魔界にやってきた原始魔獣たちは、合計で約二百匹だった。
いずれも何らかの事故の影響によって手負いになっており、まともに動けるものはいなかった。
それでも全てが辛うじて生きていたので、彼らの生命力は相当なものであることが伺える。
ひとつだけ、わかったこと、というか、共通していることを発見した。
それは、神綺に案内してもらった原始魔獣たちはいずれも、巨大であるということだ。
「巨大であることが、魔界へ流れ着く理由、なのかもしれない」
「巨大、ですか」
発見された原始魔獣は、いずれも巨大だった。
みんながみんなシロナガスクジラのように巨大な図体であり、感じられる魔力の気配もなかなかのもの。
ゾウのようなものからカメのようなもの、カバっぽいものからウマっぽいものまで、様々な形の違いこそあったが、ありえないくらいの巨体であることは共通しており、湧き出すような豊富な魔力も、概ね同じ程度。
「私が思うに、これらの魔獣たちは……自分の中に溜め込んだ魔力を制御しきれずに魔界への扉を開いてしまったんじゃないのかな」
「あ」
神綺が“なるほど”と言いたげに手を叩いた。
「膨大な量の魔力を圧縮し続けると、ここ、魔界への扉が開く。もちろん魔力の圧縮というのは非常に難しいもので、やろうと思ってできることではない。私は長い間外を旅してきたけれど、自然現象として魔界への扉が開くようなことは一度もなかったよ」
「……この子たちは、無意識に魔界への扉を?」
「そうだろうね」
生物の内にある魔力の量は、生物によって違う。
もちろん、その量は種の大きさ一括りで言えるものではないのだが、大型の動物ほど比例して大きな魔力を持つという側面は、確かに存在する。
それに、彼ら原始魔獣はアマノの残滓から生まれたであろう、魔力的な生物だ。
内包する魔力量は、通常の生物よりもずっと大きいに違いない。
その大きな魔力が、原始魔獣の成長と共に自然とヒズミを生み出し、魔界への扉を開けてしまったのだ。
「うーむ……」
では、何故彼らはそこまで多大なる魔力を貯めこんでしまったのか。
それはきっと、彼らの生態が大きく関わっているのだろう。
彼らが地球で見せた、争いと共食い。
あれによって巨大化を繰り返しているのだとしたら、ちょっと困る。
あの行動に歯止めがかからなければ、どんどん魔界へ入り込む原始魔獣が増えてしまうからだ。
恐竜も通った道だし、巨大化するのは構わないんだけど、だったらせめて魔界には来ないでほしいものである。
いつかゴジラのような巨大原始魔獣が魔界に攻めこんで来るんじゃないかと思うと、気が気でない。
「ライオネル、ライオネル」
「うん?」
「いつもはライオネルがやっていることですけど……少しだけ、この子たちの身体を入念に調べてみてもいいでしょうか?」
「おや」
神綺が研究らしいことをするとは、なんとも珍しいことだ。
いつも彼女は私と同じことばかりをするのだが。
「そうだね、酷い瀕死の個体もあるし、苦しませるよりは……でもこの原始魔獣を、一体何のために?」
「はい……最近熱中していることなんですけど、また生物創造に傾倒してみようかと思いまして」
「おお、そのための勉強を」
「そういうことです」
どうやら神綺は、自分で生物を創り出すことに興味がお有りのようだ。
私としては、それはとてもいい事だと思う。
これまで神綺は謎の二足歩行生物しか作れなかったので、それが進歩するのであれば、彼女の研究を止める理由はない。
巨大な原始魔獣について知りたいことは山ほどあるし、中には解剖など踏み込んだ調査が必要な部分も出てくるだろう。
魔界へと無尽蔵に流れ込んでくる彼らの処理も必要だ。こっちは建前だけど。
まぁとにかく、私達の早期理解によって、彼ら原始魔獣という未知なる存在を上手い方向に転がしてゆけるのであれば、それはとても素晴らしいことである。
「神綺、この原始魔獣たちの研究……私もやろうと思う」
「ライオネルも一緒にですか! やったー」
「新種の生物群だしね。どのような生き物かは全然わからないけど、これらはじっくり調べる価値があると見たよ」
「やっていけば、魔界の住人が創れるようになるかもしれませんしね!」
「うむうむ」
そんなわけで、少々脳天気な始まり方ではあるが、私と神綺は原始魔獣の研究を始めることにした。
アマノの欠片が遺してくれた、新たな生命の息吹。
原始魔獣。彼らの生態は謎に包まれているけれど、彼らはある意味で、アマノの子供でもあるのだ。
よく理解し、よく導き、最良の関係を築けてゆけたら良いなと思う。
だけど、この時の私は……。
原始魔獣という存在を、あまりに楽観視しすぎていたのかもしれない。
私の見知らぬ地球のどこかで、一匹の異形の存在が地を這いずり、歩き回っている。
豊かな緑、清らかな水。
現在の地球では別段珍しくもなんともない、自然に恵まれた一角だった。
『痛い!』
異形が動き回っていると、突然、何の前触れもなしに、何か硬いものが、その頭の上に落ちてきた。
『食い物?』
異形の上には何もない。崖も、木々も、落ちてくるであろうものは、何もなかった。
しかしそれは間違いなく異形の頭に落ちてきたし、彼の前に形を成して、存在している。
『食い物……?』
とある一匹の異形の前に現れた、一冊の書物。
“慧智の書”。
私はまだ、この一冊の書物が徐々に、少しずつ世界を変容させてゆくことに、これっぽっちも気付いていなかったのだ。