東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔導書の素材の原産地へと赴いた。

 その道中は、平穏と言えば平穏であったが、波乱に満ちていたといえば、そうかもしれない。

 

 まず、以前にサリエルを見つけた時もそうだったけど、地上の原始魔獣が凶暴だ。

 神族になり損ねた原始魔獣、通称“穢れ”は長い年月を経たためか、更に姿を変えていた。

 しかも神族と似た、二本脚二本腕の人型となり、知恵までつけ始めている。

 

 ……彼らを魔獣と呼ぶには、もはや獣っぽさもないから……かといって、魔人と呼ぶと、魔界の住民と混同してしまう。

 狡っ辛い連中なので、ううむ。よし、彼らは魔族と呼称することにしよう。

 

 魔族はとにかく乱暴で、凶暴で、残忍だ。

 連中は、同じ魔族や原始魔獣を見つけると、取って食おうと考えなしに襲いかかる癖がある。

 殺した魔獣や魔族は自らの血肉として取り込み、更なる力として蓄えるのだ。それは、以前と同じである。

 

 違いは、その手法だ。とにかく、悪知恵がついたというべきか。賢くなったと言うべきなのか。

 闇討ち、騙し討ち、奇襲、強襲、なんでもあり。

 使えるものは枝きれでも石ころでも砂でもなんだって投げつけてくるし、自分が助かるためなら森に火を放つ。

 群れで行動しているような魔族たちは平気で仲間割れして共食いを始めるし、仮に連携してひとつの獲物と戦えたとしても、自らのためなら味方を盾にすることにも何ら躊躇がない。

 

 なんというか、もう、最悪な生き物である。

 どうしてアマノからこんなものが生まれてしまったのか……私がもう少し短気だったなら、彼らを“悪魔”と名づけているところだ。

 

 道中は魔族たちが執拗に襲いかかってきたり、追いかけて嫌がらせをしてきたりと、まぁ、暇をしなかったのだが、巨大動物の糞か何かを投げつけて来た時は流石の私も怒りが込み上げ、実行犯を“蝕みの呪い”で永眠させてしまった。

 流石の私もうんこは許せない。

 

 そんなこともあり、渋々と高空を飛行する移動法に切り替えたのだが、魔族たちの中には翼を備えた個体もいるようで、私はそこでも嫌がらせに遭った。

 コウモリの翼を模したらしい翼人は、お前もう完全に悪魔でしかないだろうというような見た目なのだが、性格も極悪となれば、これはもう悪魔以外の何物でもない。

 空中から石銛で突いてきた魔族達も、同じく“蝕みの呪い”で撃退したのだが、空の上は目立つのか、地上を歩くよりもひっきり無しに魔族が襲ってくる。

 

 

 

 そんなこんなで、私が出した結論はこれだ。

 

 

 

「やっぱ宇宙って、静かで良いな……」

 

 大気圏脱出。

 月に行ってから直接、目的地に降下する。

 

 そんな哀しい方法に落ち着いてしまったのだった。

 

 

 

 地球から月へ。月から地球へ。

 高尾山を眺めるために富士山を昇るようなバカバカしさがあるが、旅というものは、時に新幹線に乗るよりも、鈍行で向かったほうが良い場合もある。

 そんな言い訳を心の中で唱えながら、華麗に到着。

 私は静かな山岳地帯に到着した。

 

「……ふむ」

 

 魔族の騒がしさを感じさせない、静かな森。

 小鳥のさえずりと、虫の鳴き声。原始魔獣の存在すら匂わせない平和な世界が、そこに広がっていた。

 

「なんだか、落ち着くな」

 

 鳥のさえずりが、あちこちで聞こえてくる。

 魔界には巨大生物が多いせいなのか、こういった繊細な鳴き声というものに縁が薄いように思える。

 彼ら鳥類も、いくらか魔界へと持ち込むべきだろうか。

 

「……」

 

 巨大隕石の被害を乗り越えた恐竜らの子孫、鳥類。

 魔界にはアマノが守った恐竜達の、姿の変わらない子孫が沢山いる。

 けれど、地球に存在する鳥類は、姿や生態を変えることによって生き延びてきた。

 

 私は人為的な力によって恐竜に翼を植えつけたが、彼ら鳥類は永い時間と無意識の試行錯誤の中で、自ら翼を獲得した。

 自分の力で生き延び、自分の力で空を飛んだのである。

 

「おお……」

 

 一羽の白い鳥が、木の葉に遮られた狭い青空の上を横切った。

 

 ……やっぱり、鳥類を持ち帰るのはやめておこう。

 これは私の身勝手な考え方であるが、彼らの翼はこの青い地球の空にこそ美しい。

 

 現在の魔界は、神綺によって、生物の創造が可能となっている。

 もうそろそろ、地上生物の輸入は取りやめにするべきかもしれない。

 

 魔界は魔界なりに。地球は地球なりに。

 そう、身勝手に思うのだった。

 

 

 

 その後、空の安全を知った私は、近くに聳える適当な高い山へ登り、“眺望遠”によって地上を見渡した。

 するとそこで、かなり遠くの山林に、ぽっかりと禿げたような場所を発見する。

 

「うん?」

 

 なんだろなと思って“眺望遠”の倍率を高めてみると、あっと驚き。

 

「街だ?」

 

 思わず疑問形になってしまったが、私の目はしっかりと、集落の姿を捉えていた。

 石造りであろう箱っぽい建造物に、道路っぽい整った地面。

 そしてチラリとではあるが、人型の生物の姿もこの目に見えた。

 

 間違いない。あれが、天界から地上へと降りてきた神族達であろう。

 けど地上に住んでいる分には人間にしか見えない。しかし、人間ではない……うーん。彼らは、果たして何と呼べばいいのやら。

 

「と、とにかく行って、彼らに接触してみるしかないな」

 

 あなた方は誰ですか。そんなこと、聞けばわかるだろう。

 そう、相手が知的な生物であれば、わからないことは聞けるのだ。自分で呼称付けしたり、研究する必要など無いのである。

 

 私は石造りの原始的な集落に向かって、悠々と飛んでいった。

 

 

 

 

「穢れが来たぞぉー!」

「迎え撃てーッ!」

「ここの大陸は安全なはずなのにーッ!?」

「この穢れめぇー! 消え失せろーッ!」

 

 痛い! 痛い! 痛……くはないけど弓を撃たないでください!

 

 ごめんなさいごめんなさい! いきなり来てごめんなさい!

 すいません! 出直してきますんで! ほんとすいませんでした!

 

 


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