東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私の名はサリエル。

 神の下僕であり、守護天使の一人だ。

 

 天界の頂点に君臨する我が神、メタトロンの指示に従い、天界の保全に務めている。

 

 私の役目は天界の監視と、異物の排除。

 天界に入り込んでくる知性無き穢れを討ち、追い払うのが、主な仕事である。

 数百年前から、神より“封じられるべき書物”の存在を聞かされ、同時にその収集も任務のひとつに加えられた。

 野蛮な穢れが跋扈する外界で小さな物を探すというのは、天界に慣れた私としては少々辛い作業であった。

 それでもほとんど幸運にも近い形で、一冊の書物の発見に成功した私は、神より最上級のお褒めの言葉と、更なる高貴な役目を賜った。

 

 月の秘密の守護。

 それが、最近になって私に与えられた、新たな役割である。

 

 

 

 神は、“新月の書”と呼ばれる書物を持っている。

 それは平時、神が私の前で開いてみせるだけのものであったのだが、月の秘密の守護者となってからは、書物を持つことも役目のひとつだということで、私に授けられることとなった。

 秘密の守護とは、“新月の書”を守ることと同義なのである。

 

 天界には、我々以外にもいくつかの派閥がある。

 そいつらもまた自ら神を名乗る者を内包しており、独自のコミュニティを形成している。

 

 奴らは単体でこそ私のような守り手の敵ではないのだが、放っておくと勝手に太陽や月を自らのものだと名乗り出してしまうほどの愚か者なので、“月の守護”を命じられた以上は、彼らの手からも書物を守らなくてはならないだろう。

 まあ、奴らが書物の存在を知っているかどうかは、未知なのだが……。

 

 

 

「しかし……私に、守りきれるのだろうか」

 

 長い経験を積み、私の翼は三対、六枚にまでなった。

 翼の数は格の高さ。私は天界上層部の者としては神を除いた最上位の存在として君臨しており、今や私に従う部下の数も、両の手では数えきれない。

 

 魔術の練度も相応に上がり、“新月の書”の半分近くまで読めるようにもなった。

 天界内では既に敵もなく、時々天界へと忍びこむ穢れの討滅も、一瞬のうちに片が着いてしまう。

 

 だが、私は知っている。

 私は覚えている。

 

 私はかつて、ある一人の魔界人によって大敗を喫したことを。

 

 確かに今の私の力であれば、この天界において敵らしい敵はいない。

 しかし、天界の外ではどうだ。そこでは私の眼術も完璧には通用せず、魔力の通りも不完全。未知なる生物に遭えば、思わぬ苦戦の末に負けてしまうかもしれない。

 それに、魔界人。

 魔界と呼ばれる穢れた場所には、当時私を一瞬で倒してみせた者が棲んでいる。

 あの時に受けた反撃魔術は未だに私に想像のつかないもので、常々悩みの種となり、私の思考を止めてしまう。

 あの一件以来、魔界の使者と名乗った彼は天界を訪れていないようだが……魔界人が何を考えているのかは、私にはわからないことだ。

 私にできるのは、もしもあの魔界人が天界に牙を剥いてきた際、それをねじ伏せるだけの力を蓄えておくことだけであろう。

 

 

 

 そう、外には未知が多い。

 そして、私は強い者を知っている。

 

 だから私は、慢心できないのだ。

 

 

 

 故に、新たに興った小勢力たちも、私の重要な監視対象の一つ。

 

 高天原(たかまがはら)

 平穏な下層の孤島で暮らす、呑気で小規模な派閥である。

 争いらしい争いを好まない温和な者達であるが、彼らもまた、我々とは少々異なる“起源”を崇拝する、異教の者だ。

 

 神は荒事を好まないためか、計画のうちなのか、そういった勢力を天界内に捨て置いているが……監視役の私としては、あまり心地の良いものではない。

 

 高天原では最近、外界に繰り出して、地上に自らの運営する国を作ろうと目論んでいるらしい。天界に己の土地があるというのに、穢れた地上の一体どこに魅力があるというのか、全くもって謎である。

 

 ……私としてはできれば、そのまま全員外界へ下り、天界から消えてほしいものだが。

 外界へ干渉する異教者達の考えは、私には理解できない。

 

 高天原の交渉役は、確かヤゴコロオモイカネノカミといったか。

 珍奇な行動の延長で天界に火種を持ち込まぬよう、前もって釘を差しておくことにしよう。

 

 


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