東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

58 / 625


 

 

「……ライオネル?」

 

 魔界の片隅に作られた法界で、流れ込む破壊の力を大封印に抑えこんでいた私は、唐突に嫌な予感に襲われた。

 そしてすぐに、それが気のせいではない事を確信する。

 

 消えた繋がり。消えた圧迫感。

 意味のある二つの変化を認識して、それらが合わさった瞬間、最悪の答えが導かれる。

 

「ライオネル、あなたは……」

 

 魔界の空に開いた大きな扉が閉じ、外界との繋がりが完全に途切れる。

 それは、彼が事前に立てた魔力運用の予定より、ずっと早い時間切れだった。

 

「そんな」

 

 法界は、正常に機能している。

 ここはまだ破壊の力を受け入れるだけの余力を残している。

 最初に岩の破片が突入してきた時は、外界を滅ぼすに値する威力を実感して驚いたものだが、それでも法界を一撃のもとに崩すには至っていない。

 耐久力は健在。まだまだ、あと数百から数千ほどの欠片を受け入れる余裕が残っていた。

 

 私自身だって、まだ扉越しに魔弾を放つだけの余裕がある。

 扉の向こうのライオネルに向かって力を放つことで、ライオネルが組み上げる魔術の出力を後押しできるのだ。

 最近は、力を法界の構築に割り当てていたが、今日は全力でライオネルの支援ができるように、力を多く残しているつもりだった。

 

 法界は生きている。魔弾も撃てる。

 しかし、それらを活かすための外界への扉が、真っ先に閉じてしまった。

 

 

 

 ライオネルはなんとしてでも、外界を守りたいと言っていた。

 ライオネルの外界に対する思い入れは知っている。

 だからライオネルがこのような、中途半端な妥協をするとは思えない。

 

 つまり、外のライオネルに、何かあったのだ。

 

「そんなぁ」

 

 ライオネルは死なない。

 ライオネルの身体や心は、不変たる“魔”そのものであるからだ。

 けれど、ライオネルが自らの意志でその魔を力に変えたとすれば、話は変わる。

 

 ライオネルが、己の魔を使い果たしたならば……。

 

「嫌……」

 

 涙がこぼれ落ちる。

 

 ライオネルが私に計画を打ち明けてから、そんな予感はしていた。

 けれど、心のどこかでは、無事でいるかもしれないと願っていた。

 ライオネルがまたこの魔界に戻ってきて、一緒に世界を創り、音楽を奏で、民を生み出せるのだと、そう願っていた。

 

 それが、本当にただの願望だったなんて。

 

「嘘よね、ライオネル……」

 

 もう逢えないだなんて……そんなの嫌だよ、ライオネル。

 

 私はあなたの相談役。

 あなたを孤独にしないための神なのに。

 

 戻ってきてください。一緒にいてください。

 ひとりにしないでください。

 

 

 

 

 

 

 世界は、果てしない混沌に包まれている。

 

 巨大な流れ星によって数多の死が犇めく大地の上に、竜骨塔の唯一神、龍神アマノの遺骨が降り注いでいる。

 神聖なる遺骸の雨は地球全体に蔓延し、その力は長い年月をかけて、地球そのものに浸透した。

 

 砕け散った神の力と、砕け散った星の力が交じり合う。

 

 それを太陽が何百日もかけて焦がし、月が何百日もかけて照らし続ける。

 火は噴き出し、水は流れ、風は逆巻き、土は移ろう。

 

 

 

 やがて混沌の中で、地球を漂う大きな力はその概念のいくつかを分離し、個を持つようになった。

 しかしその個に明確な自我はなく、当然ながら知性もない。

 一見すればその個らは、漂いの中に生まれた力の対流のようにしか見えなかった。

 

 ところが更に途方もない時間が流れると、最初はただの流れでしかなかった個が、形を取るようになる。

 力の残滓、または力の流れでしかなかったそれが、はっきりと生物たちの目に映るほどの像を獲得し始めたのだ。

 

 

 

 それらの個らは、神ではない。

 少なくとも、今はまだ。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。