東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 サリエルを元気づけるためには、どうすればいいか。

 彼女がホームシックだと仮定した場合、天界を模した建造物やイベントなどで里心をくすぐるのは、逆効果であると言えよう。かえって天界に戻りたくなるのは明白だからである。

 

 どうせ魔界で生活することになるのだ。いつまでも天界の事を引きずってはいられない。

 すっぱりと故郷への未練を忘れ去れるよう、私達が魔界の良さを全力でアピールしなくては。

 

 そういうことで、私達はサリエルのために魔界のPRを行うことにした。

 やってきて早々に面食らった彼女には、まだまだ魔界の良し悪しは完全には解っていないことだろう。

 せっかく再構築した魔界だ。隅々までじっくりと見てもらい、魔界の魅力を堪能してもらおうではないか。

 

 

 

「ゆっ! ゆゆっ! あおいにんげんさん、あまあまちょうだいね! びーるでもいいよ!」

「にんげんさん、ここはしんきたちのなわばりっだよ! でなおしてきな!」

 

 とりあえずサリエルに群がっているゆっくり神綺の二匹を両手で確保。

 

「ゆっ?」

「ゆゆっ?」

「からのー……飛んでけぇー!」

 

 そして、明後日の方向へ全力投球!

 

「おそらをとんでるみたいぃぃぃ……」

 

 ゆっくり神綺達は風魔術を込めた力によって彼方へ吹っ飛び、キランと光って見えなくなった。

 あの生物は地味に翼を出して飛ぶこともできるので、特に心配はいらないだろう。

 脚だけの連中も大概だけど、あれもあれで、なかなかしぶとい生き物なのだ。

 

「おーい、サリエルさーん」

「サリエル、お話良い?」

 

 生首を退け、岩の上に座り込んだサリエルの背に声をかける。

 すると彼女はしばらく間をあけた後、冷め切った顔だけをこちらに向けた。

 

「……何か用か」

 

 うわあ、なんかすごいぶっきらぼう。

 彼女がこもり初めてからあまり口を聞いてもいなかったので、かなり怖い。

 

「ええとね……実はサリエルのために、魔界の色々な場所を紹介しようかなと思っているんだけど……」

「……場所か。私には、このくらいの普通な森が丁度良いと思っているのだが」

「いやいや、森以外にももっと沢山、いい場所があるんだよ」

 

 いくら地上での生活が長かったからって、それはないでしょうよ。

 仮に本当に好きだったら、もっと歩きまわったりするだろうに。

 

「サリエル、魔界は嫌いなの?」

 

 私が腕を組んで困っていると、神綺が前に出て訊ねた。

 その口調は私に使うものとは違い、随分と砕けたものである。数億年も見ることのなかったギャップに、私がちょっとだけ驚いたのは内緒である。

 問いかけを承けて、サリエルはこちらに向けた顔を逸し、静かにため息を零した。

 

「……さあ、どうだろうか。私は、まだまだこの魔界の深淵を覗いてはいないからな。まだまだ、嫌いというわけではないのかもしれん」

 

 深淵ってなんだ深淵って。大渓谷のことか。むしろおすすめスポットだよ。

 

「だったら、一度私達と一緒に見て回るのはどう?」

「……君たちとか」

「ええ。それだったら、魔界の生物に襲われることもなく安全に移動できるわ」

「安全……私はここの生き物に引けを取るとは……」

「なら、尚の事外に怯える理由はないわよね?」

 

 すっごい誘導してる。

 

「……まぁ、たしかにな」

 

 明らかに誘導でも、サリエルは真正面から正直に受け答えするタイプだった。

 

「じゃあ、決まりね。ついてきて、サリエル。私とライオネルが創造した魔界を見せてあげるから」

 

 神綺のストレートな誘いによって、サリエルは渋々ながらも、しっかり縦に頷いた。

 私、無言でガッツポーズするだけ。

 もう全部神綺だけで良いんじゃないかな。

 

 

 

 サリエルは原初の力を使えない。

 それはつまり、魔界における瞬間移動ができないということである。

 

 そのため、移動は空中を浮遊しながら、まったりと観光する運びとなった。

 まぁ、その方が魔界の表情もよく見えるので、丁度良いだろう。

 

「あれがライオネルの作った“空中儀”よ。魔界の空を巡回しながら、定期的に全体を半回転させるの。中に複雑な術式と機構が入っていて、自然の魔力だけで動くの」

「……技術は認めよう。どういった目的で作られたものなんだ」

「表面にはいくつも居住空間があって、そこに人が住めるようになってるわ。回転しても、重力魔法で調節してるから大丈夫なんだって。あと、私は詳しくないけど、外付けの半永久機関としても使えるとか……」

「ふむ……」

 

 そして、神綺の説明は丁寧で、聞き取りやすい。私のマミ(ゾンビ)声とは正反対で、まさに天使のようである。

 サリエルと神綺は互いに六枚の翼を備えているだけあって、並んで飛ぶ姿も神々しい。私だけ闇属性。ちょっと疎外感。

 

「向こうの空に見える赤レンガの建造物群が、“ブックシェルフ”と呼ばれている街。空を飛べる人にとっては便利な場所にあるわ。今は私達が作った本が沢山置かれてるだけで、無人なんだけどね」

「あれも、漂っているのか」

「一定範囲をね。けど、大きく逸れることはないから、不便ではないかな。むしろランダムに近づく分、自分で移動する労力が少なくて済むし、私は便利だと思ってるわ」

 

 空に浮かぶ、巨大な赤レンガの集合体。不安定に傾いたりなどしているが、重力制御によって内部に問題はない。

 あれも作ったはいいけど、まだ無人だ。まぁ、高い空に飛んでいる分、ゆっくり神綺たちに侵入されなくて、都合は良いんだけど。

 

「……住人がいない建物ばかりだな」

 

 サリエルはブックシェルフを見上げながら、何気なくぽつりと呟いた。

 

「魔界の住人といったら、私と神綺しかいないからね」

「え」

「サリエルが三人目なのよ。だから、私達すごくうれしくって……」

「待て」

 

 サリエルは険しい顔で、私達の言葉を制した。

 

「……お前達は、いつからここに……この魔界の民として、存在しているのだ」

 

 その問いかけに、私と神綺は顔を見合わせる。

 そして二人同時に、全く同じ言葉を発した。

 

 

「「四億年とちょっとかな」」

 

 


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