私はアリス・マーガトロイド。
生まれはブラショブ。育ちはクステイア。そして今はパンデモニウムでクイズ大会。
久々にねじ切れるくらい頭を使ったわ。出てくる問題が難しいのなんの……。
人間の魔法使いだからと思ったら、周囲の反応を見るにそうでもない。誰にとっても難しい問題が出されていたのだと思う。ルイズさんの困り顔がたくさん見れたし、間違いはないでしょうね。
けどクイズが終わった後は実技の時間。そっちもそっちで大変だったけれど、それまでの圧迫感を思えば清々しい気持ちで臨めたわね。
内容はどこか私向きのところがあったし、良い成績は残せたと思う。
……ええ、一番上ではない。それはわかっている。
まざまざと見せられた気分よ。人と妖魔の違いをね。
長く生きて、研鑽する。ただそれだけのことが、あれほど理不尽なまでの壁になる。
もちろん、生き様だとか、生き方だとか、そういうことも大事だと思う。私より長く生きてるのに全然駄目な人だって、結構居たはずよ。
けど、本当に長く生きている人たちは、そんなこと関係ないんだわ。多少の研鑽なんて簡単に踏み潰せるくらいに大きくなった彼らを見ると……本当、器用に地道な努力をし続けるのが億劫に思えてしまうのだから、嫌な話よね。
けど、私は諦めない。
種族や生まれの早さにどれほど大きな隔たりがあったとしても、差が聳えていたとしても、関係ない。
私には夢があるのよ。夢のためなら、いくらでも努力してやるわ。
だって、私はまだまだ四百年ちょっとしか生きていないのよ? 息の長い連中に言わせれば、きっとこんなのはまだまだ序の口なんでしょう。
やってやるわよ。何百年だって。
今はまだ四百年。けど、まだまだ時代は流れていくわ。私がいた頃の時代までは、まだ五百年近くある。……私の知る現代に、たどり着く。
きっと、それでもまだまだ私は半端者なのでしょうね。
……大丈夫、張り合いがあるもの。やってやるわよ。何百年でも。
私が魔法使いとして脚光を浴びるその日まで、努力し続けていくだけよ。
だから……今はまだ、負けるのは仕方ないんだ。
「楽しかったわ、人間の魔法使いさん」
私は完膚なきまでに敗北した。
目の前の、日傘の女によって。
技量も、競技としての知識も、全ては私が上回っているはずだった。
定石だってわかる。初めての競技だとしても、コツだってなんとなくわかる。
相手がド素人だってことも、無理やり魔力でどうにかしようとしていることも……。
……私が、そんな相手に負けたっていうことも。
「ま、人間にしては良くやった方ではあるわね」
女は、幽香というらしいそいつは、勝ち誇るでもなく、淡々とした様子で語っている。
私に対する情けだとか、侮蔑だとか、そういうものはない。ただ純粋に“人間にしては珍しい”と思ったからこそ出た発言だったのだろう。
……私は、人間は、個人としてこいつの視界に入っていなかったんだ。
悔しい。……でも、負けた。敗北は変わらない。競技はこれで終わり。私の大会は、これでおしまい。
魔力だって底をついてる……それでも、胸の下から湧き出す言葉は止まらない。
「人間がどうこうなんて……魔法使いには、関係ないでしょ……!」
私は努力してる。続ける覚悟もある。
もっともっと、凄い魔法使いになるんだ。少なくともこの会場にいる人々はみな、悪魔でさえ、そう思っている。
「次は……次やる時は、絶対に負けないわ、幽香……!」
「……ふ」
幽香は魔力欠乏でうずくまる私を見下ろし、ニヤリと笑った。
「良い度胸ね……そう。人だろうと悪魔だろうと神だろうと……そんな肩書に意味はない。重要なのは力の大きさ。ただそれだけ」
「ぐっ……」
幽香の傘の先が、無抵抗な私の頬を突く。
乱暴すぎる強さではないけど、ちょっと痛い……。
「軟弱な蔓草として生まれたのなら、大木くらい絞め殺して我がものにしてみせなさい。力を示し……その時また、私の前に立ちふさがることね」
そう言って、幽香は立ち去っていった。
試合が終わって区切りが付き、私は心配そうな顔をしたルイズさんによって抱き起こされる。
結果は……決勝戦敗退なら格好もついたけど、中程で終わり。……今の私は、まだまだ凡庸だ。天才だなんて影も形もない……。
「アリスはよくやっているわよ」
ルイズさんは私に肩を貸していた時も、そう言って励ましてくれた。
……よくやっている、のかしら。何も……研究だって、遅々として進んでいないのに……。
「貴女は私達にはない、強い情熱がある。その灯火を大事にしていくのよ。そうすればきっと、貴女はきっとどこまでだって歩き続けていける」
「褒めたって、何も……」
「心からの言葉よ? ふふ、昔の貴女はあまり食べ物を必要としない魔人を羨ましがっていたけれど、アリスにだって元から備わっているものがきっと、眠っていたのでしょうね」
「……それが情熱?」
「ええ。情熱は大事よ。それにきっと、人の姿をした目標の存在も、きっとね」
その言葉に、私は思わず子供時代の出来事を思い浮かべた。
あの日出会った少女。咳ばかりしていた、嫌味な子。どうしてかあの子の名前は今でも覚えている。
……パチュリー・ノーレッジ。
人の姿をした目標……あの女の子がどれだけ有能な魔法使いかは知らないけれど、私の中では未だにずっと、あの時の悔しさや情けなさが焦げ付いてる。
それにきっと、今私を負かした幽香も加えられるのだろう。
……目標。情熱。なるほどね。
「大丈夫? アリス、元気出た?」
「……はい。ありがとうございます、ルイズさん」
「そう、良かった」
結局、私は上位入選なんて夢のまた夢の成績を残し、ひっそりと戦いを終えるのだった。
……今はそれでいい。