東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「こちらです」

 

 神綺に連れられて、魔界を飛ぶ。

 どうやら、瞬間移動を使うまでもない程の近場らしい。

 

 複雑な大渓谷へ降り、生物のいない激流の谷底を眺めながら、神綺の後を追う。

 長い間ここの様子を見ていなかったけど、激流のおかげで未だに生物はすみついていないようだ。

 

 ……しかし、神綺の先導する方向は、ここ。

 草木も生えぬ渓谷に、一体どのような生物が迷い込んでいるというのだろう。

 

 

 

 

「うおおお」

 

 私はそれを目の当たりにして、感嘆の声をあげた。

 

「ある日突然、空間の歪みと共に、この生き物が現れたんです」

「……なるほど、それにしても……」

「大きいですよね」

「うむ」

 

 見上げるほどの大きさの、灰色の生物。

 四本の脚は大木のように太く、胴体は色も相まって岩のように大きい。

 顔からは一本の長い鼻が……って。

 

「ゾウみたい」

「像?」

 

 それは、ほとんどゾウに近い風貌をした生物であった。

 大渓谷の枯れた小さな谷の壁面に巨体を横たえて、死んでいるのか、眠っているのか、そのような格好で沈黙している。

 

「うん、ゾウに似てる。だけど……」

 

 ゾウに近づき、よく観察する。

 

 そこで、すぐに気付いた。

 これはゾウではない。

 

「あんまり似てないな」

 

 長い鼻。大きい耳のようなものもある。

 しかしこれは、ゾウとは似ても似つかない生物だった。そもそもこれは、哺乳類ですらないだろう。

 

 肌は灰色で艶もなくくすんでいるが、どこかのっぺりとしており、ゾウのように荒れているわけでもない。

 四肢はあるもののそれらに蹄はなく、全てが皮膚だけで出来ている。

 頭部らしい部分に鼻かと思われたパーツも備わっているが、それは単に長いだけのものであるようで、穴が開いてない。耳も同じで、裏側には穴もなく、ただの飾りのようにも見える。

 

 それは、図体こそより巨大で、部分部分も細かく、より生物的ではあったが……地上に溢れかえる、原始魔獣に酷似していた。

 

「神綺、これが魔界に?」

「はい。この子がひとりでやってきて、渓谷を歩いていたんです」

「この図体で渓谷を……」

「はい……だから、すぐに脚を踏み外して、ここまで転げ落ちて……」

「死んだ、と」

「いえ、生きてます」

「生きてるの?」

「はい」

「すごい」

「ですよね」

 

 大渓谷から滑落してもまだ生きているとは驚きだ。

 さっきは死んだものと思って色々触って調べていたけど、そんなに生命力のあるものだとは思わなかったぞ。

 

「……なるほど。たしかにちょっと、動いてるなぁ」

 

 ゾウはわずかに、身体をゆっくりと起伏させ、心臓だか呼吸だかに似た動きを見せている。

 とはいえ、ゾウの脚の二本や、胴体の一部は落下の衝撃によってか折れているようで、重い図体をその場から動かせずにいるようだ。

 

「ライオネルが魔界にやってきた時に見た生物、あれは私の創り出したものですが……実は、この子を元にしているんです」

「このゾウを?」

「はい。見た目ではありませんよ? 参考にしたのはあくまで中身……生物の作りの方です」

 

 なるほど。魔界に戻ってきて初めて見た巨大ウミウシは、このゾウを参考にして創られたのか。

 確かに外見は似ていないが、神綺は参考にしたらしい。普通の生物では参考にならないけど、このような摩訶不思議というか……原始魔獣であれば参考にできて、しっかりした生物のようなものを創り出せる、と。

 

 神綺には、既存の一般的な生物より、魔力などに由来する生物の方が創りやすいのかもしれない。

 

「ここ以外にも、色々な場所に似たような生き物がいますよ」

「ほー」

「ただ、どうやって来たのかはわからなくて……アマノ……ではないんですよね」

「そう、だろうね」

 

 アマノは最期に龍となって、自らを犠牲に隕石を破壊した。

 あのスピードによる衝突だ。内部にあった魔界転移の機構は破壊されて欠片もないだろうし、何よりアマノが変形した時点で、それが無事だとは思えない。

 

 では、これらの原始魔獣は、どうやって魔界へやってきたのだろうか。

 

「……神綺、もっとよくこれらの生物を見てみたい。案内してもらえるだろうか」

「はい、喜んで」

 

 今はあまり問題にもなっていないようだけど、地上に蔓延っていた殺意に満ちた生物が魔界へ迷い込んだら……。

 ひょっとすると、魔界が大変なことになるかもしれない。

 

 神綺や私がああいった生き物に殺されたりやられたりするとは思えないけど、私達の住処を荒らされるのは、ちょっと嫌だ。

 積もる話はあるものの、取り返しの付かない事が起こる前に、調査を急がなくては。

 

 


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