東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ひとつだけでは、オーレウスの観察眼がどれほどのものかはわからない。

 なので、私は相手を知るため、更にもういくつかの小道具を取り出し、テーブルの上に並べてゆく。

 

 お茶会から一転、自然な流れで商品説明だ。

 人間だった頃も外商なんかやったことはないけど、もしかしたら私にも才能があったのかもしれない。

 

「へえ、こんなのも魔法の道具なのか」

「綺麗だなぁー」

 

 衛兵さん達が選ぶ人気ナンバーワン商品は、“混濁の水差し”。

 傾けるだけで魔力を水に変換し、力のある限り水を流し続ける。見た目の小ささとは裏腹に、なかなか豪快なアイテムである。

 ただ、注ぎ口が小さすぎるせいで出る量が少なく使いにくい。外側のレリーフに凝り過ぎたせいで、入れるべき浄水機能を付け忘れた。これまたちょっと残念な代物だ。

 ただ、今回はそんな装飾が、彼らの目には良いものに映ったらしい。

 

「ほら、水ー」

「おー」

 

 ちょろちょろとゴブレットに注げば、衛兵さんたちは喜んでくれる。営業は完璧だ。

 しかし、重要なのはこんなわかりやすいマジックアイテムをみせびらかすことではない。

 机の上の他のアイテムに目をやるオーレウスの反応こそが、私にとっては重要だ。

 

「ふむぅ、これはなんじゃろなー」

「……」

 

 オーレウスは鉄製のリングを手に取り、手の中でくるくると回したり、撫でたりと、色々なやり方でいじっている。

 その仕草は研究者や探求者というよりは、遊び道具をこねくり回す、好奇心旺盛な子供のようである。

 

「おお、こうか。なるほどなるほど、空気を押し固めて、熱を作るのじゃな」

 

 なんて考えている間に、もう正しい使い方を見つけ出したようだ。

 鉄の輪を机の上で、コインのように回転させる。そのまま手をかざし、鉄の輪に魔力を流し込む。

 すると鉄の輪の回転は加速し、持続し、わずかに宙に浮かび上がる。

 

「おおっ」

「なんだなんだ」

 

 高速回転によって球状となった鉄の輪は、周囲の空気を少しずつ取り込み、中心へと圧縮を開始した。

 巻き起こる風は部屋の中をガタガタと騒がしく揺らし、球体の中心に赤い輝きが生まれ、熱を帯びてゆく。

 

 これぞライオネル式、“吹き込み炉”。

 いかに火属性を使わずに火を起こせるかを探求する過程で生まれた、風から火を生み出すためのマジックアイテムである。

 ただの輪っかというコンパクトさは売りなのだが、実際はもっと簡単に火を起こす方法があったので、これは失敗作の代表格であるとも言える。何故にもっと早い段階で気付けなかったのか。

 

「ほいっと」

「おお、すごいなオーレウスさん!」

 

 オーレウスは勝手知ったる風に、鉄の輪をキャッチして火種を机の皿に落としてみせた。

 火種は煌々と灯りを放ち、皿の上で燃え続けている。

 

「なかなか面白い道具じゃのう」

「ははは。まぁ、見た目ばかりなんだけどもね」

「ま、ちょっち派手かもしれんの。ほほほ」

 

 まぁ、宴会芸用のマジックアイテムである。巻き起こす風やら見た目がやらが派手で、割にあわない魔力を取られるばかりの、ただの火おこし器だ。

 しかし、派手は派手なりに見ていて楽しいもの。無用の長物には変わりないのだが、ひとつの良さは、ちゃんとオーレウスもわかってくれるらしい。

 知識だけでなく、なかなかに器も広いお人だ。

 

「オーレウス、貴方はかなり、魔法に精通しているように見える」

「うむ……そうだったかのう?」

「いやあ、俺らに訊かれても……」

「貴方はこの町で、かなり高い地位にあるらしい。それは、貴方の魔法の力が関わっているのだろうか」

「……ふぅむ」

 

 町の外側、街の中、そしてこの家の中。様々な場所に、様々な魔法が散りばめられていた。

 そして、衛兵たちの様子を見るに、彼が町の人間から慕われているのは間違いない。

 オーレウスは、この集落唯一の魔法使いであると同時に、長老でもあるのだ。

 

 しかし、同時に疑問も浮かんでくる。

 何故オーレウスは、この土地に住み着いたのか。

 何故彼ら天界の神族達は、彼らの嫌う“穢れ”が跋扈する地上へとやってきたのか。

 

 純粋に、私はその理由を知りたかった。

 

「それはその通りだのう。ワシがいるからこそ、この土地に皆が集まってきたのじゃから」

「集まってきた?」

「そうだよ。この場所は元々、オーレウスさんが一人で住んでいたんだ」

「えっ、そうだったの……」

 

 そいつは驚きだ。つい、不思議な先入観で、皆一斉にここへ移り住んできたものだと思っていたけど。

 

「一人、また一人と迎えていくうちに、こうも大勢の集まる場所になってしまったのじゃよ」

 

 それはまた、なんだか器の大きそうなエピソードがありそうだなぁ。

 


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