東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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三等分の魂

 

 二体の幽霊に連れられ、私は屋敷の書斎へとやってきた。

 かつてここの主人であったというプリズムリバー伯爵の執務室でもあるらしい。

 

 ポルターガイストの力によって内部構造から直接解錠された扉の向こう側は、収集家に相応しい雑多な物に溢れていた。

 棚には世界各地の民芸品らしいものが所狭しと……いえ、所々は歯抜けになっているか。

 本来それらは全て埋まっていたのだろう。けれど今は、不自然な空白が多い。

 

 ……私の推測でしかないけれど。

 単純に金目になるようなものが、この屋敷全体から消えているのだと思う。

 金銀、あるいは宝石類。そういったわかりやすい価値を持つ物品が、この屋敷の中にはほとんど無いのだ。そういった偏りを見るに……家主は大急ぎで、即金になるものだけを抱えてここを引き払ったのでしょうね。

 

 そのいきさつの一端が、はたして。

 ルナサとリリカから聞けるのかどうか。

 

『……こうして話したいと思っていたよ、メルラン』

 

 声は少女のもの。しかし姿はぼやけた幽霊。

 ルナサは落ち着いた声色で切り出した。

 

『でも私も、そちらのリリカも。そうはっきりとした思考ができるようになったのもつい最近のことなんだ。言い訳みたいになるかもしれないけれど、何か私達に聞きたいことがあるようなら、それにはほとんど答えられないかもしれない……先に謝っておくよ。ごめん』

「……あなた達二人は、ただの幽霊ではないのでしょう」

 

 私の言葉にリリカの霊が震えた。

 

「レイラが覗き込んでいた万華鏡(カレイドスコープ)……あの魔道具は、使用者の魂を削り、外へ振り分けるもの。それによって生み出されたのが、あなたたち幽霊二人……そんなところでしょう」

『……わかっちゃうんだ。メルランには』

「新たな生命の創造……というよりは、自身の魂を材料とした分身体といったところかしらね。万華鏡を覗くほどに分身体はより存在を確かにする。けれど、代償として己の命を著しく縮める。……ひどい道具だわ。伯爵の趣味かしら?」

『同意するよ。しかし、趣味かどうかまでは私にもリリカにもわからない。メルランの言う通り、私たちはレイラから生み出された存在だ。私達が生まれた頃にはもう、この屋敷には伯爵の姿はなかったし……いたのはレイラただ一人だったんだ』

 

 ルナサが書斎の隅に置かれた揺り椅子に近づき、僅かな力でキィキィと揺らす。

 

『私とリリカは、生み出された。けど、最初は名前なんてなかったんだ。つけてくれたのはレイラだった。作り出したばかりで、まだ部屋の中をさまようくらいしかできなかった私達に……生き別れた姉の名前をくれたんだ』

『これだよ』

 

 リリカは書斎のどこかからか、一冊の日誌を運んできた。

 開かれたページには、なるほど。プリズムリバー三姉妹について書かれている。

 

『……私たちは本人じゃない。レイラに作られた存在だ』

『でも、レイラは家族だと思ってる。……私達も、そう思いたい。それにレイラが望むのなら、そう思わせたままで……いさせてあげたいの』

 

 長女ルナサ。次女リリカ。三女レイラ。

 

 プリズムリバー伯爵の娘は実在していた。ここにいる二体の幽霊は、ルナサとリリカの役目を与えられたレイラの分身。

 ……日誌は書きかけだ。最後のページを読んでも、伯爵が落ちぶれたり失踪した原因については書かれていない。

 

 ここにいる彼女たちも、屋敷で色々と探したのだろう。

 プリズムリバー家について自分たちなりに調べ、自己について把握しようと努力したに違いない。

 

『プリズムリバー伯爵は、きっともう戻ってくることはない。レイラの本当の姉妹も、きっと……だから私達が、レイラを守らなきゃいけないんだ』

『でもレイラはもっと“鮮やか”な私達に会おうとするために万華鏡を覗き込んでしまう。それを繰り返したら、絶対に良くない。わかってる、わかってるの……これ以上覗き込んだら、レイラの魂では耐えられないって。わかってる……私達も……』

 

 ……今は、ひどく危ういバランスの上で成り立っている関係なのだろう。

 

 幽霊たちが介護することで支えられる人間。

 だが万華鏡によって生み出す守護者たちは人間の魂を食らうことでしか生まれ得ない。

 レイラがどうにか多くの魂を拠出することで成り立つ、非常に危険なバランスだ。

 

「……私はメルラン。亡国の愚かな魔法使い。そんな私の見立てでは……レイラの魂は限界が近いわね。これ以上は肉体的にも響くでしょう」

『……やはり』

『でも、私たちはレイラのお願いに逆らえないの。彼女が強く望むなら、あの子の手元にまた、万華鏡を運んでしまう』

「より強い実体と自我を持ったあなた達を作るために、ね?」

『メルラン。貴女がプリズムリバーに連なる存在でないことはわかっている。突然この屋敷に現れた部外者……だけど、レイラを悪く思ってないということも。だからこそお願いしたいんだ。レイラを……どうにかして、助けてあげてください』

『お願いします!』

 

 ……。

 

 ルナサとリリカ。この二人はレイラより生み出された存在だ。

 つまり、能力としてはレイラから大きく逸脱することはない。

 自分の分身は、どこまでいっても分身。本体と数年程度別の生き方をした程度で変わるものではない。たとえそこに、レイラの望む“姉”としての願望が乗ろうとも……。

 

 だから、私しかいないのか。どうにかできるのは……。

 

「ごほッ」

『!?』

『ちょっと……!? 大丈夫!?』

 

 思い悩んでいたところに、肺の痛み。

 ……それと吐血。まあ、今となっては珍しいことでもない。

 

「ふふ、ふふふ……まあ、人から真摯に頼まれて悪い気はしないけれど。頼む相手が悪かった、ってところでしょうね……」

『メルラン……貴女は一体』

「長くないのよ、私。レイラとどちらが長いかわからない程度にはね?」

 

 元々そうだった。

 私は死に場所を探してあてもなくふらふらと各地を彷徨い歩いているだけだったし、この屋敷に居を構えたのもただの気まぐれに過ぎない。

 

 多くの精神的な矛盾を抱えた私の魂は既に限界が近いし、そもそも私は己の延命を望んでもいない。

 死ぬならそれでいい。こんな価値のない命がひとつ、吹いて飛ぶように消えるのならば。きっとそれが当たり前のことなのだから。

 

「ごほッごほッ……ふふ。そう、ね。長い目で見れば、治療法はある。ただ、設備と、道具と、材料が……特殊なものだから。それを集めようとなると、厳しいわね?」

『そんな……』

『いいからメルラン! とても苦しそう……! 喋ったら駄目よ!』

 

 リリカに介助され、近くの革張りのソファで横になる。

 少し楽になったけれど、この感覚も気休めだ。

 

「……一番早く確実な方法は、万華鏡を壊すことよ」

 

 喋るのも億劫だけど、眠る前にそれだけは言わなければ。

 

「あの魔道具を叩き壊して、レイラが二度と使えないようにする。魔道具の修理は素人にはできない。あなたたちがレイラの強い意志で命令されても、不可能な目標は達成できなくなるわ」

『……メルラン。だったら、貴女があれを』

『私達には……!』

 

 ああ、眠くなってきた。

 呪われた蜜が精神に染み入るよう……。

 

「ごめ、なさい……少し……眠るから……」

 

 ルナサとリリカが騒ぐような声を聞きながら、私は寒々しい眠りについた。

 

 

 


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