるが、オーレウスの発見した魔法というものは、場合によっては、そのような先天的な力の差を、後から簡単に覆してしまいかねない。

 神族の有力者達は、魔法を恐れたのである。

 

 同じような動きは天界のあちこちでも見られているらしく、魔法に対する風当たりは強い。

 魔法そのものが、魔力という、穢れの持つ力に類似するものであることもマイナスイメージになっているのだろう。

 クベーラのように先入観を持たない者はともかく、神族たちの多くは、魔法に対して否定的な見方をする者が多かったのだ。

 

 それ故に、オーレウスは迫害された。

 魔法を扱えるが故の、優秀すぎるが故の迫害である。

 

 彼は天界を追われ、穢れ……原始魔獣や魔族が蔓延る地上へと落とされたのだ。

 そうして彼は安全なこの地へと流れつき、同じような境遇の者も集い、集落が出来た、と。

 

 

 

「そんなこともあったかのう」

 

 衛兵さんからの話が終わると、オーレウスは他人ごとのように笑った。

 この話が真実であれば、彼は天界のために力を尽くしていたというのに、忠義を向けたその天界から裏切られたことになる。

 かなり、辛い思いもしたはずだ。

 

 だというのに、彼は笑い飛ばす。

 全てを忘れ、過ぎ去った過去のことであるのだと言うように。

 

「とても立派な、魔法使いだったんだなぁ」

「ほほほ、やめてくれい。恥ずかしいわい。大したことはしとらんよ」

 

 天界を追われ、地上に堕ちてもなお、彼は人のために力を使い続けている。

 この集落に住む人々の彼に対する信頼を見れば、それはすぐにわかることだ。

 

 よくある、堕天したから復讐を、などという悪魔じみたドロドロした気持ちは、彼らにはない。

 彼らは地上に足を降ろし、ここで生きようと決心している。

 そんな気持ちにさせるのも、ひとえに彼の、オーレウスの存在があればこそなのかもしれない。

 

「お、今日はいい天気じゃの……どれ、散歩にでも出かけるとしようかの」

 

 明るい窓を見て、オーレウスは立ち上がった。

 衛兵の二人も、すっかり日差しの強まった外を見て、いい加減忘れ続けてきた自分の役割を思い出したらしい。

 

「それじゃ、オーレウスさん、また!」

「おじゃましました!」

「ほいほいー」

 

 衛兵の二人は今更ドタバタと慌てて、持ち場へ帰ってゆく。

 マヌケなことに、よそ者の私をここに置き去りにして。

 

 あまりの警備のゆるさに、いい加減呆れる気持ちもなくなってきた。

 

「ほほ、明るくて、なかなか良い奴らじゃよ」

「まあ、確かに。一緒にいると、楽しそうだ」

 

 きっとこの土地は、こんな雰囲気なのだろう。

 基本的に、ゆったり、まったりと。自然とともに、時間を過ごしてゆくような。

 

「どうだね、ライオネル。一緒にキノコでも採りに行かんか? 魔法の材料になるんじゃよ」

「おお、是非是非」

 

 聞きたいことは山ほどある。言いたいことも沢山ある。

 けど、忙しく一度に言うこともない。

 彼らの中に流れるゆったりとした時間に合わせ、少しずつ、彼らと関わっていこう。

 私はそう決めたのだった。

 

 

 

 

 


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