東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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愛しのレイラ

 

 私はレイラの脆そうな手を取り、花びらを撫ぜるような力加減で握った。

 レイラはすぐに反応し、私に見えない目を向ける。

 

「メルラン、お姉さま……」

「……レイラ。貴女は私を、姉と。そう呼んでくれるのね」

「うん」

 

 純朴な、儚げな笑顔。

 それが当然であると信じ切った、無垢な子供の微笑み。

 

「でもね。本当は私は……血縁ではないの」

「え……」

「親類だなんてね。全部、私の作り話だったのよ。私はただ……プリズムリバーの一族を、育てて、見守って……出ていかれただけの。ただの、一人きりの魔女でしかない」

 

 そう、私はただのメルラン。あなた達プリズムリバーとは異なる存在。

 

 だけど異なるからこそ、私はあなた達のことを知っている。

 

 プリズムリバー伯爵家。

 屋敷の中にいくつか掲示された肖像画が、昔の面影をほんの少しだけ思い出させてくれた。

 

 魔法の勉強に熱心で、専門でもない触媒魔法について何度も質問を投げかけてきた、子犬のような青年。

 アヴァロンのあちらこちらを歩いて周り、材料になりそうなものを見つけては持ち帰り、散らかった部屋を同居人に怒られていた……。

 

 ……あの子の好奇心は、鳥かごの大きさに縛られるものではなかった。

 広い世界を見て、いろいろな国に行って、さまざまな人に出会って。

 そんな夢を抱いた、プリズムリバーの一人。

 

 ……何年経っても、忘れるはずもない。

 だって、あのアヴァロンで過ごした日々は、レイラ。貴女にはわからないでしょうけど。あそこでの短い日々の中だけは、間違いなく……。

 

「家族、だよ」

「!」

 

 レイラのか細い声。

 

「だって、メルランお姉さま、とっても優しい手をしてるんだもの」

 

 冷たい指が、私の手の甲を撫でる。

 

「お姉ちゃんたちと一緒。優しい手」

 

 ……血縁なんてない。

 私に実子はいないし、残したはずのものだって全てどこかへ散らばってしまった。

 

 このか弱い子は、散らばった光の一粒でしかない。

 だというのに。

 

「……それでも私を、家族だと思ってくれるの」

「うん」

「私、ひどい奴よ」

「そんなことない」

「嫌なことしかしない。いつも人をせせら嗤っているだけの……」

「メルランお姉さまは、私のこと、嫌い……なんですか?」

 

 不安げに呟かれたその言葉に、私の中にある人間も、魔族も、強く首を振っていた。

 

「好きよ。レイラ。貴女は私の……愛おしい家族」

「……よかったぁ」

 

 彼女の目が。

 見えないでいて良かった。

 

 だって見せられないもの。今の私の、こんなひどい顔なんて。

 

『……メルラン。私達も、一緒だよ』

『そうだよ、メルラン。寂しいこと言ったら嫌だよ』

 

 ルナサと、リリカまで。

 

 ……良いの。勘違いしちゃっても。

 私のような愚かな魔女を、家族だなんて。

 

 私は愚かだから……勘違いしちゃうわよ。

 それが、どんなにひどい家族ごっこだとしても。

 

「レイラ。私はもう、貴女を一人にはさせないわ」

 

 ベッドの上に転がった万華鏡を手に取る。

 表面に刻まれた龍のレリーフは、ずっとずっと、東の方から流れてきたものだろう。

 

 この世界のどこにいる誰が、こんなものを作り出したのか。

 あるいはこの製作者も、淋しかったのだろうか。己の魂が張り裂けそうなほどに。

 

「メルランお姉さま……?」

『メルラン? なにを……壊すつもり、なのかな』

「……私は霊魂の操作に秀でていない。学んでいた時期もあったけれど、私はそれを途中で放り投げてしまったから。でも、基礎的な部分は理解しているつもり。“霊魂を無から創り出すことはできない”のだと」

 

 そして霊魂の加工方法はあまりにも複雑で、多岐にわたる。

 単純な加工を試みたとしても、少し条件を変えただけで過程も結果も大きく歪む。

 

 だから必要なのは再現性だ。

 同じ加工をするのであれば、同じ方法で試みる。

 

 場所も時間も、そして機材も。

 

『メ、メルラン。ひょっとしてそれ、使うつもり……!? どうして!?』

 

 魂を分割する万華鏡。同じ器具を使えば似たような結果は出せる。

 それにこうして手にとってみて構造も概ね把握した。

 この万華鏡は使用者の魂を分解し、周囲に分け与えるためのもの。魂を他者に捧げるための、本来であれば忌むべき魔道具。

 

 けどこれがあれば。

 これさえあれば、レイラの命を引き伸ばせるかもしれない。

 まだ存在力の薄いルナサとリリカを、より長くこの世界に留め置けるかもしれない。

 

「メルラン、お姉さま……?」

『メルランそれはっ』

「愛しているわ。レイラ」

 

 目元に万華鏡を当て、回す。

 

 

 ――パキ

 

 

 魂が罅割れる。端の方から、確実に。

 

 私の魂が砕け散った色が、筒を通して向こう側へと投影される。

 

『うあっ、なに、これ……!』

『熱い……? 暖かい……!?』

「……メルランお姉さま」

 

 私の魂で視る虹色の世界が、回すごとに生まれ変わってゆく。

 形を変えて、新たな像を結んでゆく。

 そこに私の中にある願望を乗せたまま。

 

「私の家族を、守ってみせる」

 

 自分の存在が、記憶が、積み上げてきた己の全てにヒビが入ってゆく。

 けれど恐怖はない。その先にあるのが虚無だとしても、醜かった私の欠片がこの子たちを未来に繋いでくれるのであれば。

 

 私はそのためだけに、自分の全てを捧げられるんだ。

 

 

 

 ――パキ

 

 

 

 ああ、なんだっけ。

 

 私は……名前は、なんといったっけ。

 

 

 

 ――パキ

 

 

 

 わからないけど、覚えていることがあるわ。

 

 私にとって、彼女たちはとてもかけがえのないもので。

 

 そのために私は、コレを続けなくちゃいけなくて……。

 

 

 

「メルランお姉さま」

 

 その言葉で、私の手から筒が離れた。

 いいえ、ひったくられてしまった。

 

「あ……」

「メルランお姉さま」

 

 眼の前の少女に。メルランと呼んだ私のことを……潤んだ瞳で、“見つめ”ながら。

 

「……愛してる。メルランお姉さま」

「わっ」

 

 抱きつかれてしまった。

 

 ……レイラ。そう、彼女はレイラだ。

 

 私の愛おしい……家族の一人。

 

「メルラン……もういいんだよ」

「ばか、メルラン。本当にばか。……ありがとう、ごめん、……私も愛してる」

 

 そして、ルナサとリリカまで。二人も一緒に私に飛び込んで、痛いくらいに抱きしめてくる。

 痛くて、暖かくて……なんだかとても、満たされた気持ち。

 

 なんでだろう。私はいまいち、あまり、色々なことを覚えてないんだけど。

 

「……なんだか今日は、幸せな日ね?」

「……うんっ」

 

 家族の顔を見ていると、思わず幸福な笑みが溢れそうになるのだった。

 

 

 


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