東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 月魔術を習得してから、また随分と時間が経った。

 月魔術の使用感はなかなか良いもので、不便はほとんど感じられない。

 

 効果の分類は多岐に渡り、衝撃や時間の経過、固着する呪いなど、様々だ。

 使えば使うほどに、新たな利用法が頭に浮かんでくるほど利便性がある。

 

 私が生み出した月魔術をいくつか紹介しよう。

 

 まずは基礎的な、光を生み出して辺りを照らす、“月の発光”。

 体の一部を光らせるだけの極々単純なものであり、魔法に分類していいものか疑問ではあるが、結構役に立っている。

 

 次に生み出したのが“月の蛍”で、これは“月の発光”を遠くに飛ばし、操る魔法である。効果はそのまま。単純なのでこちらの体得も容易であった。

 

 そして、次にはいちいち天体を確認しながら時間を測るのが面倒になっていたので、擬似的に今現在の天体を宙に映し出す“月時計”を、明かりの後すぐに発明した。

 月の魔術は時間、天体の運行に大きく関わるものなので、現在の天体を感知して形を変える魔法を生み出すのは、意外と簡単であった。

 発動すると、自分の頭上に簡略化された天体図が広がるので、そこそこわかりやすく、重宝している。

 

 また、月魔術は物や生物に固着する性質も持っているので、それを利用した呪いの開発も大いに捗った。

 呪いといっても、魔法の効果を持続させるだけのものであるので、単純に恨んで相手をコロリと始末するようなものとは、少し違う。

 私の利用法も、目印になりそうな大岩などに“月時計”を呪いとして固着化させるといった単純なものが多いので、危険性は微塵も存在しない。

 ただ、魔力を扱ったのが私であるためか、私がそこへ近づかなければ天体図が浮かばないというのが、唯一の難点であろうか。それと、夜でなければ光が薄すぎて全然見えない。

 

 ああ、それと同じく、呪いの性質を利用した“月の標”という魔術も開発したのだ。

 これは“月時計”の呪いから天体観測の機能を取り払い、ただその場で発光するだけ……というような、非常に地味な魔術である。

 ただしこの魔術は、近くに私がいなくとも光るように設定されており、月の鮮明な夜には、遠目からでもわかるほどの輝きでもって、呪いある場所にホログラムのような像を浮かび上がらせる。

 浮かび上がるのは、輝く頭蓋骨の像。実に不気味であるが、道標なので“これ作ったの私だからね”という主張は、あっても構わないだろう。

 どうせあと何億年も、この地球上でその不気味さを知覚できる者はいないのだから。

 

 

 

 もちろん、こういった生活や魔術研究の補助以外にも様々な魔法を開発したのだが、どうでもいいものから説明の難しいものまで沢山あるので、紹介はここまでとしておこう。

 長い間、本当に色々あったのだ。

 

 

 

 

 

「クラゲっぽい生物、とったどー」

 

 数十分の海中遊泳の後、海面に顔を突き出し、捕獲した獲物を高く掲げ上げる。

 透明なクラゲである。いや、クラゲ……っぽいような、何かである。詳しくはわからない。少なくとも形がクラゲではない。

 

 そのまま海岸を上がり、地上へ出る。カラッカラの体のあちこちに空いた穴や切れ目から、海水が滝のように落ちてゆく。

 ちなみに、長時間水中に潜っていても一切ふやけない体なので、全く気にする必要はない。

 

 ここ最近は、月魔術の研究は休憩中であり、別の方向に手を出し始めている。

 といっても、それはクラゲの酢漬けだとか、アノマロカリスの塩焼きといった創作料理などではなく、れっきとした魔術の研究だ。

 

 生物の組織や、海藻(珊瑚?)の一部を用いて、エネルギーや不可視の力の方向性、量を調整する魔術。

 生贄を用いてより効果的に魔力を運用する術法……。

 

 私はこの魔術を、ひとまずは仮として、触媒魔術と呼称している。

 

 用いる生物や海藻の種類、部位によって異なる結果が表れるため、最近の私はこちらの研究に没頭しているのだ。

 月魔術の研究を突き詰めていくのも悪くはないが、月からもたらされるエネルギーの他にも、自然界に漂う不可視のエネルギーの正体を究明することも必要なように感じられたので、こちらに比重を傾けることとしたのだ。

 

 だが、自然界のエネルギーとはいっても、それは単純な火力や水力とは違う、静かで、もっと小さなものだ。

 非常に解りづらく、扱い方も未だ定かでない力の流れ。

 それをどうにかして捕捉するために、私はこうして、様々な生物を研究材料としているのであった。

 

「さて、早速このクラゲを煮詰めてみようか」

 

 魔術の研究は体当たりが基本。

 何事も経験であり、それが答えを導く基礎の一粒となる。

 

 ……と、私は信じて、ここまでやってきている。

 なに、時間は畳の目を数え続けても足りないくらい、沢山あるのだ。

 少しも焦る必要はない。ひとまずは、神綺の存在するあの空間に扉を繋ぐべく、努力を続けていこうじゃないか。

 

 

 

 

 

 触媒魔術と、それによって導き出せるであろう環境による魔術……これを、属性魔術と名付けよう。

 それらの研究を続けて、何千年か何万年か経過した頃の事である。

 

 今日もまた環境に存在する、色の定かでない力を解明するためがんばるぞい、と意気込んだところで、私は海を歩いていた際に、不思議な事に気がついた。

 

「うん……? ここは確か、もっと陸が続いていたはずだけど」

 

 最後に訪れたのがいつかは、私も覚えていない。いや、ここに来た経験は確かにあるのだが、時間までは覚えようともしていなかっただけだ。

 この地形には見覚えがある。この体のせいなのか、私は非常に物覚えが良い。魔術などに関することであれば、どんな些細な物事でも全て覚えているくらいには、様々なことを記憶している。

 

 そんな私の脳が今、違和感を覚えている。

 それはこうして長い長い旅を続けて久しいことであり、興味深いことでもあった。

 

 消えた陸。陸が、消えた。それはきっと、間違いないことなのである。

 しかし氷山でもあるまいし、陸が一斉に崩れてドボドボと海中に沈んだ、なんてことはないだろう。

 水位は年々上がりつつあるとはいえ、ひとつの陸が消えるほどの影響力を持つなどとは考え難い。

 

「……こんな現象は、初めてだなぁ」

 

 私は疑問に思いながらも、それをどうこうできるわけでもなかったので、モヤモヤとした思いを抱えたまま、仕方なくクラゲ漁に赴くのであった。

 

 

 

 あ、ちなみに最近、久々に海中で名前を知ってる生き物を見つけたよ。

 ハルキゲニアとかいう、もう見た目よくわかんないやつ。だからなんだって感じだけど。

 

 

 


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