「……ライオネル?」
魔界の片隅に作られた法界で、流れ込む破壊の力を大封印に抑えこんでいた私は、唐突に嫌な予感に襲われた。
そしてすぐに、それが気のせいではない事を確信する。
消えた繋がり。消えた圧迫感。
意味のある二つの変化を認識して、それらが合わさった瞬間、最悪の答えが導かれる。
「ライオネル、あなたは……」
魔界の空に開いた大きな扉が閉じ、外界との繋がりが完全に途切れる。
それは、彼が事前に立てた魔力運用の予定より、ずっと早い時間切れだった。
「そんな」
法界は、正常に機能している。
ここはまだ破壊の力を受け入れるだけの余力を残している。
最初に岩の破片が突入してきた時は、外界を滅ぼすに値する威力を実感して驚いたものだが、それでも法界を一撃のもとに崩すには至っていない。
耐久力は健在。まだまだ、あと数百から数千ほどの欠片を受け入れる余裕が残っていた。
私自身だって、まだ扉越しに魔弾を放つだけの余裕がある。
扉の向こうのライオネルに向かって力を放つことで、ライオネルが組み上げる魔術の出力を後押しできるのだ。
最近は、力を法界の構築に割り当てていたが、今日は全力でライオネルの支援ができるように、力を多く残しているつもりだった。
法界は生きている。魔弾も撃てる。
しかし、それらを活かすための外界への扉が、真っ先に閉じてしまった。
ライオネルはなんとしてでも、外界を守りたいと言っていた。
ライオネルの外界に対する思い入れは知っている。
だからライオネルがこのような、中途半端な妥協をするとは思えない。
つまり、外のライオネルに、何かあったのだ。
「そんなぁ」
ライオネルは死なない。
ライオネルの身体や心は、不変たる“魔”そのものであるからだ。
けれど、ライオネルが自らの意志でその魔を力に変えたとすれば、話は変わる。
ライオネルが、己の魔を使い果たしたならば……。
「嫌……」
涙がこぼれ落ちる。
ライオネルが私に計画を打ち明けてから、そんな予感はしていた。
けれど、心のどこかでは、無事でいるかもしれないと願っていた。
ライオネルがまたこの魔界に戻ってきて、一緒に世界を創り、音楽を奏で、民を生み出せるのだと、そう願っていた。
それが、本当にただの願望だったなんて。
「嘘よね、ライオネル……」
もう逢えないだなんて……そんなの嫌だよ、ライオネル。
私はあなたの相談役。
あなたを孤独にしないための神なのに。
戻ってきてください。一緒にいてください。
ひとりにしないでください。
世界は、果てしない混沌に包まれている。
巨大な流れ星によって数多の死が犇めく大地の上に、竜骨塔の唯一神、龍神アマノの遺骨が降り注いでいる。
神聖なる遺骸の雨は地球全体に蔓延し、その力は長い年月をかけて、地球そのものに浸透した。
砕け散った神の力と、砕け散った星の力が交じり合う。
それを太陽が何百日もかけて焦がし、月が何百日もかけて照らし続ける。
火は噴き出し、水は流れ、風は逆巻き、土は移ろう。
やがて混沌の中で、地球を漂う大きな力はその概念のいくつかを分離し、個を持つようになった。
しかしその個に明確な自我はなく、当然ながら知性もない。
一見すればその個らは、漂いの中に生まれた力の対流のようにしか見えなかった。
ところが更に途方もない時間が流れると、最初はただの流れでしかなかった個が、形を取るようになる。
力の残滓、または力の流れでしかなかったそれが、はっきりと生物たちの目に映るほどの像を獲得し始めたのだ。
それらの個らは、神ではない。
少なくとも、今はまだ。