東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 クベーラの言うところの取引とは、物々交換であった。

 共通の貨幣がないのだ。仕方のないことである。

 

 客人とはいえ私達の根城へ直接案内するのはどうなのだと思った私は、一度根城へ瞬間移動して神綺に事の次第を説明した後、ひとまずクベーラを応接用の館へと案内することにした。

 

「おお、おお! 魔界と聞いてどのような邪神が来るかと思えば、かような麗しい神がお出ましになるとは!」

「あら、ふふふ、ありがとう」

 

 神綺は褒められたこともそうだけど、外来の人と話せて嬉しいのだろう。

 クベーラの目つきに動揺すること無く、実に神らしい態度で彼を案内していた。

 私は後ろでこそこそついていくだけ。なんかちょっと情けない。

 

 

 

 館は、海の側にあるリゾート予定地を利用する事にした。

 不蝕不滅の魔術を施した巨大ログハウスへとクベーラを案内すると、彼は館の外観を見て感動したり、扉を見て感動したり、とにかく何を見ても驚いたり、感動してくれたりした。

 工夫を凝らして作った私達の側として、そういった反応は嬉しい限りである。商談も大事だけど、こんな自慢話にも花が咲く。

 

「いやはや、なかなか卓越した技術を持っているようだ。正直な所、魔界だからと侮っていたぞ」

「えへへ……」

「いやぁそれほどでも……」

 

 クベーラは褒め上手である。

 いや、実際にそれだけ他人を感動させるだけの技術を私達が持っているのかもしれないけれども。

 それにしても彼は妬みもせず、感動をストレートに私達へと伝えてくれる。それは存外に嬉しいものだ。

 

 しかし、気を緩めてばかりではいけない。

 これから始まるのは、商談なのだ。褒められ乗せられては、もしかしたら向こうの良いように話が進んでしまうかもしれないのだ。

 気をしっかり持ち直し、相手の駆け引きの仕方に目を光らせなくてはならぬ。

 

 

 

 木製の館の広い一室で、大きなテーブルを挟み、私達とクベーラが向かい合っている。

 クベーラと一通り、魔界や天界の自己紹介などを交えつつ、今ははてさてといった感じで、早速商談が始まろうとしていた。

 

「うーむ、ここまで色々と見て回っただけでも、随分と目ぼしい物が見つかったが……」

「目ぼしい物? まだ何も見せてないけど……」

「うむ。私からしてみれば、天界にはないそこらの植物ひとつをとってみても、非常に価値のある珍品だ」

「えええ、そのくらいならいくらでも持って行ってくれてもいいのに」

「やや、こちらにもこちらの矜持というものがある。小石ひとつにも、タダというわけにはいかん」

 

 最初は商売根性の据わった狡っ辛い人かなとも勘ぐったが、どうもクベーラは、そんな性格ではないらしい。実直で、誠実そうな人柄だ。

 まぁ、だからこそ神族なんだろうけども。

 

「それで、だ。私としては、魔界の品であれば何だって欲しい。であれば、逆に私は、そちらが求めるものを伺いたいのだが」

「私が欲しいもの?」

 

 おお、そう来るとは思わなかった。

 足元を見られない商談であれば、初回だから適当に魔界の品々を太っ腹に渡して、どうぞおみやげです、また来てねっていう取引でも良いと思ってたんだけどな。

 

「そうだ。これでも私は天界の豪商として名が通っているのだ。ちょっとばかし、興味がある品があれば、見てくれんか」

「……じゃあ、ちょっと見せてもらおうかな? 神綺は、どう?」

「ええ、私も見てみたいですね」

 

 そんなわけで、二人で頷き合い、クベーラから商品を見せて貰うことになった。

 

 しかしクベーラの持ち物と言えば、カンテラと錫杖の二つだけ。他に荷物のようなものは見当たらないのだが……。

 

「では、少々散らかすが……失礼」

 

 そんな事を考えていると、クベーラは徐ろに、腰に備え付けた薄っぺらな革袋のようなものを取り出して、そこに深く手を突っ込んだ。

 中に宝石でも入っているのかなと思ったが、どうも様子がおかしい。

 袋はせいぜい三十センチほどしかないというのに、クベーラの腕がまるごと中に入っている。

 

「よいっと」

「うおお」

 

 彼が袋から腕を抜き取ると、その手には長い刀剣が握られていた。

 それは、明らかに革袋に収まるようなサイズの代物ではない。

 

「まだまだあるぞ」

「おお、おおおー!」

「すごいすごい!」

 

 私達が驚く間にも、クベーラは袋から次々に宝物を取り出しては、机の上に並べてゆく。

 

 刀剣、杖、かんざし、鈴のような楽器、笏、装身具、宝玉、それはもう様々な者が机上に置かれ、隙間が埋まる。

 どれもこれも、なかなか高度な技術と手間をかけて作られていることがわかる、精密なものばかりだ。

 中には魔力が通っていると思しき品々もあり、それらは特別私の興味を惹いた。

 

「おー、これは……熱線が出るのかな」

 

 術式の込められているであろう鏡を取り上げて、私はそれをちらちらと観察する。

 原始的な式を使ってはいるけれど、鏡にそのまま組み込むとはなかなか面白い事を考えたものだ。日常でも使える便利アイテムといったところだろうか。

 

「……ほう、ライオネル、お前はその鏡の力がわかるのか」

「え? うん、まぁ」

「ライオネル、それはなんですか?」

「これはヒーターだよ」

「はあ、ヒーターですか」

 

 鏡を神綺に渡し、別の品にも目を着けてゆく。

 

 刀剣類には魔力的要素はない。ただの美術品か、実用品だろう。

 杖にも魔術的要素はないが、材質は神族由来のものだろうか。原始魔獣の擬態の延長にあるものと思われる。

 鈴など金属系の楽器は、現代的な感覚からするとちょっと拙い感じがする。

 装身具系は、自然石を用いたアクセサリが中心ではあるものの、一部には強い魔術が封じられているようだ。

 

 魔導書にも載せてないような、しかし理論的にはその上にある、発展の仕方だけ独自の道を歩んだであろう魔術の結晶。

 私の興味は、主にそういった品々に向けられた。

 

「……お前」

「うん?」

 

 私が大まかな星の位置を図る魔術具の機構に目をつけていると、真剣な面持ちのクベーラが声をかけてきた。

 

「随分といい目をしているじゃないか」

「え、そう? ……まぁ、私はこういう、魔術関係の品の専門だからね」

「……専門、ほう……」

 

 クベーラの目つきが、私を睨むように狭められた。

 ちょっと威圧的で、怖い。

 

「なるほど、中途半端なものでは、見抜かれるということだな……ならば、ライオネルよ。ひとつ、見て欲しいものがあるのだが、どうだ」

「見て欲しいもの?」

「おう。とっておきの品だ。お前を試す意味で、それを見せたいと思う」

「試すって……それって、魔術関係の品?」

「お前が先ほどまで目をつけていたものと同類といえば、そうだな」

「おおー、なら、ぜひとも見せてほしいなぁ」

 

 どうやら、クベーラは秘蔵の品物を温存しているらしい。

 しかも魔術関係。であれば、見ない理由は無かった。

 

「お前の目に適えば良いが……」

 

 袋の中に手を突っ込んで、クベーラが言葉の割に、不敵な笑みを浮かべている。

 

 


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