相手が射出した“月の槍”を“月の盾”で防御し、衝突によって起こる瞬間的な爆風を、“風の循環”でまとめ、指向性を持たせ、相手に当てる。
そりゃあ当然、やろうと思えば“月槍見て旭日砲余裕でした”なんて方法もあるけれど、私は相手を殺すつもりはないし、無駄な魔力を使いたくもない。
諍いはスマートに決着できれば、それがベストなのである。
「ぐぅ……まさか、お前がここまで戦えるとは……」
銀髪の男は、腹に直撃した風のダメージが大きかったのだろう。
起き上がったはいいものの、声は苦しげだ。今ので、私との力の差を思い知ってくれたなら良いのだが。
ついでに、手加減したのだから、こちらに敵意がないということも汲み取ってほしいところ。
「さあさ、そっちが負けたのだ。私の質問に答えてもらおうか」
「……何だ」
「貴方の言うところの“神”とは、一体何者だね」
「……それを知ってどうする」
「知り合いだったら、是非ともお会いしたい」
相手がどのような神であれ、取って食うわけではない。
神殺しのやるせなさは、もう懲り懲りだ。
「……お前の言う、神の名は」
「名?」
「なんというのだ」
ふむ、名前が合ってれば、会わせてくれるのかも。
ありがたい。私としても、排他的な赤の他人と無理に会いたくはない。
「名前は、アマノという」
「……」
「心当たりはあるかな?」
「いいや、私は知らないな」
隠すと為にならないぞ、と言ってやりたい気持ちになったが、彼の表情は本気で何も知らないようだったので、言わないでおく。
それに、私も多分アマノではないのだろうなと思っていた。別の神様であっても、別にそこまでショックではない。
むしろ逆に、その新たな神に対する興味が湧いてくる。
「そうか……じゃあ、無理に会うのはやめておくよ」
「……」
「いい加減、そんなに警戒しないでくれないかね」
私はそろそろ和やかに話したいというのに、この男はずっとピリピリしっぱなしだ。
この天界についてはまだまだ色々聞きたいことがあるのに、こうも緊張されては困ってしまう。
「うーむ……」
しかし、私の外見も悪いのだろう。
声も含め、私の姿や振るまいは、初対面の人に対してはかなり挑戦的なものだ。
今までは神綺やアマノだったから無反応だったけど、服を着用する文化的な人が相手では、なるほど警戒されて当然かもしれぬ。
「……私は、魔界という場所からやってきた……遣いの者だ」
「魔界の……遣い?」
未知だから恐怖する。未知だから警戒する。
ならば、相手に教えてやればいいのだ。
知ることによって靄は晴れる。知識の明るさは安心を生むだろう。
私の、世界を調査したいという目的は嘘じゃないし、魔界の代表として来ているのだから、遣いというのも間違ってはいない。
一応、魔界の神様は神綺だしね。神綺を生み出したのは私だけども。
「貴方は、魔界をご存知かな」
「……聞いたことはある」
あるんかい。どこ情報よ。
「外界の者が喰らい合い、殺し合い……最終的に行き着く場所。それが、魔界だ」
「……ほう」
どこの魔界かと思って聞いてみれば、どうやらうちの魔界らしい。
しかも、特徴まで正確に言い当てている。これは驚くべきことだし、面白いことだ。
「この世で最も穢れたものが集う場所……その遣いが、天界に何の用だ」
ああ、そういう認識か。
どういう場所かは知っているけど、良いイメージはないということね。
私はてっきり、“原始魔獣の強者しか立ち入る事を許されない秘境”みたいな扱いをされているのかと思ってたけど。
……まぁ、印象は悪いけど、曲解されているというほど間違っているわけでもない。
ここは話を進めておこう。
こちらの天界とやらが幅を効かせているのであれば、私達の魔界の方だって、自らの言い分を持っても良いはずだ。
「なに、随分昔からになるんだけど、その穢れた者が魔界に来るようになったからね、私達も外界の様子が気になるんだ」
「ふん……」
「私がここを訪れたのは、その調査もあってということ」
「ここは清い天界だ。外界や魔界とは違う」
ここもアマノの影響から生まれた世界だろうに。あんたの使ってる言語は私達のものだぞ。
成り行きを知ってる私からしてみたら、天界も地上も大差ないがな。
……けど、まぁ、一応ここは天界を褒めておこう。
「確かに、美しい景色だ。地上では見られない」
「うむ、そうだろう。天界はどこよりも美しいのだ。無秩序な地上には無い風雅が、ここにはある」
魔界の方がずっと……いや……まぁ、確かにここみたいな自然の美しさはないけどさ。
おのれ、建造物なら絶対に負けない自信があるというのに。
魔界の自然といったら、大森林と大渓谷しかないじゃないか……これは、新スポットを要検討せねばならないか……。
「だが、ここはまだまだ序の口だ。天界の中でも、ここはあくまで下層に過ぎない」
「下層?」
「ここより遥か上には、更に美しい島があるのだ。私も謁見の際にしか訪れることはないが、あの美しさといえば、まさに神にこそふさわしい場所と言えるだろう」
ほう、まだまだ上にも島があるのか。
確かに、見上げてみれば小さな雲が所々に浮いている……そこに島が隠れているのだろうか。
というかお兄さんアナタ、勝手に情報をポロポロ漏らしているみたいですが、言っても良い情報だけを喋ってるんですよね。
詳しく説明してくれるのはありがたいから、文句はないけども。
とりあえず、上の方に偉い人がいるというのはわかった。
「……で、その……ええと」
「どうした、何を聞きたい」
私から魔術を受けて悶絶したことなど忘れたように、男の表情はどこか明るくなっている。
最初は警戒していたけれど、今ならちゃんと話が通じるだろうか。
「じゃあ調査も兼ねて、色々と聞かせてもらったり……この天界を色々と案内してもらってもよろしいかな?」
「……うむ、魔界の遣いとはいえ、天界の美しきを分かる者。見たところ、穢れもないようだし……調査というのであれば、構わないだろう。上層へ連れてゆくことはできないが、下層内であれば案内する」
「おお、ありがとう。助かるよ」
よし、どうやら話は通じたらしい。
条件付きだったり、穢れとかよくわからない事も言われたけど、なんとか説明を聞く時間はもらえそうだ。
天界のこと、神のこと、原始魔獣のこと、この男が使った魔術のこと……全部聞けるなら、聞いちゃおうかな。
人に聞けるって良いね。自分で調べたり研究しなくて良いんだもん。
「さて……では、このような何もない島で話すのもなんだ。もう少し、華のある場所に移動しよう。ついてこい」
男はそう言って、青い法衣の背中から一対の白い翼をバサリと伸ばした。
翼竜のものとは違う、始祖鳥のように立派な羽根の翼である。
三メートルを超える神々しい巨翼は、まるで天使のようだ。
「魔界の者、お前の名はなんという」
「私はライオネル。貴方は?」
「私はサリエル。ライオネルよ、先程は突然すまなかったな」
いいってことよサリエルさん。
でもなんだか貴方、本当に名前も天使みたいだね。