東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「紅さん、行ってらっしゃい。またお会いできましたら、お茶でもしましょうね」

「ええ。小悪魔も、息災でね」

 

 クイズ大会の後、私は色々な人や妖魔連中と話した後、小悪魔と少しばかり語らって……旅に出ることに決めた。

 白蓮に挨拶したら、外界へと行くつもりだ。

 

「私も悪魔として、外でお仕事することもありますから。ふふふ……もしかしたら、紅さんとお会いすることもあるかもしれませんねっ」

「はは。外は広いし、人や国も多いのでしょう? 会えたら奇跡ね」

「む……そういう時は“運命”と言ったほうが有り得そうじゃないですか?」

 

 運命ね。私と小悪魔、確かに私達は運命とも呼べるくらいには深い縁で結ばれているかもしれないけれど。

 まあ、期待しすぎないようにはしておくわ。

 

 

 

 私はその後、法界へと戻ってきた。

 驚くべきことに法界にはどういうことか神綺様がおり、白蓮と和やかな会話に興じている最中だった。

 

「あら、もう終わったのね。じゃあ私もそろそろ、戻ろうかしら」

 

 どうやら私が帰ってくるのを大会終了目安としていたらしい。

 ……大会の進行に付き合うのが億劫だったのかもしれないわね。

 

「紅さん。おかえりなさい」

「ただいま、白蓮。神綺様も、まさかいらっしゃっていたとは」

「ええ、なんとなくね。法界に真面目な人間がいて、びっくりしちゃったわ」

「白蓮が何か失礼を……なんてことはないようですね。良かったです」

 

 白蓮は礼儀正しく、物腰は私よりもずっと柔らかな人間だ。

 神綺様に対しても無礼を働くことはないだろう。その辺りの心配は杞憂だ。

 

「紅、大会はどうだった? 何か暴れた人が出たりした?」

「暴れ……いえ、終始定められた規則の範囲内に収まり、穏やかな催しであったように思いますよ。私から見て、これといった事件も起こらなかったかと」

「あら? 意外。魔都も絡むとなれば、何かしら変な事でも起こるかと思ったのに……」

 

 魔界の神様だというのに、随分と物騒なことを仰られる……。

 全てが平穏の内に終わるのが何よりではないですか。

 

「まあ、それもそうね。紅はクイズ、どうだった?」

「また思考を……いえ。まあ、そこそこでしょうか……? 元々不得手な分野でしたし、調べながらやっていましたので。下から数えたほうが早いような成績でしたよ」

 

 クイズも実技も、私の得点は非常に芳しくないものとなった。

 とはいえ両方ともに最下位ということはなく、私よりも下の者がいるというのだからわからないものだ。実技の方など、気を操って無理やり動かしたり熱したりを繰り返すという、魔法とはかけ離れたものだったのだけど。

 

「けど、それなりに楽しめたみたいね? 良かったわ。やっぱりお祭り事っていうのは、楽しくしなくちゃいけないものね」

「ええ。新鮮なものばかりで、飽きはこなかったです。地上出身の方々と話す機会にも恵まれたので……ああ、そうだ。その話をしなければ」

 

 土産話もいいけれど、大事な話を忘れるところだった。

 

「白蓮」

「は、はい。なんでしょうか」

「私は外に出ることにしました」

「え。ええっ!?」

 

 随分と驚かれている。……縋るような目も、向けられるとは思っていた。けど外に興味がある話自体は前々よりしていた。

 

「今回の催しに参加し、様々な人たちの考えに触れました。人間の魔法使いと話す機会にも恵まれ、まあ……私は魔法のことなど門外漢もいいところなのですが、それでも彼らの語る外の神秘的な世界に、興味が出てきたのです」

「紅、ずっとここに閉じこもっていたものねぇ」

「はい。……それに我が母が外界にて祀られたという話も聞いていますし、そちらに足を運びたい気持ちもありますから。ここに白蓮、貴女を残してゆくことは少々心配ではありますが、親竜も常に巣に閉じこもったままでいるわけにはいきません。貴女もまた、私の居ない環境に慣れる必要もあるでしょう」

 

 私がそう言うと、白蓮は重そうに瞼を下ろした。

 ……彼女が他者を恋しく思っているのはわかっている。でも、いつだって常に誰かが側にいられるわけではない。

 

「……ここから、出て行かれるのですね。紅さん」

「ええ。……大丈夫、貴女は立派な“あまさん”なのでしょう? 己の魂の内に目覚めを探すのであれば、この程度も修行と思わずしてどうするのです」

「あう。……はい、まさしくその通りです」

「ふふふ。白蓮は甘えん坊だものね」

 

 白蓮は反論もせず、ただ顔を赤くしてじっと俯いている。

 ……ええ。けれど、貴女はまだまだ幼いのだ。甘えるのも仕方のない歳ではある。ただ、これから少しずつ変わっていけば良いだけのこと。

 

 元気を出しなさい。

 ……そうだ。いいものがあったわね。

 

「白蓮。これを」

「? これは……」

 

 私は白蓮に古い紙に包まれた荷物を渡した。

 

「開けてごらんなさい」

「はい……ええと、ここを剥がすのね……んん……?」

 

 白蓮が荷物の包装を解くと、そこにはひとつの木箱入りの蒸し菓子が入っていた。

 

「魔界まんじゅうです」

「あの……これ、お土産ですか?」

「ええ。白蓮は好きそうだなと」

「……この話の流れだと、もっと凄いものだと思ったのに……でも、ありがとうございます」

 

 嬉しいような複雑なような、眉を難しく歪めて、それでも白蓮は少しだけ元気を取り戻してくれたようだ。

 

「白蓮。私はここに戻ってくるかどうかはわかりません」

「……戻らないのですか」

「はい。ここは長く私の仮宿ではありましたが、そうですね。ええ……やはり私は、地上に生きるべき者であるようでしたから」

 

 ここに母はいない。ならば、外。外界こそが私の居場所であるに違いない。

 法界に座し瞑想に耽る日々は、終わったのだ。

 

「法界に送られた者たちは、各々事情を抱えています。しかし共通するのはどれも地上における厄介者であり、封じられた者であるということ。貴女も神綺様とお話になったのであればもしかすると聞いているかもしれませんが、法界はその封印の意思を尊重する空間でもあります。貴女はまだしばらく、この法界に閉じ込められたままでいなければならないでしょう」

 

 法界の封印。それは地上に生きる者たちのための仕組みだ。

 白蓮もそうして地上の仙人やら魔法使い達によって封印された以上、脱出には苦労を要するだろう。

 

「けれど、永遠ではありません。つい最近ライオネル様から聞いたことですが、法界は永遠の封印隔離施設ではないとのこと。……いつの日か白蓮が、日の目を見ることもあるでしょう」

「……」

「私もこれから人間という種族と向き合っていこうと考えています。彼らがどのように生を謳歌するのかを、見届けなくてはなりませんから。そして白蓮もまた、いずれ再び人間と向き合う日がやってくるでしょう」

 

 白蓮がここへやってきた話は聞き及んでいる。人間たちとの間にどのような諍いがあったのかも。

 

「法界は特に、時の流れに鈍くなる空間です。しかし貴女は人間だ。いずれ外に出て人間として生き直すのであれば、その日まで……腐らずやっていきなさい、白蓮」

「……はい」

 

 彼女は私の目を見て、力強くうなずいた。

 

「私もいずれ、外の世界へ戻ります。……また、お会いしましょうね?」

「ええ、もちろん。その時は、また手合わせでもしましょうね」

 

 そうして私達は最後に軽く拳を突き合わせ、朗らかに笑った。

 

 

 

 歩き去る時、法界の各所から封印されし同胞たちの嘶く声が木霊した。

 きっと、以前は志を同じくしていたであろう、形は違えども本懐を同じくする兄弟たち。

 

 ……ええ。あなたたちもきっと、いつの日か再会する時が来るでしょう。

 その時また、共に母の神気を仰げると良いですね。

 

 


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