東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 一人きりの古代の世界を、ただひたすらに彷徨い歩く。

 

 何日も、何ヶ月も、何年も。

 不死者の旅は、基本的に暇である。

 

 しかしその日に必要な食に困らないというのはありがたいことで、自らの境遇に辛さを感じたことはない。

 雨の激しい日も多いけれど、私の体は見た目以上に頑丈らしく、ちょっとスコールを被った程度ではびくともしなかったし、その後に風邪を引くこともなかった。

 一日、一日を、己のやりたいことに注ぎ込むことができたのだ。

 

 たまに海の中の生物を長い棒状の物で突き殺しては、その中身を観察してみたり。

 適当に巨大な貝っぽいやつらを乱獲しては、アクセサリーを作ってみたり。そんな狩猟の生活も、なかなかに充実したものである。

 特に食いたいとも思わないが、なんとなく食べてみて、味を確かめたり。

 なんとなく巨大生物に水中戦を挑んで、思いの外高い機動力に返り討ちにあってみたり。

 その時に、どうやら私の体は健康面での頑丈だけでなく、物理的にも頑丈らしいことが判明した。

 水中に引きずりこまれて数時間の格闘戦に発展したものの、私が掴み取った成果はそれなりのものだった。何せ、滅多なことでは死なないとわかったのだから。

 

 

 

 月日が流れる度に、私は新たな発見をし、発明をしてゆく。

 

 月の満ち欠けに、かつての変わらぬ風流を感じたり、夜空に浮かぶ星座に、広大な世界の目印を見つけたり。

 

 何年も何年も、私はこのだだっ広い箱庭の中で、旅を続けた。

 

 

 

 やがて私は、自らの身体が何ヶ月も水中にあったところで朽ちることがないことを知り。

 

 雷に打たれてもびくともしないことに驚き。

 

 日々の経過を、月の満ち欠けで判断するようになり。

 

 やがて、現代以上にこのカンブリア紀に関する事の方が詳しくなったんじゃないかなぁ、と思い始める頃になって、私は満月の夜、ある一つの、重大なことに気がついた。

 

「……これは」

 

 既に二百年ほど経つ頃になるだろう。

 つまり、およそ二千四百回目に訪れた満月の夜になって、私は自身の体に現れた兆候に、初めて気付いたのだ。

 

「……原初の、力……?」

 

 私には、オーラだとか気だとかは目視できない。

 だが、私は自分の腕からゆらりと迸る“何か”を、なんとなく感じ取ることができた。

 

 かつて、神綺と共にいた頃に使いこなしていた原初の力。

 それとよく似た力の流れを、今日の私は感じているのだ。

 

「満月が関わっているのか、それとも、私の力が戻っているのか……」

 

 ものは試しと“光れ”と腕に命じてみるが、光らない。

 しかし力は意志に反応し、少しだけ動いたようには見えた。

 

 原初の力ほど有効なものではない。しかし、それとよく似た力ではあるようだ。

 

「ふむ……これは、少し勉強してみる価値があるかもしれないな」

 

 その夜、私は自身の体を取り巻く不可視の力の研究に没頭することとなった。

 

 なあに、時間はたっぷりあるのだ。

 丁度、古代世界の観光にも飽きが回ってきたところである。これからしばらく、私の知らない分野に手を出してみるのも悪くはないだろう。

 

 あわよくば、この力を利用することで、神綺のいたあの世界に戻ることも可能かもしれないのだ。

 久しぶりに会って、人との会話に勤しむというのも悪くない考えである。

 

 ……ん? ああ、人じゃなくて神様か。

 

 

 

 そんなこんなで、私の“力”の研究は始まった。

 研究の初期段階はとにかく、私の力に意識を向けて反応を伺う事と、経過を観察することに集約される。

 場当たり的、体当たり的、総当り的……とにかく地味な作業と、モニタリングの繰り返しだ。

 

 やっていることは実に地味なもので、大抵の場合、ただ発見したことをつらつらと並べては、その中での共通性を見出し、精密な結論を求めてゆくのである。

 地道な作業のために、私のこの研究は膨大な時間を要することとなった。

 

 見つけたことといえば、力のひとつとして“月”や天体が関わっていることであろうか。

 特に初期から発見できた変調として、私が観測する“力”は月の満ち欠けによって左右されるらしいことが判明している。

 それからは、月や天体などの運行にもこの“力”の動きや大きさは変化していることも芋づる式にわかったので、以降は空を頼りにすることも多くなった。

 また、朝よりも夜、そして、曇りよりも晴れの方が、純粋な“力”の満ち欠けは顕著であることもわかった。

 金星や火星の輝きも無縁ではなく、それらとの共通性も見い出せたし、またそれらは月とはまた別種の力であるようにも感じられた。

 

 とにかく、そんな事を繰り返すのである。

 月と、星と、太陽と、空と……。

 そして、私の周囲に存在する地面や、海や、風や、時々見かける炎などにも、似て非なる力の片鱗を見い出してゆく。

 

 みつけては、まとめ。

 みつけては、まとめ。

 

 繰り返し、繰り返し……何年も何年も、それを繰り返し……。

 

 

 

「……手よ、輝け」

 

 そして私は、おそらく数万年程度の歳月をかけて、この力を手にするまでに至るのであった。

 

 天体、主に月の満ち欠けによって左右される部分の多いこの力の操舵法を、私は“月魔術”と呼称することにした。

 魔術という呼び名はオカルトチックではあるが、よくわからないのだから、“魔”という文字を当てるのは間違いでもないだろう。

 

 この世界には他にも様々な力の運用法があるものの、ひとまず月の力こそが最も大きく扱いやすかったので、月魔術を真っ先に習得するに至ったわけである。

 

「このまま、続けてみようか」

 

 力の動かし方は、なんとなく判明した。

 ならば後は、発展させてゆくばかりである。

 

 


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