東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ないたライオネル。

 

 著者、ライオネル・ブラックモア。

 

 ライオネルは人間に会うために、村へ行きました。

 

 石をなげられました。

 

 どうしようもないので帰ることにしました。

 

 おしまい。

 

 めでたくなし。

 

 

 

「ライオネル、随分薄い本を書きましたねぇ。一枚だけなんて」

「うん」

「今は何をされてるんです?」

「ちょっと、衣装をね……」

 

 地上はとても素晴らしい場所だった。

 けれど今の私には少々、風当たりが強いというか、居づらいというか、まぁ、これも地球の環境の変化なのだろうけども、適していないらしい。

 

 まぁ、確かにね、私も自分の顔や身体がどうなっているのかを忘れていたよ。

 けどね、ああもあからさまにね、人を野生のスケルトンだかゾンビだかみたいにね、罵倒したり攻撃されたりするとね、私だって少しは傷つくんだよ。

 

 といっても、ゾンビ姿のままそんなことを主張したところで、私がうさんくさい姿をしているのは変わらない。

 立てばゾンビ、座れば死体、歩く姿はレブナント。

 神綺をはじめ、今まではこんな私を認めてくれるような感性の持ち主が常にいてくれたから感覚が鈍っているけれど、これからはそうもいかなくなるだろう。

 

「衣装って、今のローブはどうするんです?」

「これはもちろんとっておくよ。お気に入りだからね」

 

 古代の木生シダの繊維から作り上げた、私のローブ。

 このローブは灰単色で味気ないけれど、よく見れば細かな刺繍が施してある、素晴らしい芸術品でもある。

 それに、内側に仕込んだ魔法陣で様々な事が行えるので、ただの服というわけでもない。

 

 ……巨大隕石の衝撃を受けて地面に埋め込まれた時、少々裾や袖の先がボロボロになってしまったけれど……まぁ、便利なものだ。捨てるのは惜しい。

 

「できた」

「おおー」

 

 それに、服程度なら原初の力を使えばちょちょいのちょいである。

 デザインを凝るために少々時間はかかるものの、何の仕掛けも施さない、ただの服を作るならば、ただ出すだけで良い。

 

「なんだか、賑やかな服ですね」

「うむうむ、いい感じ。この派手さが良いんだ。どうせ全身を隠すなら、このくらいじゃないとね」

 

 綺麗な赤地の外套が出来上がった。

 鮮やかな赤に、暗い赤の幾何学模様が全体に走り、どこかお金持ちな大人っぽさを演出している。

 生地はビロードを意識してみた。手触りよし。まるで赤絨毯のようである。

 

「けど、それじゃあライオネルの全部は隠せませんよ?」

 

 神綺がマントを手に取り、裏側をちらりと見ながら言う。

 もちろん、この外套だけで済まそうとは思っていない。他にも色々用意するつもりだ。

 

「身体が骨ばってるけど、言っちゃえばスリムだからね。だから無理に着膨れで補おうとせず、細身に似合うような感じの、こういう……」

「おおー」

「で、これだけだと寂しいから……」

「なるほどー」

 

 色々作り、色々着て、さて、どうだろう。

 

「……うーん」

 

 全てを着こなした私の全体像を眺めながら、神綺が唸る。

 顎に指を当て、むむむと悩む顔つきは、かなり真剣だ。

 

「良いと思います!」

「おお、やっぱり?」

「ええ、赤色には合ってると思います!」

「おお、ありがとうー」

 

 私は赤マントの下にダークグレーのローブを着ていた。

 ただローブといっても、先ほどまで私が着ていたねずみ色雑巾ローブではない。

 もっと身体に密着するような、若干の伸縮性を保たせた生地の、スリムなローブである。

 マントと同じように、生地には色の濃度が異なる模様が刻まれている。せっかくなので、模様はマントと同じく、植物と鳥をモチーフにしたものを選んでみた。

 魔界風の模様でも良いだろうとは思ったけど、もしかしたら相手におどろおどろしい印象を与えてしまうかもしれない。こういうのは第一印象が勝負なので、細かいところにも気を配った。

 

 そして、グレーのローブの上から身体に巻きつけるようなタイプのアクセサリーを沢山身にまとっている。

 首からは大きな金がゴテゴテとついたペンダント。

 手首にも金がゴロゴロついたブレスレット。

 腰にもベルト代わりの黄金と、金ピカづくしだ。

 なんかもう、見てるだけで怪しい成金がやってきたっていう感じの姿だけど、金はたいてい、どこに行っても高級なものである。こうして明らかに高価なものを身につけることで、私は偉いんだぞ、だから攻撃しちゃだめなんだぞっていう主張をしてるわけだ。

 そりゃあ私だって金持ちアピールなんてしたくはないけど、事が事だ。

 もしも地上の神族の感性と私の感性が違っていたらと考えると、念押しせずにはいられない。

 

「それで、外界の人達に会いに行くんですね?」

「うむうむ、早速今から出ようと思う」

「顔はいいんですか?」

「あ」

 

 そうだ、顔があったね。

 すっかり忘れてたよ。

 

 

 

 というわけで、悩んだり葛藤したりすることおよそ二分。

 私は“どうしても顔がミイラ”という問題を解決するために、最善の方法を選んだのであった。

 

「こう!」

「……なんだか、すごい感じになってますね」

「うん、こうするしかなかった」

 

 手足はまだ、靴や手袋で隠しようもある。

 しかし服というものの都合上、首から頭頂部にかけては、どう頑張っても自然に隠しようがない。

 なので私は、鎖骨辺りから頭頂部にかけてを、真っ白な包帯でぐるぐる巻きにすることにしたのだった。

 

「なんか変です」

「うん、変だ」

 

 わかっていた。

 これではミイラがよりミイラに近づいただけである。

 けど、他に隠す方法もないのだから仕方がない。

 

「過去にものすごい火傷を負ったということにでもするよ」

「えー……」

「駄目だろうか」

「駄目というわけじゃあないんですけど」

 

 解けた包帯の端を結び直しながら、神綺が釈然としない顔を見せる。

 

「ライオネルなら、魔術か何かで姿を変えられるのでは?」

「うーん……それも考えたんだけどね」

「何か不都合が?」

「そんなにうまく嘘をつき続ける自信がないっていうか」

「ああ、なるほどー。ライオネル、うっかりですもんねー」

 

 そうなんだよねぇ。

 

 


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