東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 法界の構築には時間がかかる。

 原初の力も無限ではないので、休み休みで使わなければならないのだ。

 なので私は、法界の大封印を構築する傍らで、地球にて別の事を行う必要があった。

 

 普段は何年間でさえもすぐに過ぎ去ってゆくのに、今この時は、一分一秒ですらも惜しい。

 切羽詰まる状況というものを、久々に体感した気分だ。

 こういうのを、人心地がつくって言うのだろうか。言わないか。

 

 

 

 地球に飛来する隕石は、大気圏の突入によってその大半が燃え尽きる。

 燃え尽きるサイズは隕石の成分によってまちまちではあるが、私の経験上の見立てでは、おそらく二、三メートルまで小さければ、どんな材質でも燃え尽き、無害の範疇に収まるはずだ。

 大きいものでも材質が軟弱であれば、四十メートル近いサイズであっても蒸発するかもしれない。

 

 私の役目は、大気圏の直前、宇宙空間で隕石をコナゴナに砕くことだ。

 破片を小さくすることで、各個を大気圏で消耗させやすくし、地球への被害を最小限に留める。

 これがベストであり、唯一の対処法と言えるだろう。

 

 ……隕石に正面から立ち向かうっていうのは恐ろしいものだが、やるしかあるまい。

 

 

 

 私は地球を守ることに決めた。

 そして、地球を守るためには手段を選んでいられない。

 

 なので私は、巨大隕石を燃やす大気圏……それに多少なれ影響力を持つであろうアマノに、協力を呼びかけることにした。

 

 アマノに内緒で地球を救うというのも格好いいけれど、格好つけたからってどうなるものでもない。

 私が格好つけたせいで地球が滅亡とか、小学生の洒落でもそこまでスケールは大きくならぬ。

 

 私は、アマノに巨大隕石が接近しつつあることを話した。

 

 

『……そう……そんなものが……』

 

 予想される隕石の質量。速度。その破壊力。私の説明する隕石の詳細を、アマノは終始真剣に聞いていた。

 アマノは、私の書いた魔導書による影響を受けている。

 彼女とは魔術について語らうこともあり、つまり、私に近い魔術的、理学的感性を備えている。

 私の話が通じるのは当然、早かった。

 

「私が宇宙空間で隕石を可能な限り破壊するから、アマノには地球に降り注ぐ小粒の対処を頼みたい。アマノの神力なら、大気に干渉して強度を高めることも可能なはずだ」

『それで、ライオネルは……いえ』

 

 それ故にか、やはりアマノの察しも良いようだ。

 

『聞かないでおくわ』

「そうか」

 

 アマノは神綺よりもドライで、そっけない。

 けれど彼女は何者よりも慈悲深く、母性に溢れていることを私は知っている。

 

 深く追求してくれなくて、助かった。

 私は正直に答えてしまいがちだから、自分の身を削って止めることを話したら……優しい彼女は、それを止めようとするかもしれない。

 もしかしたら、アマノはそんな自分を自制するために、聞かなかったのかもしれない。

 

 私は沈黙を消す言葉の代わりとして、静かにヴァイオリンを生成し、演奏を始めた。

 ヴァイオリンといっても、私がヴァイオリンと呼んでいるだけで、実際の構造はちょっと違うかもしれない。

 けど、まだ誰もこの楽器を発明していないので、私はヴァイオリンと呼んでいる。

 

『……静かな夜ね』

 

 ささやくように繰り返される恐竜たちの控えめな歌が、夜のパンゲアに響く。

 祝祭は六十年ごとに行われていたが、今では夜になると毎日のように歌が奏でられ続けている。

 もちろん六十年ごとの大々的な催しは健在で、その時には本当に容赦無い咆哮が続くので、相変わらずやかましい限りだ。

 平時のこのような唄声であれば、むしろ心地いい。

 

 恐竜たちの歌に、弦楽器の音楽。

 美しい夜空に、見知らぬ凶兆の星。

 

 奏でられる曲は、私の胸中にある悲しみと不安と、何よりこの世界への賛美を乗せて、重く、荘厳に流れてゆく。

 

『……ねえ、ライオネル』

「なんだい、アマノ」

 

 私が凶兆の星を見上げていると、アマノが話を切り出した。

 

『私、近頃ね。幻を見るようになったの』

「……幻」

 

 神が見る幻。

 突然のアマノの告白に思わず音が外れかけたが、どうせ曲などあってないようなもの。

 外れた音からうまい具合に繋げ、曲を紡ぎ続ける。

 

『そう、幻……私が誰かの目線に乗り移って、誰かの見る景色を眺めている……そんな幻』

「……」

『そこには、私の見たことのない樹があって……私の見たことのない生き物たちが遊んで……そして……笑っていたわ』

 

 ヴァイオリンの調べが、私の見知った他人の曲に成り代わる。

 オリジナリティが損なわれてしまう。

 

『ねえライオネル』

「なんだい」

『ライオネルは、この世界が……この地球が好き?』

 

 曲が私の思い出に当てられ、曲としての美しさを失い、想いだけが残る。

 かつて聞いた、故郷の曲。私が子供の頃に好きだった、単調な曲。

 

「もちろんさ」

 

 日が過ぎる。

 夜が明ける。

 

 私はその毎日を、ただ守るつもり。

 

 


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