東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 サリエルが魔界の住民となり、長い時間が流れた。

 

 彼女はまず、魔界における自分の立ち位置を探すために右往左往していた。

 根が真面目なのだろう。何か役割を与えられなければ落ち着かない性質なのだった。

 

 しかし役割と言われても困るのはこちらの方で、私達は特別、魔界において“何々をしなければならない”という事は決めていない。

 その場その場で“何がしたいか”で自分の行動を決めていくので、ノルマらしいものは定めていないのだ。

 そもそも急がなければならない用事もなかったのだし、当然である。

 

 とは説明したものの、サリエルはサリエルで融通が利かず、何か役目をくれと言って聞かない。彼女は私と神綺をこの魔界の管理人であるのだからと、その役目のいくつかを譲ってくれとしつこかった。

 

 結局私が根負けして、“それなら、まぁ”というような軽いノリで、彼女に一つ、魔界での役目というか、仕事を与えることにした。

 

 それが、“魔界ヘ来る者の監視”という役目である。

 

 

 

「“幽玄魔眼”!」

 

 サリエルが生命の杖を突き出すと、先から稲妻が迸った。

 

 おお、雷魔法かぁーと一瞬だけ感心しかけたが、それが通常の魔法でないことはすぐに判明する。

 雷の帯は5つに分かれ、拡散し、魔界の空へと登ってゆく。

 

「おおー」

「すごーい」

 

 しばらく雷が進むのを待つと、際限なく伸びる雷の帯は空に5つの帯電域を作り出し、そこにそれぞれ一つ目らしきものを現していた。

 空に浮かび上がる、5つの巨大な眼。ギョロギョロと動きながら、魔界の様子を睨んでいる。

 

「これが邪眼だ。私が先天的に持っていた力のひとつだな」

「目玉だ」

「あの目はどこまでも見通す力がある。私は魔界の中を自在に瞬間移動することはできないが、その代わりに、魔界の様々な場所を同時に見ることはできるぞ」

 

 おお、それはすごい。

 魔界の中での異常の察知は、神綺にもある程度ものが備わっているが、彼女だって全てを知覚できるわけではない。

 瞬間移動はできても、自分の居ない場所まではカバーできないというのが、私達にとっての唯一弱点らしい弱点だったのだ。

 

「すごいなサリエル、そんな力があったなんて」

「ふふん。魔眼を通して攻撃することだってできるぞ」

「こんなすごい事ができるなら、もっと早めに言って欲しかったわ」

「いや、その……うむ、必要ないかなと」

 

 今更ながら、サリエルは特別な力を持っていた。

 それが今放ってみせた“幽玄魔眼”だとか、そういった様々な眼術……“邪眼”なのだという。

 

 今披露してくれたのは、雷の眼を通すことによって、遠方の様子を探る、感知するという邪眼らしい。

 邪眼にはいくつか種類があって、中には相手をゆっくりと石化させるような、物騒なものもあるのだという。

 元天使なのに、随分と物騒な奴である。

 

「ともあれ、この眼術があれば侵入者の監視など容易なこと。ライオネル、そして神綺よ。魔界の保全は私に任せておくといい」

 

 ドヤァ。

 ……なんか、こういう顔をする時のサリエルって、不思議とすごく……信頼できないんだよなぁ。

 

「まぁ、うん。ほどほどに頼むよ。当分は誰も来ないと思うけど……」

「なに、来てからでは遅いのだ。私は常に油断なく、監視の役目を果たしてみせるぞ」

「そうか……うん、サリエルがやってくれるなら、安心だ」

「そうだろう、そうだろう」

 

 まぁ、サリエルが生き生きしてるから、これはこれで別に良いか。

 

 

 

 サリエルは魔界の監視に没頭しているために日頃の付き合いは悪くなったが、それでもたまに根城にやってきては、私や神綺とともに研究の手伝いなどをしてくれた。

 研究というのは主に原始魔獣に関するもので、元原始魔獣であるサリエルの目線から投げかけられる意見は、実に新鮮で、有意義なものであった。

 

 神綺は生首だけの謎生物“ゆっくり神綺”を創れるようにはなったものの、その知能レベルや生物としての次元はかなり低い。

 というより、生物とは別方向の存在であるような気がして、このまま進んでも望むような結果は得られない気さえしていたのである。

 その点、生物創造に関するアドバイスをしてくれたサリエルは良い風となった。

 もしも彼女がいなければ、私達は謎の“ゆっくり神綺”の先にある、更に混沌とした生物を生み出すところであった。

 

 サリエルの言うアドバイスとは、単純に“大型原始魔獣”を手本にしてはならない。というものである。

 大型原始魔獣は、穢れが穢れを溜め込んだ最終形態であるため、サリエルら神族にとっては死体にも近い状態らしい。

 見た目こそは生きているかのように見えるが、彼らからしてみればそれは大間違いなのだとか。

 

 では神綺は何を手本に生物を創造すればいいのかと私が問うと、サリエルは可愛らしく首を傾げて、こう言った。

 

 “私でも手本にすれば良いだろう”と。

 

「ふーむ……」

「そっか、サリエルを手本……」

 

 これのやりとりをきっかけに、長年に渡る神綺の生物創造の迷走に、一定の目処がつくこととなった。

 

 肉体だけで動かない死体生物、脚とアホ毛しかないたくましい謎生物、ゆっくりゆっくりうるさい生首生物。

 神綺の生物創造は様々な名状しがたい歴史を重ねてきたが、この日を境に、彼女の力は一変する。

 

 


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