東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 正直、私はこれっぽっちも期待はしていなかった。

 

 テーブルの上に広げられた品々は、確かに宝物と呼ぶに相応しい技巧と装飾が凝らされており、それらは確かに美しくはあるのだが、何分、何千万年も下積みを続けた私の目に敵うほどのものではない。

 仕方ない。こればかりは、時間の流れが残酷であったと言わざるを得ないのだ。

 

 だから魔術関係の品と言われても、まぁ興味がないわけではないのでどうでもいいとは言わないが、さして興奮はしなかった。

 

 クベーラが、袋の中から書物を取り出すその時までは。

 

「……ん?」

 

 クベーラの袋から、角を閊えるようにして、大きな分厚い本が出てきた。

 見覚えの無い品である。“私の作った魔導書だったりして”なんてコントみたいな可能性も考えていたが、それはどうも外れらしい。

 

「これは」

 

 タイトルを見て、ついに私の興味は一気にそちらへと引っ張られた。

 悠長に背もたれでリラックスしてもいられない。

 

 何故なら、表紙には魔界文字で、“読める人は読める魔導書”などと書かれていたのだから。

 

「どうだ。この書物はなかなか興味深いだろう」

 

 興味深いどころじゃない。私の中で一気に最重要研究材料に変わってしまったぞ。

 

 なんだこれは。魔界文字で書いてある……いや、文字はある程度、天界と魔界は共用ではあるが。

 しかし、それで魔導書を作ってみせるとは、なかなか出来ることではない。

 

 魔界文字を完全に解読できた者がいるとでもいうのか?

 

「ふふん、そちらの優秀な魔術使いも、どうやらこの品はお気に入りのようだな」

「ええ、本当。ライオネルがここまで興味を示すなんて、珍しいわ」

 

 サリエルが作ったわけでもないし、当然私も作っていない。私の知らない第三者が作った魔導書なのだろうか。

 

 ページをめくり、中身を見やる。

 開いても魔術は発動しない。どうやらこの書物は、ただ魔術の使用方法を指南するだけの書物であるようだ。

 

 中は魔界文字がびっしりと書き込まれ、ところどころが拙い文脈で構成されてはいたが、仕上がりは立派なように見える。

 

 魔力感知、知覚の手引き。基礎理論。事前知識。魔力の分布に関する考察……。

 

 これは、一から始められた研究だ。

 魔力の存在を手探りで突き止めながら、段々とその運用法を解明ゆく、その集大成……。

 

 読んでいくと、私が初めて魔力を操った時の事が思い出されるかのようである。

 昔は私も、このような方法を使って魔力を集め、使っていたものだ。

 

 なるほど確かに、この魔導書のような方法を使えば、魔力への気付きも早くなるかもしれない。

 読んでいくごとに、私にとってはただの反復ではあるものの、教える立場から見た限りでは新鮮な解釈が、この魔導書には沢山散りばめられていた。

 

 ……しかし、私も独自で魔導書を作成したりはしたが、ここまで優しく文字だけで手引するような書き方はしていない。

 これはこれで、完全にオリジナルの魔導書だ。

 一体誰がこのようなものを書いたのだろうか。

 

「どうだね、ライオネル」

「……凄いな」

 

 私はただ、そう返すしかなかった。

 事実、この魔導書はよく研究され、詳細に纏められている。

 机の上に並ぶ品々が魔術の結晶だとすれば、この魔導書はその結晶を生み出すまでの課程の全てと言えるだろう。

 無論のこと、物としての価値は、机上のそれらを遥かに上回るのは間違いない。

 

「これは、地上のとある国で、とある者から譲り受けた品なのだ」

「地上? 国?」

「うむうむ、最近では、地上に進出し始める天界人も多くてな。物好きと揶揄される者も多いが、私はなかなか善い試みだと思っている」

 

 ずっと魔界にいたから気付かなかった。

 天界の人達、地上に降りたりしてたのか。知ってれば私も地上へ遊びに行ってたのに。

 

「以前そこへ商いに赴いた折、珍妙な雰囲気の男に出会ってな。その者が私の持っていた秘薬を譲ってくれと頼み込んできたものだから、かわりに私は、男の持っていたそれを譲り受けたというわけだ」

「なるほど……」

 

 男、か。じゃあその人もやはり、神族ということだろう。

 大判の魔導書の裏側を見てみると、そこには魔界文字で、おそらく“オーレウス”と書かれていた。

 

 オーレウス。それが、この本の著者の名か。

 

 ……この本の中に、そのオーレウスという男の所在も載っているのだろうか。

 載っているならば、彼に会う事も可能だろうか。

 

「さて……どうだね、神綺。そしてライオネルよ」

 

 私が本の続きを読もうとすると、クベーラは魔導書を強引に手に取り、ページを閉じた。

 彼の気迫に満ちた笑顔は、“続きは有料版で”と言っている。

 

「ど、どうだね……とは」

「この本だ。素晴らしいだろう」

「そ、そりゃあもう、うん……」

「価値があるだろう?」

「……」

 

 私はしばらく“む~ん”と悩んでいたが、がっくりと項垂れるしかなかった。

 

 だめだ。一度価値のあるものだと思ったら、それを故意に貶めることはできない。

 魔術関係の品であるだけに、それは余計に。

 

「……はぁ、わかった。クベーラ、この本は素晴らしいものだ。代わりに、何が欲しい?」

「よしきた! おい、ライオネルはこう言っているが、神綺よ。そちらはどうだね」

「え? はあ、ライオネルがそう言ってるなら、良いと思うけど」

「よしよし……! では、今度はそちらの品々を見せてもらおうか!」

 

 うおおお……い、致し方ない。

 こうなったら、魔界の品々を送りつけて、是が非でもこの魔導書を手に入れてやる。

 

 

 

 


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