東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ものは試しと、巨大な浮島のひとつに着陸する。

 地質は平常。植物の種類は少ないが、地上にあるような普遍的なものだ。

 

 ただし、空に浮かんでいるためか地形は少々異なり、皿のように平たい地面がいくつも重なったような作りになっており、山のような傾斜は非常に少ない。

 見渡して視認できる限りでも、そのようにして生まれた壁面は多く、そこから生える植物の様子も相まって、まるで大きな棚田のような光景だった。

 神秘的かつ牧歌的。眺めていて飽きが来ない。よし、この光景も魔界にパクろう。

 

 ……まあ、綺麗なんだけど。

 この世界は、明らかに異常だ。

 

 ここもまた、アマノの影響によって生まれたものなのだろうか……。

 

 

 

「止まれ」

「!?」

 

 声をかけられた。

 

 えっ、声をかけられた?

 

 びっくりしすぎて身体が竦みきってしまった。

 止まれという命令口調に忠実に従ったのも、この驚きがあってこそのものだろう。

 

「貴様は何者だ」

 

 こっちの台詞だわ。

 全力でそう思いつつ、私はゆっくりと声のする方に振り向く。

 

「……なっ……!」

 

 そこには、驚き顔の若い美男子が立っていた。

 

 長い銀髪に、法衣のような裾の長い服。手には木から削りだしただけの素朴な杖を握り、こちらへ向けている。

 材質は何だろうか。杖は勢い良く空を切り――

 

「穢れた者め!」

「ギャァ!?」

 

 私は殴られ、謎の衝撃によって吹き飛ばされた。

 

「何故殴る!?」

 

 が、そのような不意打ちは恐竜時代にいくらでも経験した。

 すぐさま“浮遊”を発動させ、空中に留まり、静止する。

 

「効いていないだと……!」

 

 うん、駄目だ。このままだと何のモノローグも挟む余地なく、熱いバトル展開にもってかれそうだ。ちょっと考える時間を設けようか。

 

 ……まず、私は謎の空間に入り込み、浮島に着陸した。

 そして、歩いていたら突然男が現れて、殴られたと。

 

 殴られたことはしょうがない。この人の住処に突然私が侵入したのだとしたら、それは私の過失だ。不法侵入。人としていけないことである。殴られても仕方ないかもしれない。

 しかしその前に、じゃあお前は何なんだっていう話を挙げなくてはなるまい。

 

 地球の地上には、人型と呼べる生物はまだ猿しかいない。当然、どいつもこいつもけむくじゃらだ。

 だが私を険しい表情で睨んでいるこの銀髪美男子は、白人のような真っ白な肌に、この世のものとは思えない、神綺のような銀髪。猿の時代を遥か昔に置き去ったような、いっそ現代人より未来的な風貌を整えているではないか。

 

 つまり、猿から生まれたものではないのだ。

 彼はもっと、急激に発生した存在に違いない。

 

 要するに……神とか。

 

「あなたが神か」

「違う」

 

 尋ねたら二つ返事で否定された。

 あれえ、おかしいな。てっきり神様だと思ったのに。

 

「貴様、どうやってここに入り込んだ」

 

 私が首を捻っていると、杖を構えている男が警戒心を強めながら訊いてきた。

 こちらの質問に、向こうは答えたのだ。こちらも答えるしかないだろう。

 

「空を飛んでいる最中に、境界を見つけた。そこを開いて入ってきた」

「……強引に天界への道を開くだと? 有り得ん」

「天界?」

「いや、仮に有り得たとして、外界の者の侵入を許すわけにはいかん」

 

 男が決意を新たに杖を強く握り、そのうちに私の疑問のひとつが氷解する。

 

 どうやらここは天界という空間らしい。

 そして男の口ぶりからして、どうも組織立っているように思えた。つまり、この神様っぽい男の他にも、複数の同じような存在がいるのだ。

 

 驚くべきかな、私の全く知らぬ間に。

 

「今すぐに、ここから立ち去れ。神の怒りに触れる前に」

「……神?」

 

 男は凄んでみせるが、言葉の中に混ぜられた単語が私の中から“とりあえず撤退”という選択肢を奪った。

 

 神。そう、神と聞いては、私も容易く引き下がるわけにはいかないのだ。

 

 神とは私にとって、特別な存在である。私の一生は、神によって大きく変化し、左右されてきた。

 そして、神とは例外なく尊いものでもあった。

 

「神とは一体、誰のことだ」

 

 もしもこの男の言うところの神がアマノだとすれば、私には彼女に言わねばならぬことや、やらねばならぬ事がある。

 少々、魔力を用いてこの男を“動けなくする”ことになろうとも。

 

「! ……貴様、魔力を扱えるのか!?」

「ほほ?」

 

 私が両の手に魔力を集めていると、男は不可視であるはずのそれを感じ取ったのか、額に汗を浮かばせた。

 魔力を知っている者の反応。そして魔力を感じるということは、同じく魔力を扱える者でもある。

 

「なおのこと、見過ごすわけにはいかん!」

 

 つまり私と同じ、魔術を扱う同志ということだ!

 そんな同志が、私に敵意を向けている!

 

 とはいえ魔術を扱って立ち向かおうとしている!

 何故かよくわからないけど、それはすごく……嬉しいぞ!

 

「我が究極の秘技の前に消え去るがいい! “月の槍”!」

 

 ああでも駄目だ! これ私の初級呪文だ! 相手になんねーや!

 期待したけど多分この人すごくよえーや!

 

「“月の盾”」

「な!?」

「からの“風の循環”」

「ぐはぁ!?」

 

 終わったわ。防御魔術を使った以外に特筆すべきところもなく普通に終わったわ。

 

 


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