東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 神綺の丁寧でわかりやすい説明もあってか、次第にサリエルは、真面目な面持ちで私達の案内についてくるようになった。

 

 果てなく続く大氷土。

 古代生物の蔓延る大森林。

 激流轟く大渓谷。

 

 それぞれの成り立ちや役割、歴史などを説明すると、サリエルはそれらを、食らいつくかのように真剣に聞いてくれた。

 時には“それはどういった生き物なのか”とか、“ずっとここにあるものなのか”とか、意欲的に質問も投げかけてくる。

 

 どうやら、なんとか興味をもってくれたらしい。

 私と神綺は大いに喜んで、紹介にエピソードを交えながら、どんどん魔界の中心部へと進んでゆく。

 

 

 

 大渓谷を奥へ進めば、そこには街が広がっている。

 石造りの彫刻都市。私と神綺とで、長い長い歳月を掛けて作り上げた、手掘りの街だ。

 

「……ここは」

 

 サリエルは粗っぽい岩陰から一歩踏み込んで街へと入ると、その光景に圧倒されたらしい。

 一歩目から動けずに、そこで立ち止まっている。

 

「ここは彫刻の街。ありとあらゆるものが石で作られてるから、綺麗なかわりに、ちょっと寒そうだけどね」

 

 この街には不滅の魔術がかけてある。

 不蝕不滅。保護魔術ではあるが、誰も住まない街を風化から守るだけならば、大して魔力を消費することもない。

 街の各所に備えた機構で魔力を収集すれば、十分に賄えるレベルだ。

 

「サリエル、先に行きましょ。この先に、私達の使っている根城があるのよ」

「……ああ」

 

 私達の催促を受けて、サリエルはゆっくりと回り見渡しながら街を出た。

 

 ここも確かに傑作ではあるけど、一番知ってほしいのは実用性のある場所だ。

 まずはそこへ案内しなくてはなるまい。

 

 

 

 大渓谷の中央。最も巨大な岩山の頂上に、私達の根城は存在する。

 これもまた総石造り。

 時代の流れと共に改築と増築を繰り返し、今では魔術機構を複雑に内蔵した、一種の結界のようになっている。

 

 魔界の中において、私達は移動というものをする必要がない。瞬間移動ができるからだ。

 故に、様々な研究や実験は、全てここで行われる。器具や機材も揃っているので、困るようなこともない。

 

 ただ、内装の利便性にこだわりすぎたせいで、彫刻の街ほど内装に拘れていないというのが、ちょっとした欠点である。

 今日のようにお客さんを呼ぶなら、もう千年くらい、改築を頑張っておけば良かったと思う。

 

「ここが、お前達の……」

「拠点といえば拠点だね。便利、ただその一言に尽きるよ」

 

 周囲には渓谷がいっぱいに広がり、根城の中には人造ドラゴンも徘徊している。

 たくましい生足おばけや生首ゆっくりまんじゅうでも立ち入ることのできない、険しい立地だ。

 その険しさのおかげで、根城の中では平穏な時が流れ続けている。

 

「……ここがライオネル、お前の……最も安心出来る場所というわけか」

 

 サリエルは、納得するようにつぶやいた。

 

 それは彼女の自己完結だったのかもしれない。

 けどその一言は、私の心の中に強く突き刺さる。

 

 

 

 最も安心できる場所。

 私はそれを聞いて、“違う”と言いそうになってしまった。

 

 でも本当は、違わない。

 なぜなら、私に家と呼べるような場所はここしかないのだから。

 

 ……それでも、私はやっぱり頷けない。

 私にとって、最も安心できる場所。

 

 この根城は、とても安心できる。

 誰にも邪魔されないし、好きなことができるから。

 

 けど最も安心できるかといえば、それは多分、ここではないのだ。

 私にも、何と言えばいいのか、わからないけれども。

 

「ライオネル?」

「ああ、ごめんよ」

 

 慣れない考え事をしていると神綺が心配そうな顔で私を覗きこんできた。

 サリエルもどこか怪訝そうな目で、私を見ている。

 

「どうした?」

「いや、どうというわけでもない」

 

 本当に、別にどうってことないことだから大丈夫。

 

「そうか、なら良いのだが……ところで」

「うん?」

 

 サリエルは根城の屋上で大渓谷を見渡しながら、この根城のほとんど真下の場所に杖を向けた。

 

「この根城の真下にも、何か建築物があるようだが、それは?」

「ああ、墓廟か」

「墓廟?」

「うむ」

 

 根城。その真下、渓谷の谷の底には、大きな墓廟が存在している。

 それは、私が殺した神を祀る場所。神骨の杖を安置するための、魔界で最も静かであるべき場所だ。

 

「墓というと、死体があるのだな。そこには、一体誰が……」

「サリエル」

 

 サリエルは質問で追及しようとしたが、それは神綺によって阻まれた。

 神綺の翼はいっぱいに広がり、私とサリエルの間に壁を作っているようにも見える。

 

「この下の墓廟は、軽々と入ってはならない場所よ」

「……む、そうか」

 

 神綺の言葉に、サリエルは悟ったのか、察したのだろう。

 簡単に引き下がり、それ以上聞くことはなかった。

 

 ……ちょっと、なんだか重い雰囲気。

 神綺! いや、まぁ確かにあの墓廟は私も入らないような場所ではあるけど、ようやく来てくれた人にそんなぶっきらぼうな答え方はないよ!

 

 こ、この空気をなんとか変えなくては……。

 

「そうだ、神綺。せっかくこんな見晴らしの良い場所に来たんだし」

「え?」

「サリエルのために、演奏会を催すのはどうだろうか!」

「……ああ、それ、とても良いですね!」

 

 私が少々強引に提案すると、神綺は顔を綻ばせて頷いてくれた。

 演奏会。それは、私と神綺が練習に練習を重ね、これまた長い時間をかけて準備してきたものである。

 彼女はフルートによる演奏を気に入っており、常々それを他人に聞かせたがっていた。

 ようやくその出番がきたことを思い出し、気分が高揚したのだろう。翼をみればわかる。

 

「演奏会?」

「ええ! こうしちゃいられないわ、早くフルートを持ってこないと! お気に入りの、どこに置いたかしら……」

「よーし、それじゃあサリエル、ここで待っててちょうだいな」

「え? あ、ああ、うむ……」

 

 そんなこんなで、いつもの調子だ。

 

 建築物を作り、音楽を奏でる。

 そんな日常の中に、サリエルが加わった。

 

 けれど私達にとって、それはとても新鮮な、新たな風であった。

 

 研究も、実験も、遊びにしても企画にしても、そこに一人加わるだけで、新たな彩りが芽生え始めるのだ。

 

 

 

 未だ名も無きバイオリンとフルートの音の祝福の中で、サリエルは私達の仲間として輪に加わった。

 天界に住まう神族であろうと、穢れなどと呼ばれていようと、堕天使だろうと関係のないことだ。

 彼ないし彼女の中に、人の心があるならば。

 

 


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