Q969 : 配点150
“図1は結界壁モザイクを44展開させた展開図である。”
“この図における結界の組成について、七つの正しい補足公理を示せ。”
「……シンプルだけど」
「もうちょっと色々条件を絞って欲しい問題ですね……」
残り一日とちょっと。
私とルイズさんは、いよいよ難問に集中し始めた。
簡単な問題は休憩の合間にできる限り終わらせたので、一定の目処がついた形だ。
「ふふ、時間の潰し甲斐はあるわね……アリスも、私と一緒に考えていきましょう」
「もちろんです!」
確かに難しい問題だけど、理解できない分野ではない。
単純な構造の結界だし割り出すのもそう無理はないはず。後は検証を入念にやっていけば、そうね……ルイズさんと一緒なら二時間もかからない、と思う。
しばらくお茶は無しね。けど、長丁場も後少し。
休み無しでもやってやるんだから……!
「……」
「……って、誰。貴女」
気合を入れ直してふと近くを見たら、私達の机をじっと眺めている女の人がいた。
妖魔か悪魔かはわからない。紅い髪がはっとするほど鮮やかなのが印象的な女性だった。
「ああいえ、どういう解き方をしているのかと、気になりまして」
かと思ったら堂々とカンニング発言された……。
なんなのこの人……。
「きょ、協力なら必要ないんだけど……」
「あ、そういうわけではなく。すみません、私はこういった問題を解くほど魔法に詳しくないので、あくまで興味本位といいますか」
私は困った顔でルイズさんを見たけど、彼女はあまり気にした風でもなくいつものように笑っている。
「良いんじゃないかしら。協力者というわけでもないし、こちらの研究を見て答えを出そうというわけでもないのでしょう?」
「え、いいんですかルイズさん……」
「ええ。断ることでもないわ。それに、アリスの集中力なら気にもしないでしょう?」
……なんか、そう言われると。
もちろん、って言い返したくなってしまうのよね……。
「二つ目までは明らかよね。この模様は音の篩、光の方解……」
「ですね。あと……図2に模様の個別名が書いてあります。同系色が隣接してないので花粉の融解も……」
思いつくことを紙に書き出したり、違うであろうことも端っこに書いて除外したり。
二人でそうして煮詰めていけば、答えは段々と明らかになっていく。
けど、煮詰まれば煮詰まるほど残った答えの導きに苦労する。削り出していっても残った答えの形が目に見えて明らかになるわけではないのだ。
……二時間程度で終わるっていうのは、ちょっと甘く見すぎていたかもしれないわね。
「はー、そういう解き方もあるんだ……」
女の人はさっきからずっと観察している。
いや、観察というか見学みたいなものかしら。
まだまだ魔法の見習いだった頃を思い出すわね。
……そう。見習いの頃。魔法のお店。そこで……私が師事していた……ええと、ええと……。
ウ……ウ、ウ……。
「ウドンゲイン……?」
「なにそれ?」
呟いたらルイズさんに拾われてしまった。
「わからないです……多分名前……」
「ふふ、変な名前」
私もそう思う……もうちょっと普通の感じの名前だったかなーと思うんだけど……。
「ところで、赤髪の方。そういえば貴女の名前はうかがっていなかったわね」
「え、私ですか」
「私は旅行好きのルイズ。この子は人形使いのアリスよ」
「あ、はい。アリス・マーガトロイドよ。よろしくね、一応」
「よろしくおねがいします。私は
彼女は礼儀正しく腰を折り、頭を下げた。
「紅は妖魔? それとも悪魔? 人間、ではないのでしょうね。ちなみに私は人間よ。ルイズさんは魔人」
「人間……ああ、種族ですか? でしたら魔族になるのでしょうか。特に何かしているわけでもないで、呼び名は無いですが」
「魔族……か、なるほどね」
「そう……何もしていない、か。無趣味ね。紅さん、無趣味というのは良くないわ。それに、呼び名が無いというのもね」
見た所彼女は魔法初心者だ。
私達の議論を聞いていても顔はずっとぼんやりとしていたし、まだまだわからない年頃なのだろう。
たまにいるのよね。長く生きているからこそ、やりたいことを無くしたり見失ったりしてしまう人が。
時々だったら私もいいと思うの。のんびりしても。長生きだったら“時間は有限”なんて言葉も使わないのかもしれない。
けど、時間はいつだって、確かに少しずつ進んでいるのよ。無駄にできる時間なんて一秒も無いんだわ。
「人は己の行いによって、自然と相応しい名を帯びるものよ。名誉ある行いをすれば名誉ある名が。不名誉な行いをすれば不名誉な名が必ずついてまわるの。そして私は一時期、特にクステイアなんかではアウグストゥスの再来とか色々と言われていたわ……」
「聞いたことないわね」
「誰ですかそれ」
「ローマを知らない……駄目ね。紅さん、貴女は一度ローマを訪れるべきだわ」
「はあ、ローマ……ああ、地上の。聞いたことあるような、ないような」
まーたそういうぼんやりした顔しちゃって。
「ふふ、素敵な所よ。ローマは様々な道に通じているし、色々な場所へ行くための起点にもなるし、旅行が初めての人でもおすすめできるわ。紅さんは旅行はお好き?」
「あーいえ、旅行は……ほとんどしたことはないのです。昔には地上を少し。あと魔界を、ざっくりと回ったくらいで。嫌いではないのですが」
「地上で気になるところはない? ローマでも、なんでも」
ルイズさんがそう訊ねると、紅さんは少しだけ考えるように俯いた。
「ローマ……というのも、今の話で少し気になりましたけど。そうですね、大和や信貴山という場所には、興味があります。知り合いの子がよく話をしてくれるので、それで気になって」
「……ああ、東の島国……かしら? んー……ローマとそこだと、かなり移動する必要がありそうね。ほとんど大陸を横断するようになるわ。一息で両方を回るのは、難しいかも」
少し考えるだけで、ルイズさんには思い当たる場所があったらしい。
しかし大陸を横断かぁ。私はそんな田舎知らないわね。
「ふふん、紅さん。旅行をするならローマは絶対に外せないわ。それとブクレシュティもね。トランシルヴァニアの山脈から見える真っ赤な夕焼けは素晴らしいわ。リットホーヘンはつまらないけどそれ以外ならおすすめよ」
「アリスに案内されて一度行ってみたけど、いまいちなガイドだったわね? あれだけケチつけていたロンディニウムの方が栄えていたくらいだったし」
「そ、それはあれです! しょうがないですよ! 景色が全然違うんだもの! それにまだロンディニウムも田舎だったし!」
そんな風にやりとりをしていると、紅はくすくすと上品に笑っていた。
「仲が良いのね」
「……もちろん! ルイズさんと私は、師匠と弟子。長いこと一緒にやってきた、魔法使いの仲間で……家族のようなものなんですから!」
自立はしている。もう私はルイズさんに依存していない。一人でだって、魔法使いとしてやっていける。
けど、ルイズさんを家族として大切に思う気持ちを失ったわけではない。
魔界に来て、ルイズさんと再会して……私はそのことを、再確認したように思う。
「そうね、家族。うん、アリスは私にとって子供みたいなものだからね」
「せめて姉妹って言ってほしい……」
「ふふ、良いじゃないですか。母と子。素晴らしい関係です」
そう言うと、紅さんは一息ついて砂時計を見上げた。
「……ローマ。大和。トランシルヴァニア。ロンディニウム。うん、長い旅行か……良いかも」
「あら、興味出てきた?」
「少し。いえ、結構」
紅さんは青い目を光らせ、魅力的に微笑んで見せた。
「名誉ある名前を、とか。そういった大それた目的があるわけではありませんが……お二人の話を聞いていると、また興味が出てきました。人間が作ったという国々、見て回りたいものですね」
「フッ……とても良いところよ。ロンドン以外」
「こーら」
痛い、はたかないでよルイズさん。
「ああ……随分と話し込んでしまいましたね。お二方、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、良いのよ。私もアリスも楽しくお話ができて、気晴らしになったわ」
「ええ、こちらも楽しかったわ。旅行、するなら寸暇を惜しんで楽しんでね。きっとこの時代にしか見れないものだって、たくさんあるはずよ」
「……この時代にしか見れないもの、ですか」
「そう」
私は知っている。まだまだ原始的なこの時代だけど、ゆくゆくは線路が敷かれ、道が整えられ、空にはもくもくと煙が上がるようになる。
建物だってたくさん増えるし、世界はあっというまに近代的な変貌を遂げていくのよ。
だから、一秒だって惜しい。少しだって無駄にはできない。
「……さ。ルイズさん、問題に取り掛かりましょう」
「そうね、急がないと。それじゃあね、紅さん」
「ありがとうございました」
きっと私はトップにはなれない。まだまだ私は半人前だから、この大会で一番を取るのは難しい。
でも諦めないわ。たとえ上との差を見せつけられたとしても、その差だけでも良い。私の心に刻み込んで、受け入れるつもりはある。
そうすればきっと、私はまた百年だって二百年だって頑張れるのだ。
今はまだ勝てなくたって、絶対に、誰にだって負けてやらないんだから。