東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 オーレウス。顔も姿も知らぬ、地上の魔法使い。

 その彼が執筆した魔導書が今、クベーラの手の中にある。

 

 もっとオーレウスに関する情報を引き出したい。

 そして、願わくばそのオーレウスに会い、魔法について語らいたい。

 

 そのためには、あの本が必要だ。

 どうにか取引して、クベーラから魔導書を譲って貰わなくては。

 

 

 

 私達三人は、今度は魔界側の品物の説明を行うために、空に浮かぶ巨大赤レンガ建造群、ブックシェルフへと移動し、そこの応接間にて、魔界の道具の説明を行っていた。

 やはりというか、魔界に来れるくらいだから当然というか、クベーラは私と神綺と一緒に、空を飛んでついてきた。彼自身は魔法をつかっていないようだけど、それに似た力で飛んでいるようだ。おそらくその動力は、サリエルが以前持っていたという“風を掴む翼”と近い力なのかもしれない。

 

「ええと、じゃあまずはこの魔方磁針とか、どうだろう」

「……説明を願えるか」

「ええもちろん」

 

 さて、まずクベーラの前に取り出したるは、魔方磁針。

 丁度北を示すコンパスのような形をしているが、作りはそういったものと全く異なる。

 

「これはより身近な場所に存在する、強い魔力の方向に反応する道具だよ」

「強い魔力の方角……?」

「そう。でもこの魔方磁針は月や天体系の大きすぎる魔力に対しては反応しない作りになっていて、属性系の環境魔力を効率よく使う時には特に……」

「すまん、別の物にしてもらえるか」

「え? あ、そう……じゃあこっちのが良いかな」

 

 おかしいな。便利だと思うんだけどなこれ。

 月の魔力の薄い昼間や曇天の時とか、魔法工房の拠点を決める時なんかには重宝するのに。

 

「なら、こっちはどうだろう。分星秤」

「……その球体は何に使う物だ」

「よくぞ聞いてくれた。この分星秤は、星々の魔力を扱う際に、月の魔力に対して丁度同じ魔力を集める時に、そのために必要な供給役の星を、この魔導式ピンの上昇と下降の具合によって示す……」

「ちょっと待ってくれ」

「うん?」

「もっとわかりやすい物はないのか?」

「えええ」

 

 いやいや、性質の異なる二つの大きな魔力を扱うのは精密な制御系の術や魔道具ではかなり重要なのに……。

 他にわかりやすい物っていうと、なにかあったかなぁ……。

 

「うーむ……神綺、お前は何かないのか」

「私?」

「ああ、私は商人だ。商品は、万人にわかりやすいものでなくてはならんだろう」

「そうなの? えー……わかりやすいもの、ねぇ」

「もっと、地上や天界にはない、わかりやすいものをだなぁ」

 

 困り顔で、クベーラは言う。けど困り果ててるのは私の方だよ。

 こんなに譲歩してるのに、何故首を縦に振らぬのだ。

 

「なら、こういうのはどう?」

 

 次は秘蔵の真水鍋でも取り出してやろうかと思った所で、神綺が指を立てて提案した。

 

「魔界に住んでる生き物。それなら、外界や天界にもいない珍しいのが沢山いると思うわ」

 

 あ、そういう手があったか。

 神綺、よくやった! ありがとう!

 

 

 

 クベーラの割りと上機嫌な返事を承けて、私達は更に場所を移すことにした。

 生物、ということなので、やってきたのは当然、森林地帯である。

 

 長い年月を経て尚進化することのない、古代の巨大木生シダの群生地。

 ここの生態系であれば、今や地上にはいない生物も多いだろう。

 時代ごとに森を平穏に区分けし、災害もなく環境が安定しているためか、なかなか生物が進化しないのだ。

 

「おお、これはすごい!」

 

 森にやってきて、クベーラは遠足に来た小学生ばりにはしゃいでいた。

 けど顔は怒り笑いしてるみたいで、ちょっと怖い。

 

「素晴らしいな、どこを見渡しても未知の植物……おっ、これは虫か? なかなか……ほうほう」

「なかなかいい場所でしょ? ここではないけど、もう少し進むと恐竜っていう生き物がいる区画になるわ」

「恐竜! なんだそれは……いや、しかしここはここで、もう既にすごい場所だが……」

 

 結構足を運んでいて、しかも記憶のすり減らない私としたら、クベーラのように新鮮な感動を覚えることはかなり少ない。

 彼のワクワクが止まらないような姿が、ちょっとだけ、羨ましく思えた。

 

「ゆゆっ? にんげんさんがいるよ?」

「ゆゆゆっ、しんきたちのゆっくりぷれいすになんのようかしら!」

 

 しばらくのんびりと歩いていると、木陰から二つの丸っこい……何かが現れた。

 普段から出会うと面倒くさいけれど、今みたいな大事な時には特に面倒くさい奴ら。

 通称、ゆっくり神綺である。

 

「おお……これは?」

「さあ」

 

 私はありのままに答えた。これはと言われても、私達としてもよくわからないのだから仕方ない。

 

「クベーラ、そこにいる子達はどうです?」

「いや、なんとなく腹が立つ顔をしてるからな。商品には向かないだろう。やめておく」

「どぼちてぞんなごどいうのぉおおおお」

「はいはい」

 

 商品にはならないか。ならば仕方ない。

 厄介払いもできないなら、商談の邪魔なのでどこかへ行っててもらおう。

 私はゆっくり神綺二匹をむんずと掴み上げ、魔力の風とともに彼方へと投げ飛ばした。

 

「随分と扱いが雑だな」

「大丈夫大丈夫、結構頑丈な生き物だから」

 

 事実である。押し付けようとしたわけじゃないですよアピールを忘れてはならない。

 

 さて、続けて色々探してみよう。とりあえず、生き物だったら何でも良いんだ。

 彼の興味を引くような生き物を一匹か二匹でいい。それを見せてやれば、魔導書が手に入るのだ。

 

 

 

 しばらく歩いているうち、巨大ウミウシやら生足アホ毛生物やら、呼んでもいないのに珍妙な魔界生物ばかりに出会い続けた。

 もっと普通の、古代の生物を紹介したいというのに、なかなか目立つものに出会えない。

 ようやく出会えた巨大サンショウウオは、クベーラの目には“気持ち悪い”と映ったらしく、交渉は成立しなかった。

 

 この分だと、恐竜を差し出さないと頷いてくれないのかもしれない。

 個人的に、恐竜はアマノの庇護下にある者達の末裔だから……あまり、商品として差し出すのは気が進まない。

 もっと、他の生物を気に入ってくれるといいのだが……。

 

 そんなことを考えているうちに、クベーラの足が止まった。

 

「む……」

「クベーラ?」

「どうしたの?」

 

 彼が足を止め、森の外れをじっと見つめている。

 鬱蒼と茂る森の中に、何か彼の目に敵うものがあったのだろうか。

 

「あれは……なんだ?」

「あれ? ……ああ」

 

 クベーラが指さした先にあったもの。

 それは、黒い甲殻に長大な全身を覆った、巨大な甲虫。

 古代生物のひとつ、超巨大ムカデであった。

 

 なお、ムカデと呼んではいるものの、ものすごく長いダンゴムシのようにも見える。

 ムカデかダンゴムシか、実際のどころどっちなのかは、未だにわかっていない。

 

「ふむ……足が……なるほど」

「あのムカデに興味が?」

「うむ、そうだな……うむうむ、その通り。正直に言えば……かなり、興味がある」

 

 ……オオサンショウウオはダメでムカデが良い理由が、全くわからないんだけど。

 けど、彼が気に入ったのなら、その感性に疑問を呈する必要はない。

 

「あのムカデがほしいなら、連れて行ってもいいけど」

「本当か? かなり大きく、立派に見えるが……」

「一匹は一匹だからね、大丈夫大丈夫」

「おおー!」

 

 そんなにテンションが上がるほど気に入ったのか。

 魔道具を断った時といい、天界人の趣味ってどうなってるんだろう。

 

「では、あのムカデと魔導書! これでどうだ、神綺よ!」

「え、私? ライオネル、どうなんです?」

「全然大丈夫だよ。むしろ、あと何かおみやげをつけてあげてもいいくらい」

「なんと、良いのか? 神綺よ、あのムカデを譲ってもらった上、さらに受け取っても良いと?」

「え、だからなんで私……そういうことは、全部ライオネルに聞いてほしいわ。私が決めるようなことじゃないし」

「ほう……ライオネル、本当に良いのかね」

「うんうん、大丈夫大丈夫」

 

 むしろ存在感のない、自然発生するムカデ一匹程度で魔導書がもらえるなら、こっちのほうが申し訳ない気分になるよ。

 ムカデよりももうちょっと良い感じの生物も、ひとつくらいつけてあげないとなぁ。

 

 まぁ、恐竜はやらんけどな。

 

「うーん……」

 

 辺りを見回し、生物の影を探す。

 巨大昆虫。原始ゴキブリ。ワニっぽい何か。

 水辺に近い場所なので生物は沢山いるが、どうもそれらはしっくりこない。

 それに、あまり巨大なやつばかりをクベーラに渡しても、魔界から出て無事に持って帰れるかが心配だ。ムカデはでかすぎるし、おまけに付けるのは小さい奴の方がいいだろう。

 

「あ、これなんかどうだろう」

 

 私は草むらの根本でちょこまか動く影をひょいと捕まえて、それをクベーラの前に運んだ。

 

「……これは……?」

「ネズミ」

 

 多分だけど、ネズミ。

 指で摘める程度のサイズの、超極小ネズミである。

 

 これは私が恐竜の時代辺りに遭遇した生物で、多分だけど、初めて出会った哺乳類である、と思う。

 もしかしたらその以前にも哺乳類がいたのかもしれないけど、これより少し前の時代のサンプルは、採集不足のため、欠けている。

 なのでこのネズミこそが、私にとっては最古の哺乳類だ。

 

「……ふむ、普通のネズミとは全く……見たこともない……」

 

 クベーラはネズミを手に取り、じーっと観察を続ける。

 興味深そうに細められた鋭い目は恐ろしいが、それだけ真剣に品定めしているのだろう。

 

「……ライオネルよ」

「うん?」

 

 ネズミを掌の上に乗せたまま、クベーラがこちらに好戦的な笑みを浮かべた。

 

「……ありがたくいただこう。この取引、成立だ」

 

 やった! オーケーをもらった!

 魔導書ゲット!

 

 


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