東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔法を使って、直径数千キロメートルの岩石を破壊できるかと言えば、イエスだ。

 数千キロ。超大なサイズではあるものの、今の私であれば、そんな効果範囲に力を及ぼすことも、不可能ではない。

 

 ただ、それは時間があればの話。

 魔術発動のために、“魔力の収奪”と“魔力の対流”を惜しみなく使い、範囲内のあちこちに呪いを敷設して魔力を蓄え、高度な式を描き、展開し、そういった長い準備時間を経てた上で、放たなければならない。

 発動までのプロセスには多大な準備と時間と集中が必要であり、いざ準備が整ったとしても、発動にこぎつけるまでには五時間近くかかるだろう。

 

 さらに、破壊できるとはいえ、一瞬の内にというのは無理だ。

 確かに、破壊だけなら難しくはないのだ。けど、そんな巨岩を一撃一瞬のうちに消し去るなど、さすがの私でも不可能だろうと思う。

 

 ……隕石の軌道を逸らすには、一瞬のエネルギーが足りなさすぎる。

 私が、その僅かな一瞬を見極められるとも思えない。

 

 隕石の対処は、真正面から行うより他に方法はなかった。

 

 

 

 

「神綺はおられるか」

「はいはい、おられますよー」

 

 魔界の辺境にて、神綺を呼び寄せる。

 するとぽやぽやした返事をしながら、黒い光とともに神綺が目の前に現れた。

 私が呼べばすぐにやってくる辺り、やはり彼女も彼女で、この世界の神なのである。

 

「ライオネル、何かありましたか? 恐竜の森は今なお拡張中ですが……」

「うん、今日はちょっと他の用があってね」

「他の用……それもこんな、何も無いような魔界の平地で……はっ、まさかライオネル、もしかしてそれって……」

「はいはい、真面目に聞いておくれ」

 

 わざとらしく赤らめた頬を抑えて空中をぐるんぐるん飛び回る神綺をなだめ、私はさっさと本題を切り出すことにする。

 

「近々……おそらく十七日後なんだけど」

「?」

「地球が滅ぶ」

 

 神綺の顔が一気に冷めて、無感情な、平坦なものへと急変した。

 

「私はそれを止めようと思う」

「……」

 

 神綺は私の言葉に対して、すぐには言葉を返してくれなかった。

 普段の抜けた雰囲気からは想像もできないような真顔を保ったまま、何かを考えているらしい。

 

「それに際して、私はこの場所に特殊な仕掛けを施そうと思っている。原初の術による強力な封印を何重にも重ねて、地球を崩壊させるエネルギーを受け止める予定だ」

「原初の力は無限ではありません」

 

 毅然とした態度で、神綺は言い放った。

 

「そうだね、無限ではない」

「仮に私とライオネルが十七日間、休まず封印空間を構築したとしても……地球を崩壊させるだけのエネルギーを防ぐには至らないでしょう。魔界に大禍が及びます」

 

 神綺は冷静だった。

 地球の滅び、外界の巨大な岩石球を打ち砕くに必要な強度を頭の中で計算し、十七日間で組み上がる大封印の強度と照らし合わせてみせたのだ。

 

 やはり、神様は違うな。

 皆とても賢くて、とても優秀だ。

 

「けど神綺、それは全ての破壊エネルギーをこの魔界へと移した場合の話だ」

「と、いいますと?」

「私はその前に、自らの持てる全ての魔力と術を用いて、破壊エネルギーの相殺を試みる」

「……」

 

 神綺は原初の力に関しては頭の回りが早いが、魔術になると少々苦手らしい。

 難しく考えるように真上を向いて、“んー”と唸り始めた。

 

「原初の力と魔力は、別のものだ。私の原初の力は大封印の構築として使い、魔力は丸々、エネルギーの相殺に充てられる」

「……私にはライオネルの魔力の程がわかりません。それでも、きっと足りないのでは?」

 

 うむ、察しが良い。神綺の言う通り、確かに私の魔術と大封印を併せたとしても、巨大隕石のエネルギーを相殺することは叶わないだろう。

 

 きっと、魔界にも大きな被害が及ぶはずだ。こうして可能な限りの距離を取って大封印用のスペースを確保してはいるが、隕石の余剰威力によっては、余波が大渓谷にまで届いても可笑しくない。

 何より、魔界そのものが強大な隕石の破壊力に耐えうるかが心配だ。

 

 けど、私が講じる対策はそれだけではない。

 隕石の力を弱化させるエネルギー源は、他にもあるのだ。

 

「神綺は外界に出られないから、上手く想像できないかもしれないが……外の世界の宇宙には、様々な物が漂っているんだ」

「はあ……ライオネルが以前お話した、流星とか、彗星でしたっけ?」

「そうそう。……けど、漂っているのは何も、物だけではない。実は宇宙空間には、純粋な魔力そのものも存在する」

「うーん……」

 

 長い間宇宙を観測し続けて、私は宇宙空間で時折見かける魔力に気付いていた。

 それは宇宙空間を彗星のように旅する、強大な魔力の塊だ。

 

 どうして魔力が単体で宇宙を遊泳しているのか。それは私にもわからない。星の引力や、星から発せられた魔力の作用によって、そんな現象が起きているのかもしれない。

 だがとにかく、宇宙に魔力彗星が存在することは確かだ。

 

 やってくる巨大隕石も似たようなもので、莫大な魔力を持っている。だがそちらは、今から利用するのは難しい。なにより隕石としての実体がある。

 

「そういった魔力やエネルギーを利用できれば、私の魔術に更なる力を上乗せできる」

「……けど、そう上手くいくとは」

「もちろん思ってない。魔力彗星は滅多に見られるものでもないしね」

「じゃあどうして……」

「まぁまぁ。あくまで魔力彗星は一例だよ。うまい所からやりくりすれば、魔力には困らないだろうって話さ」

 

 そういって私は、ローブの上から自分の骨ばった胸板を叩いてみせた。

 一瞬、神綺の顔が強張った。私はその些細な変化を見逃さない。

 

「……神綺、私の身体はね」

「やめてください!」

 

 最終的な提案を挙げようとした時、神綺が切羽詰まった表情で腕に抱きついてきた。

 私の骨ばった腕など、抱き心地悪かろうに。

 

「お願いします! それだけは……それだけは!」

「……私の頑丈な身体は、今でさえ、その成分の詳しいことはわかっていないけど……おそらく魔力に由来するもので構成されている」

「ライオネル!」

「私にはわかるんだ。この身体は痩せっぽちだけど、内に秘めた魔力の量は、凄まじいものなのだとね」

 

 私の黒く枯れた身体は、四億年近い年月を経てもなお、ひとつの傷さえ負っていない。

 傷つかないし燃費もいいから、特に追究することもなく酷使することは多いけれど……私が自分の身体から興味を失った日などは、一日として無い。

 研究を続け、観察を続け、自分のミイラな身体についてわかったことは少ないが、それでも私は、辛うじてひとつの答えにたどり着いていた。

 

 それが、私の身体を構成する物質……それが、魔力によく似たものであるということだ。

 それ以上はどれだけ考えてみても難しすぎてわからないが、自らの身を削ることによって生まれるエネルギーが莫大なものであることは、私の本能として察することが出来た。

 非常に安定した、いわば固形の、目視できる魔力。これを解放した時に生ずるエネルギーは、この私にも計り知れない。

 ……どうやら、神綺はそのことを、私以上に知っていたらしいけど……。

 

「ライオネル……自らの身を削ってはなりません。それだけは……絶対に……」

「ごめんね神綺、決めたことなんだ」

 

 隕石は落下する。

 

 塔として聳え立つアマノでは、何か出来たとしても地球を硬い外殻で覆うか、空気の層を尋常じゃないほどに厚くするか、きっとそれだけだ。

 隕石に対処できるのは私一人と考えたほうがいいだろう。

 

 自分の身を削って魔力を生み出せば、きっと凄まじい力を開放できる。

 捨て身の魔術の行使と、神綺と私による魔界の大封印。使えるのは、この二つだ。この二つをやってのければ、巨大隕石を破壊するのも、きっと難しいことではない。

 

「ライオネルぅ……」

 

 障害らしい障害といえば……そうだなぁ。

 目の前で今にも泣きそうな神綺……くらいのものだろう。

 

「神綺、私は魔界が好きだけど……やっぱり、外の世界も愛しているんだ」

「……わかっています」

「あの地球を守るためなら、私はこの身全てを魔力に変えても良いと思ってる。だから、十七日後は、もしかしたら、私と神綺とのお別れになるかもしれない」

「やだー……」

 

 やだー、ってわかってないじゃないか。

 

「……まぁ、私の身体が全て消えると決まったわけじゃないからね」

「ううぅ……」

「いざ当日になってみたら、案外皮一枚で済んで……あっさりここへ戻ってくるかもしれないよ」

 

 私は泣きじゃくる神綺の頭を抱きしめ、枝のような手で彼女の髪を撫でた。

 

 

 

 ……もちろん、中途半端に魔力を解放するつもりは、毛頭ない。

 大封印の防御で抑えきれるギリギリの範囲にまで、隕石の威力を魔術によって相殺し尽くすつもりである。

 きっと私は、致命的なくらいにまで己の身を削るのだろう。

 

 大封印によって威力を逃がせる範囲にも限界があるので、どれだけ頑張っても地球に影響が及ぶのは避けようもないが……それでも、私は全力を尽くしたい。

 

 

 

 子供のように涙を流す神綺と共に、魔界の辺境に大封印空間を作る日々が始まった。

 私はその広大でいて荒涼とした場所を、法界と名付けた。

 

 


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