東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 身を捧げた恐竜達から部位を借り、実験と研究は進められる。

 研究は触媒魔術と同じで、総当りと同じ要領で行わなくてはならないが、材料が向こうからやってくるのであれば、カンブリア紀の手間と比べて、かなり楽になった方だろう。

 

 自らを生贄に捧げにやってくる恐竜の種類は様々だ。

 ティラノサウルス。ステゴサウルス。トリケラトプス。その他名前のわからない様々なものまで。あらゆる恐竜が命を捧げにやってくる。

 私はそのことごとくを解体し、一部の骨を奪い去り、残りをアマノの一部として差し出した。

 

 長い時間の中での話だが、魔術も、人造生物も、全ては順調だ。

 

 無数に増えた土ゴーレムのロードエメス達は、絶え間なく送られる骨をアマノの建材として運び続け、塔の最上階では、高度八千メートルを超えた今でも尚、増築が続けられている。

 

 アマノの影響範囲は鼠算のように加速度的に増えてゆき、今では彼女の影響力は大陸全土に及んでいた。

 全ての生物がアマノを敬い、崇め、奉るのだ。

 塔下には日夜、自らを捧げ永遠と共にあらんと願う者らが列を成し、骨を持ち込み、あるいは、不要になったアマノの一部を咥え、遠方の地へと帰ってゆく。

 

 ある日から、パンゲアの各地において、アマノを模したかのようなちょっとした塔が出来始めた。

 大きさはオベリスクほどの、単純なモニュメントであるが、これらの製作者はアマノでも私でもロードエメスでもなく、恐竜たちであるというのだから驚きである。

 恐竜たちはアマノの布教のために、各地に擬似的な骨の塔を作り、アマノの分社を汲み上げているのだ。

 アマノの影響範囲が増えたのには、きっとそんな背景が関わっていたのだろう。

 

 竜は実り豊かな世界を生き、身近な骨塔を崇め、寄り添い、幸せを噛み締め、時を経て、死んでゆく。

 それは実に緩慢で、平穏な日々の繰り返し。

 発展も争いもない、生と死を紡ぐばかりの、原始的な地球の日々。

 しかし生物は元来、それを望んでいる。

 生を受けた者は、技術の極みも、宇宙の果てにも、一切の興味がないのだ。

 

 慧智など必要ない。

 ただ生きて、天寿を全うする。自らの母の袂で死に、寄り添い逝けるのであれば、他には何も必要ない。

 

 何千年もの時間が流れ、おそらくジュラ紀から白亜紀に移った現在。

 “慧智の書”を拒み続ける彼らを見て、いつからか私は、そのようなことを考えるようになった。

 

 

 

 

「……」

 

 “眺望遠”で夜空を見上げ、“月時計”にない星をじっと見つめる。

 傍らには“算術盤”を起き、それを片手で操作しつつ、ただただ観測を繰り返す。

 

『最近、夜空を見上げてばかりね。ライオネル』

 

 アマノは地上の歌声に耳を傾けながら、無感情にそう言った。

 私がアマノの最上階で天体観測に熱中してから、これで三日になるのだ。

 天文に関しては、いつもはサッと見てパッと書き留めるだけに留めるのが普通だったから、やはり今の私の行動は、疑問に思えてしまうのだろう。

 

「星が……綺麗だからね」

 

 私は“眺望遠”を消し、アマノに答える。

 そして、悩んだ。

 

 眼下には数多の竜達が歌を歌い、昔と同じように命に感謝を捧げている。

 小さな骨塔と各所に増えるばかりで、じきにパンゲアが骨の都に埋め尽くされたとしても、何らおかしくはなかった。

 信者の数に比例してアマノの神力も増幅し、今の彼女であれば大陸をまるごと一つ作ることさえ、不可能ではないだろう。

 

 人間が繁栄する歴史とは大いに異なる。

 だがこの世界は、平穏と繁栄を両立した、この上なく素晴らしいものだ。

 

 それでも……私は、アマノに告げなくてはならないことがある。

 満天の星空を見上げ続け、私はそれを確信した。

 

「……アマノ」

『うん?』

 

 アマノとの付き合いも長くなった。一億年以上も一緒にいるが、アマノに対する印象は初期の頃と比べて変わりがない。

 彼女も不変。平穏である証拠だ。

 

 ……それでも。

 

「アマノ、……貴女はもう、この世界を自在に作り変えるほどの力を持っているね」

『まぁ、そうね。自在といっても、私がイメージできる範囲で、だけど』

「それさえあれば、私にはできない高等魔術さえ行使できるはずだ」

『うーん……ライオネルの考えた魔術の全てを理解できるわけじゃないから、なんとも言えないけど……魔力だけで言ったら、確かに不可能はなさそうね。それで、どうかしたの?』

「うむ」

 

 星を見上げ、しばらくそれを睨みつけてから、私は意を決した。

 

「アマノには、魔界に来て欲しいんだ」

『……は?』

「貴女なら転移できるはずだ。自分の内に超大な魔力を生成し、ヒズミに触れ、転移するだけ。神力はそうでなくとも、不可能を可能にするんだ。私の見立てでは……」

『ちょ、ちょっとちょっと。やめてよ。魔界……神綺のことは気にはなってるけど、私は行かないわよ』

「恐竜たちが心配なら、みんな来れば良い。魔界の森林は広大だから、場所には困らないはず。食料だって、アマノが来れば問題ないだろう」

 

 アマノはしばらく沈黙し、唸った。

 

『……全ての恐竜を、魔界へ移すっていうの?』

「そう。アマノが望むなら、恐竜以外も。全て」

 

 少々無茶だが、それは不可能ではない。

 アマノの全世界規模の信仰の力をもってすれば、常に魔界への扉を開き続けることなど造作も無い。

 彼女が声を掛けてやれば、生き物たちは嫌がることなく、最短距離を取ってアマノの下までやってくるだろう。

 

『……ライオネル』

「なんだい、アマノ」

『私はこの星が……地球が好きよ』

 

 ああ、ダメか。

 

『ライオネルが魔界のことが好きなのは知ってる。でも、私の居場所は地球であり、パンゲア……それはきっと、一生変わることはない』

「……そうか」

『ごめんなさい。私はこの身が果てるまで、ここから動くことは有り得ないわ』

 

 ……わかっているさ、アマノ。

 貴女がこの星を愛しているということくらい。

 

 

 

 だけどアマノ。貴女はきっと、知らないだろう。

 

 あの果てしない夜空に浮かぶ、私さえ知らない巨大な星のことを。

 とてつもない速度で地球に接近し、軌道を逸らさぬまま、やがて近いうちに、この世界を抉る、巨大隕石の存在を。

 

 そうだね。その大きさが、十キロメートルほどであれば、何もしなくとも大丈夫だったかもしれない。

 無防備なままに待ち構えていたとしても、被害は氷河期“程度で”済んだかもしれない。

 

 けど、宇宙の果てに存在するあの星の大きさは、測ってみたところ、少なく見積もっても数百倍はある。

 

 あんなのが地球に落下すれば、パンゲアはおろか、地球でさえも危ないだろう。

 辛うじて地球が形を保ったとしても、きっと表面に生きる生物たちは……全滅だ。

 

 それは、私のような現代人が推測するような恐竜の絶滅とは規模が違う。文字通り、全生命の絶滅が訪れるだろう。

 それはね、アマノ。貴女でさえ、例外ではないのだ。

 

 

 

 ……アマノ。貴女は、地球を愛している。

 私も長い間、貴女と一緒に恐竜たちの営みを見守り続けてきた。気持ちは十二分にわかっている。けど私が想像できるそれ以上に、貴女の地球への愛は、きっと尊いものだ。

 

 アマノ。貴女は全ての生命の母であり、希望だ。

 そしてこの地球はあなたの子であり、守るべき、完成された平穏の園だ。

 

 良いだろう、アマノ。貴女がそれを望むのであれば。

 貴女は魔界に行く必要もない。

 

 私が必ず、地球を救ってみせようじゃないか。

 

 


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