東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔界の観光名所を整えた私は、一向にやってくる気配のない天界の住民をお誘いするために、地上へ乗り出した。

 何千万年も、何億年も、誰に見せることもない建築を行っていた私ではあるけれども、見てくれる人がいるというのであれば、その美しさをひけらかしたくなるものだ。

 

 しかし地球のどこを探しても、天界が見つからない。

 前にはあったはずの場所に空間の境目らしきものもなく、天界へ入れないのだ。

 それはちょっと困る。というわけでもう一度、地球を更にくまなく探してみたのだが、やはり天界は見つからない。

 

 万策尽きた私は、ならば月から地球を観測して探してみようという根拠の薄い奇策へと乗り出したのだが、これが意外にも功を奏した。

 月へと向かった私は、その後すぐに、サリエルと再会したのである。

 

 久々に会ったサリエルは、背中に生えた翼の数が増え、手には見知らぬ杖を持ち、何よりも魔術の扱いが段違いに上手くなっているようだった。

 魔術を修めた人がいるというのは、嬉しいことだ。アマノの時もそうだったけど、自分と同じ趣味を持っている相手と話すのは、すごく楽しい。魔術の話はなかなか神綺とはできないだけに、私にとっては貴重なのだ。

 

 と、私は内心でサリエルとの再会を喜んでいたのだが、彼は突然に月を飛び立ち、私の言葉を聞かぬまま地球へと帰ってしまった。

 追いかけようにもサリエルの移動速度は全力であるのか非常に速く、簡単に追いつける気はしない。また彼自身も焦っているようだったので、強引に止めることは憚られる。

 ならばせめて天界へ行く方法だけでも訊いておきたかったのだが、そうして私が悩んでいる間に、航行するサリエルの姿は光に包まれ、地球のどことも知れない場所へと消えた。

 

 万策ともう一策が尽きた。これが本当の手詰まりというやつである。

 

 

 

 そんなわけで、私はうなだれた。

 探しても誰も居ない、ただちょっとだけ“喋るかなー”程度の乱暴な気質の原始魔獣ばかりがひしめく地球に背を向けて、魔界へと戻った。

 魔界は、私と神綺で創った新たな地形と創造物により、見た目にも豊かになっている。

 

 空中を旋回する球体ミニ惑星。

 地上へ水分を、滝や雨として供給するための空中大氷土。

 特殊な重力場を展開し、魔界の空をフワフワと無秩序に飛び回る煉瓦の街。

 生態系の増加に伴い、区分けを増やした大森林群。

 同じく生態系ごとに分けた、海っぽい湖。

 大渓谷の根城も増築し、アマノが遺したドラゴン達にとっても住みやすい環境を構築した。

 

 やれることはやった。あとは人を招くだけなのだ。

 でも誰も来てくれない。せめてサリエルだけでもいいから見て欲しかったんだけども。

 

 そんなこともあって、私がテーブルの上でファラオっぽいポーズで無気力にしていると、人造の竜の一匹が大きな顔を私にこすりつけ、何かを訴えかけてきた。

 竜たちが私に対して何かを要求したことや伝えようとしたことなどほとんどなかったので、その時の私はとても驚いたことを覚えている。

 何だ、一体どうしたんだと私が訊ねると、さすがに竜達も言葉は扱えないのか、翼や腕を使ったジェスチャーにて、私に意志を伝えようとした。

 

 しかし竜のジェスチャーを読み取るなど、容易なことではない。

 こうか? それともこうか? とたっぷり数週間分も悩み、竜達の意志を汲み取ろうと努力し、彼らがジェスチャーを初めてから三週間目くらいで、ふらりと根城に立ち寄った神綺が彼らの意識を読み取り、“地球で探しものを探すのを手伝う”と言いたかったのだと判明した。

 竜たちの言葉の翻訳に私はこれっぽっちも必要なかったのだ。それはまあいいさ。

 

 竜達は、住民の居ない魔界を退屈に思っていたのだという。

 いるのは知識なく、連帯感のない原始的な生物や、既に枯れ果てた、ただ生命を維持するだけの大型原始魔獣のみ。彼らも大概気の長い性格をしているが、変化が得られるならば欲しかったのだと、神綺は代弁する。

 

 そういうわけで、四十匹にも及ぶ人造のドラゴン達が、天界探しを手伝ってくれることになった。

 

 よくよく考えてみれば、彼らにとって地球は故郷だ。久々に自らの生まれ育った、慣れ親しんだ地球というものを満喫したいだろう。

 竜らは魔術的な補助によって強靭な翼を得ているし、火を吹いたり風を起こしたりといった基礎的な魔術を扱うこともできるので、原始魔獣が多い外の世界でも、これといった心配は必要ないはずだ。

 私は竜達に“じゃあお願いできますかね”と確認を取ると、神綺は“やぶさかではない”と返してくれた。

 竜とコミュニケーションが取れる神綺が羨ましくなったと同時に、竜達ってやっぱり偉そうにしてたんだなと確認できた。これは進歩である。

 

 

 

 そんな経緯を経て、私はまた再び、サリエルと再会することとなったのだ。

 

 一度目は私が迷い込んだ天界で。

 二度目はなんとなく立ち寄った月で。

 三度目は竜達による捜索のもと地球で。

 

 どれも遭遇する場所がばらばらだけど、こうして何度も同じ相手に会えるのは、何かの縁かもしれないと思えてくる。

 

 ……けど、サリエルって会うたびに見た目が変わるなぁ。

 翼が増えてたり、性別が変わってたり。原始魔獣由来の生き物だから、何が起こってもおかしくはないと思っていたけども……イケメンから美少女になるなんて俗っぽい変身をしてみせるなど、まさかのまさかである。

 

「なるほどな、“空の悪魔”とはお前の使役する幻獣だったか……」

 

 サリエルが竜の顔に触れ、興味深そうに表皮を撫でた。

 竜は何を考えているのかわからない仏頂面のまま、サリエルの綺麗な手を受け入れて大しくしている。

 

「空の悪魔か。悪い竜というわけでもないと思うんだけどなぁ」

「彼らがそうでなくとも、穢れにとってはそうなのだろう。先ほどの火炎魔術は見事なものだった」

「ああ、“呪いの火”ね。着火すると魔術抵抗がない限りは燃えるから、地上だと強いかもしれないねえ」

 

 サリエルは、前と変わらず六枚の翼を持っていたのだが、どうやらそれで羽ばたけないらしい。

 移動は専ら浮遊のみで、月魔術のみで数百年もの間、地上で闘い抜いて来たのだという。

 

 今でこそ私はどんな相手が出ようとも怖くはないが、それは様々な魔術の恩恵があるからこその話だ。

 使えるのは月魔術だけ、かつノーダメージで数百年生き延びろというのは、正直“そんな殺生な”と言いたくなるほどの無理難題である。私だったら間違いなく曇天の半月の時に死ねる。

 そんな絶体絶命の状況を、何百年も月魔術のみで切り抜けて来るとは……魔術の使い方だけなら、私よりもサリエルの方が優れているのかもしれない。

 

「でもサリエルは、どうして地上に何百年も? さっきは翼が使えないって言ってたけど、それと関係が?」

「……」

 

 サリエルはしばらくの間、じっと口を噤んでいたが、何度か私の顔をチラチラと見た後、決心をしたように大きな息を吐いた。

 

「……そうだな。私も、お前には色々と聞きたいことがある。ここは隠し事をせずに話すとしよう」

 

 竜の背にまたがり、夜空の向こう側を見つめるサリエルの横顔は、どことなく疲れているように見えた。

 

 

 


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