おしゃれな服を着こみ、素肌を包帯で隠し、その上からマスクを被って、準備は完了。
言い訳や小道具の準備を整えた私は、逃げ帰ってきた時の悲しみを振りきって、再びあの集落を目指すことにした。
場所はわかっている。一応、逃げ帰る際に目印となる術を残してきた。
そこに向けて転移すれば、一発で到着するだろう。
あとは野となれ山となれである。
というわけで、特に時間も経たず、一瞬のうちに野山に降り立った。
小鳥のさえずる静かな山林。紛れも無く、私が前回訪れた場所だ。
あの騒動から、一月ほど時間をあけている。
さすがに昨日の今日で訪れたのでは、怪しまれるに違いないからだ。
とはいえ、向こうの集落がどのようなものかも、私はわかっていない。
姿を変えても、私を迎え入れてくれるかどうかは怪しいものだ。
まぁ、とにかく行ってみるしかないんだけどね。
前回は空を飛びながらの登場だったけど、多分あれは良くなかった。
誰だってミイラが空飛んでたら怖がるに決まってる。
故に、今回は多少面倒でも、山からとぼとぼ、徒歩で向かうことにした。
えっちらおっちら、荷物を背負い、金の飾りでしゃなりしゃなりと音を鳴らしながら、森を抜ける。
歩いている途中で、私の身につけている金の装身具が、すべて黄鉄鉱に変容していることに気がついた。早速うっかりである。魔界から黄金を地上へ持ち込もうとすると、パイライトになってしまうのを失念していた。
……見た目の上では、そんなに変わらない。ゴージャスな輝きが、ちょっと偽物っぽくなったくらい。
うん、まぁ、大丈夫だろう。
「おお……」
徒歩で集落に近づくと、村と言うべきか、街というべきか、そんな場所の全貌が明らかになった。
総石造りの、一階建て。見た目もこらず、ただ頑丈さと作りやすさを念頭に置いたかのような、そんな建物だ。
簡素である。
しかし飾り気がないというわけでもないらしく、壁際にはひっそりとした小さな白い花の鉢植えなどが置いてあるし、木板を使った雨戸のようなものも、壁の側面に据えられている。
生活臭がする。
それだけで、私の中でここの住民に対する親近感が湧いてきた。
「止まれー!」
見回しながら近づいていると、前から二人組の男が近づいてきて、遠くから呼び止めてきた。
サリーのような簡素な服を身に纏い、手には槍を握っている。矛先は金属でできているようだが、この距離だと材質はよくわからない。
仮面の中で魔術を使い、瞳に“望遠”を生成することもできなくはなかったが、そこまで警戒することもないだろう。
何より、下手に魔術を使って、向こう側に気づかれた時のややこしさを思うと、あまり下手なことはしたくない。
私は言われた通りに立ち止まり、停止する。
はいはい、言葉はわかりますよ。なんとなく、そんな素振りを交えながら。
その様子を見て、男たちは二人でこそこそと話しあったり、しばらく私の様子を伺っているようだったが、まもなく、男の一人が何かを決心したのだろうか、再び口に手を添え、大きな声を上げた。
「お前は誰だー! ここにやってきた目的を言えー!」
ええ、いきなり目的とか言わせるの。
ていうか、ここから? いや安全を確保するには確かに間違ってないけども。
もうちょっと近づいて話してくれると思ってたのに。
声を張り上げるのは、正直得意ではないけれども……まぁ、これもコミュニケーションだ。
私は仮面越しでも向こうへ声が届くよう、少し張り切った。
「私は……魔法使い!」
「魔法使いぃ!?」
なんか大声で聞き返されると逆ギレされてるみたいで嫌だなぁ。
「ここへは、行商のためにやってきた!」
これは、嘘というわけでもない。
ちゃんと品物は魔界から持ってきたし、他人に与えられるだけの相応以上の知識は備えているつもりだ。
「ちゃんと売り物もある! 中へ入れてもらえないだろうかー!」
懐から不滅のネックレス(魔力を込めると適当に自己修復するだけのもの)を取り出し、遠くから見せてやる。
すると二人はようやっと信用したのか、また二人で話し合い、うんうんと頷きあった後に、私を手招きした。
誘われるまま、私は二人に歩み寄る。
男たちは手にこそ武器を持っているが、顔立ちは険しいものではなく、温和そうだった。
少なくとも、外敵から街を守るために日々神経を尖らせているような顔つきではない。
「入ってもよろしい?」
私は無駄に高い背を少しだけ屈め、丁度、猫背になるような姿勢で訊ねた。
元々私の背は彼らよりも低いけれど、こうすることで更に頭を低くしていることが伝わるだろう。
「まあ、穢れではないようだし、良いだろう。ここは新たな住民を歓迎しているからな」
「ただし、俺らにも責任がある。途中まで同行させてもらうぞ」
「どうもどうも」
なんだ、話してみれば結構簡単に入れるじゃないか。
この様子なら、中に入ってから魔界の出身であることを告白しても大丈夫そうだな。
嘘をついていないとはいえ、大事なことを言わないというのは、どうも騙しているみたいで落ち着かないしね。
「すごいな。それ全部、金か?」
「金ではないけど、綺麗でしょう。これも魔法の材料」
「おおー」
嘘ではないよ。火の触媒だしね。うん。