東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔界への扉を開き、久方ぶりの心の家へ。

 大絶滅の際、アマノは魔界に向けて、塔内部にいる多くの恐竜やドラゴンを転送していたはずだ。

 神綺と一緒に、彼らとも会うことになるだろう。言葉が通じるかは怪しいが、彼らにもアマノのことを報告せねばなるまい。

 

 

 

「ただいまー……」

 

 靄の扉を潜り、いざ魔界へ。

 

「きゃー! やめてー!」

「えっ!?」

 

 入って早々、森林の広がるいつも通りの魔界の奥から、神綺の悲鳴が聞こえてくる。

 魔界が無事だという安堵感と、神綺の声から伝わる危機感に、私の身体は反射的に動いていた。

 

「神綺!」

 

 原初の力で宙に浮かび、声のする方へと一直線に飛翔する。

 一体神綺に何があったのか。全く想像つかなかったが、万全を期して右手には魔力を込めておく。

 

「来ないでー!」

 

 風を切り、木の葉を巻き上げ、颯爽とその場へ訪れると、そこには今にも神綺に襲いかかろうとする大きな青いウミウシのような化け物と……。

 

「えっ……」

 

 その巨大ウミウシと直線上に並んだ私に対して、真空波動拳っぽい輝きを放たんとする神綺がいた。

 

「えーいっ!」

「ギャアアアアアア!?」

 

 私は巨大ウミウシと一緒に、神綺の真空波動拳に巻き込まれた。

 

 

 

 

「ライオネルーっ!」

「ぎゃあ」

 

 その後、焦げ焦げしい煙を出すウミウシを背景に、パニックから回復した神綺に抱きつかれた。というより、タックルされた。

 

「うーわん! 私、もう会えないかと思ってぇええ……」

「ごめんよー」

 

 しかし私も彼女の気持ちはわかる。

 私も神綺に会いたかった。こうして何年も間を開けて再会できたのは、とても嬉しい。

 一時は地球を守るために自らの消滅も覚悟したものだから、ひとしおだ。

 

「……ところで神綺」

「ぐすぐす……はあい」

「あのウミウシ、何?」

 

 私は泣きじゃくる神綺をそっと引き剥がし、黒い煙をもうもうとあげているウミウシを指さした。

 青色だったウミウシは、神綺のビームを真っ向から受け、真っ赤に変色している。

 これが低体力になったが故の第二形態でなければ、きっと死んでいるのだろう。

 

「あれは……私が創りだした生物です」

「えっ!?」

 

 神綺が創りだした生物だって!?

 あのたくましく歩くアホ毛生物以外を創りだしたっていうのか!?

 

「……何か失礼なこと考えてません?」

「そんなことない! いや、ともかくそれは凄いことだよ!」

 

 なんと、私が知らぬ間に神綺が生き物すら創れるようになっていたとは驚きだ。

 

「でもどうして、せっかく創った生き物が神綺を?」

「はい……実は、生き物を創りだすこと自体は結構前から成功していたんですけど……」

「けど?」

「創りだした生き物が、なかなか言うことを聞いてくれないんです……」

「あー……」

 

 私は神綺と同時に、腕を組んで俯いた。

 

 

 

 

 創造生物の事は気になる。

 だけどそれよりも先に、順序通りに話を整理してゆく必要があった。

 

 なので私達はまず、落ち着いて話せる大渓谷の根城に場所を移した。

 神綺に隕石襲来時の戦闘の仔細や、アマノの死についても報告しなければなるまい。

 

 

 

「……そうですか。アマノとは、もう会えなくなってしまったのですね」

 

 神綺は頬に手を添え、悲しげに呟いた。

 神綺は、アマノと会ったことがない。しかし話だけなら私から何度も聞いており、その度に会いたそうにしていたものだった。

 

 私も、できることならば、アマノと神綺には会ってほしかった。

 神綺はおっとりした天然さんで、アマノはクールなマイペースさんだ。性格こそそっくりではないけど、同じような性格ではないからこそ、二人の神は気が合ったかもしれない。

 

 ……なんて、これ以上考えても虚しいだけか。やめておこう。

 

「アマノは、私の代わりに命を投げ出したんだ。地球を救ったのは、アマノだった」

「……そして、ライオネルの命も救ってくれた」

「……そうだね、確かに、その通りだ」

 

 アマノがいなければ、巨大隕石は地球を貫いていただろう。

 そして彼女の遺骨が私を突き飛ばしていなければ、私さえも身体を削り果たし、死んでいたに違いない。

 

 地球と私が今なお健在であるのは、全てアマノのおかげだ。

 

「うおっ」

 

 最後に龍となったアマノの姿を思い浮かべていると、私の顔に大きな影が落ちた。

 何事かと上を見上げてみると、そこにはかつて見慣れた、紅い鱗のドラゴンが私を見下ろしていた。

 

「その子たちは、その時のアマノが送り込んだドラゴンですね。法界からここへ戻った時、森林に沢山現れていたので、びっくりしましたよ」

「……ああ、彼らは無事に魔界に来れたのか。良かった」

「恐竜たちは、新たに植林した森の中で暮らしています。みんな大人しくていい子達ですよ。彼ら、ドラゴンも」

 

 ドラゴンはしばらく私を観察するかのようにじっと眺めていたが、すぐに興味をなくしたのか、首を戻してのしのしと歩き去っていった。

 

 ……彼らは、アマノの内部で塔を守る、護衛の竜だった。

 魔界に送られると同時に彼らは、アマノを失った。彼らは今、何を思い、この魔界で生きているのだろうか……。

 

「……ライオネル、アマノの骨は残っていないのですか? また、大渓谷に墓廟を作ってあげたいのですが」

 

 私がドラゴンの背を見送っていると、神綺が六枚の翼をしょんぼりと畳みながら訊ねてきた。

 

「骨か……私も探してみたんだけどね。アマノの骨はどれも細かく砕け散ってしまっていて、どれも大気圏で燃え尽きてしまったみたいなんだ」

「鯛危険……?」

「うん、あれから随分と時間も経っているだろうし……」

 

 できることなら私もアマノの墓を作りたいが、肝心の骨がどこにもないのでは、それも難しい。

 墓廟だけであれば、作れることは作れるのだが。

 

 私を突き飛ばした時の骨も、地球へと突入と共に燃え尽きてしまった。

 

 ……しかし、燃え尽きたとはいっても、地球にアマノの面影が消え去ったとは思えない。

 

「……アマノは細かく砕け散って、燃え尽きてしまったけど……彼女の欠片は、地球全体に降り注いだ」

「アマノが、地球全体に?」

「うむ。そのせいかわからないけど、私が長い年月をかけて地中から這い上がった時、地球上には、私が見たこともないような生き物が蔓延っていた」

「それは、ライオネルの言う生物の進化ではなくて?」

「ああ。あれらは進化ではない。突然、不思議な力で湧いたようだった。私にはその原因が、アマノくらいしか思い浮かばない」

 

 というか、コールタールのような生き物たちも私と同じ言葉を喋っていたし、アマノの影響で間違いないはずだ。

 

「……ライオネル。だとすれば、あなたに見せたい生き物がいるのです」

「ん? 私に見せたい生き物?」

「はい。かなり昔に……七百万年くらい前から見かけるようになった生物達です。私は、それらがライオネルの言っていた生物の進化だと思い込んでいたのですが……」

 

 神綺の目は、真剣そのものだった。

 

「もしかしたらその生物たちは、地球からやってきたのかもしれません」

 

 


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