東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 天界からの脱出は容易で、入ってきた時と同様、空間に強い魔力を衝突させることによって強引に突破できた。

 そのまま天界から魔界へ戻ることも可能だろうけど、なんとなくあの二人のために、正面から出てやらなければならないだろうと思ってしまったのだ。これは無駄な気遣いかもしれない。

 

 天界の障壁を抜け、空を駆け、“魔力の対流”によって力を掻き集めながら着地する。

 飛行中に集まった豊富な風の魔力により、既に私の胸中にはそこそこの魔力が溜まっていた。

 

「“魔力の収奪”!」

 

 あとは強引に辺りから魔力を小削ぎとって、丁度魔界への扉が開く頃合いだろう。

 魔力の輝きと共に、景色が白く歪み始めた。

 

 久方ぶりという程でもない、魔界への帰宅。

 しかし今日、私の心は踊り、年甲斐にもなく急いでいる。年甲斐もなにも無いくらい歳を召してはいるんだけどもね。

 

 

 

 

「神綺! 神綺はおられるか!」

「おられまーす」

 

 私が声を張り上げながらズンズンと歩むと、すぐ上の方から神綺が出現した。

 その手には、最近見かけなかった謎のアホ毛生物で雑草抜きでもしていたのか、引っこ抜くような感じで握りしめている。

 直前に何をしていたのかが全く想像できないからコメントに困る。

 

「神綺、私は地球で知性ある生き物を見つけたぞ! しっかり自分の考えで話すことのできる、立派な知的生物だ!」

「おおーっ! そ、それはすごいっ!」

「しかも、二人も!」

「二人! どんな形なのです!?」

「少なくとも今神綺の握っているような形ではないよ! ちゃんと私達と同じような、人型さ!」

「ですよね!」

 

 神綺は高いテンションのまま、全力でアホ毛生物を放り投げた。

 素晴らしい投球フォームである。アホ毛生物が魔界の彼方に消え去ってしまったよ。

 今更だけどアレって死ぬのかな。

 

「それで、その生物たちと、どのようなことを話したんです!? 魔界へ移住するんですか!?」

「まぁ、まぁ、落ち着きなさい。順を追って話すから」

 

 魔界へやってこれるであろう存在。

 それは、神綺にとって非常に魅力的なものである。

 

 なにせ、神綺は魔界の神だ。彼女はここから動けないために、誰かと会って話すためには、向こうから来てもらうしかない。

 アマノの時は両者とも神様だったので、互いに会うこともできず、私が情報を共有するための交換ノート代わりになっていた。

 しかし今回は、魔界へやってこれるであろう者の出現である。彼女が興奮するのも無理はない。

 

 私はいつもよりバサバサと激しく動く神綺の六枚羽をなだめながら、天界に訪れた時のことを丁寧に説明していった。

 

 

 

 サリエル。ミト。

 神と呼ばれている存在。私の前で扱われた魔術。そして、慧智の書。

 

 天使のような翼を備えた彼らが賢い理由……それは、間違いなく慧智の書によるものだ。

 そしてその本を持っている以上、彼らは“慧智の書”の能力と重要性を理解しているはず。

 

 自らの存在を高めた書物を、下っ端の書記官程度が持ち運べるだろうか。

 それに、“神”の名を軽々と引き合いに出して、私からサリエルを引き離そうとしたのも気にかかる。

 サリエルやミトたちの価値観は、私にはわからないが……あのミトと名乗った少年は、確実に怪しい。

 

 私の予想が正しければ、彼こそが“神”とやらに最も近い存在だ。

 天界に君臨し、知識を管理する……重要な役目を担った者であることは間違いない。

 

 そして、おそらく彼らは、まだまだ派閥を大きくするはずだ。

 それを智慧でもって管理し、運営してゆくはずである。

 

 具体的に、どのような形になるのかはわからない。

 だけどきっと、それは国となるだろう。

 

 大きくなる分には歓迎だ。賑やかになることは素晴らしい。

 サリエルのように魔術を扱える者が増えれば、私としても研究の張り合いがあるというもの。

 

 しかし……。

 

「彼らは間違いなく大きくなる。けど、彼らは魔界をよく思っていないらしい。これから考え方が変わってゆくかどうか……」

「そんな……私とライオネルが頑張って作った場所なのに」

 

 彼らは魔界を、穢れた者の終着点と表現していた。魔界出身の私からしてみたら地元ディスられ過ぎててマジふぁっきゅーな感じなのだが、実際大型の原始魔獣が集まってきているのだから、天界の人達が間違った事を言っているわけでもない。

 かといって、魔界が穢れに満ちているかのような言い方は、さすがに不本意である。

 

「神綺の言う通り、魔界は素晴らしい場所だ」

「そうですよね、ライオネル!」

「だけど来たことの無い人にとっては、魔界は恐ろしい場所なのかもしれない。だから……」

「だから……?」

 

 私は両手を広げ、原初の力を発現させた。

 すると空中に小石が出現し、くるくると回りながら、まるで雪原を駆ける雪だるまのように堆積を増してゆく。

 ディスク状になったそれは更に速度を増して回転し、私達の上空で大きく広い“陸地”を形成した。

 

「……魔界を、更に魅力溢れる場所に創り変えようと思う!」

「ええっ!?」

「悔しいけど、今の魔界は天界と比べると殺風景だ……私は実際に天界を見てきたけれど、あれは凄かった……」

「そ、そんなに……」

「空に浮いている島、無数の雲、流れ落ちる滝……」

 

 魔界が穢れているだのなんだのというのは、つまりそういうところからも来ているに違いない。

 人は見かけが十割と言われている。ならば、見かけを磨くしかないということだ。

 

「さあ神綺、大渓谷の根城に移動するぞ! 私と一緒に、魔界七大名所を考えるんだ!」

「は、はいっ!」

 

 天界よ、そちらが美しい世界だというのであれば、こちらも負けるわけにはいかない。

 

 なるほど、立体的に存在する群島という斬新な発想には驚かされたが、だからといって私達がそちらに心酔するかといえば、答えはノーだ。造形という分野において、そう簡単に私達の心を掴めるとは思わないことだ。

 

 サリエルからさんざん自慢されまくったおかげで、私の競争心は真っ赤に燃えている!

 

 見ていろ! 天界の連中がどのくらいの数いるかは知らないが、お前達が魔界へ視察にくるまでに、ぎゃふんと言わせるだけの名所を取り揃えてやるからな!

 


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