東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 クイズ大会では最初に筆記試験が行われる。

 しかしこの筆記試験、ただの筆記試験ではない。魔界で行われるクイズ大会だ。大部屋に集められ数枚あるプリントを解いていくようなシンプルなものであるはずがない。

 

 配られる問題集は、驚きの“本”である。紙でも帳でもない。分厚いハードカバーの本そのものが問題集となっている。

 出題される問題は現時点で千問を予定しており、それらは全て本にびっしりと書かれるのだとか。答えも本の中に書き記して提出する。おそらく後で魔法を使って一気に答え合わせをするのだろう。

 筆記試験は五日間に及ぶが、千問全てを答えきるのはまず間違いなく持ち時間が足りないそうで、聞いてみると“自分に答えられる問題を選別し解いていく力も試している”とのことであった。面白そうだ。

 

 会場は施設の巨大ホール(というよりほぼスタジアム)を使い、参加者はだだっ広い空間に放り出される。

 そこには同心円状に机と椅子が並べられているが、それは使っても良いし使わなくても構わない。

 各々好き勝手に立ったり歩いたりすることができ、なんならホール内の各所に置かれている辞書などの資料を調べてもオッケーだ。

 答えを求めるためのメモや原始的な計算道具も完備されているので、参加者はテストというよりは図書室での自習のような雰囲気の中で試験を受けることになる。

 

「へー。試験会場には見えないけど、すごいなあ」

「本棚は多い。探せば答えも見つかるだろう。だが、その程度の作業に時間を取られているような輩は多くの問題に着手できずに終わる。最終的には、当人の技量次第ということさ」

 

 私は今、赤肌の悪魔の案内で大ホールを見学している。

 そこはかなり広いものの、見た目は読書喫茶にも近いなかなか居心地良さそうな空間である。実際、五日間のテスト中は軽食が振る舞われるそうだ。まさに豪華な自習である。

 

「しかし、参加者同士の会話は禁止していないんだね」

「うむ。直接的な暴力、能力による不正は禁じているがね。協力は禁じていない。だが、解答欄には協力者の名を書き連ねることになっている」

「あらかじめ手分けをしておけば高得点が狙えそうだけども」

「フッ、そう甘くはない。出題は本ごとに条件や数値が変わっているし、考えなしに答えを写すだけでは正答できないようになっている。そもそも、簡単に複写できるような問題などは配点も低いしな」

 

 そう、この配点の偏りが筆記試験において最も特徴的だ。

 たとえば“焚き火に放り投げて爆ぜた後の石と鋳造したばかりの鉄の塊はどちらがより多く熱素が含まれているか”という問題があったとすると、そういう安易で答えやすいものだと配点は1点とかになる。

 しかしこれが“鋳造した鉄の塊が完全に溶解するために必要な熱素はいくつか求めよ”となると回答もやたらと長くなるので、こういうものは3点とかになる。

 まして“この筆記試験終了時刻におけるもっとも魔力収集効率の良い地上の場所とその属性について答えよ”なんて問いが出たら回答者は相当に悩むはずだ。回答によっては十点以上獲得できるかもわからん。

 

「私は難しい問題を担当したいなぁ」

 

 個人的に、私の出題するものに対して魔法使い達がどのように答えるのかがとても気になっている。

 そもそも、私はそんな記述式問題の答えをじっくり見たいがためにこちらに来たのだ。便宜は図ってくれるよね?

 

「なるほど。もちろん構わんとも。むしろこちらとしては最難問を複数頼みたいところだな。ああ、ただし正答と解法については教えてもらえると助かる。我々も問題集をまとめるのにあまり時間がないからな」

「おお、わかったよ」

「是非、美しい問題を頼む」

「任せ給え。私の魔法美学にかかれば参加者は誰もが私の問題に夢中になるはずだ」

「本旨を逸脱しなければ好きにしてくれ」

 

 総責任者である赤肌の悪魔は、最初に言った通り私の希望をほぼ全て呑んでくれている。というよりは、互いの要求が合致しているのだろう。

 向こうは良い問題を求めているし、私も良い問題を作りたい。

 お互いに最良のギブアンドテイクが成り立つという、なかなか珍しい関係である。

 

「ああ、それとだ。ライオネル・ブラックモア」

「うん?」

「振興会としては、より多くの参加者を確保したい。冷やかしではない、まともな参加者をな」

 

 気難しそうな目がギロリとこちらを睨む。悪気はなさそうだ。

 

「本来お前に頼むことではないのかもしれないが、記念すべき第一回目の企画だ。使えるものは全て使いたい」

「ほう。私に頼み……参加者を集めろと?」

「大々的にはこちらが既に手を打っているので問題ない。お前個人の交友関係から、大会に興味を持ちそうな奴を引っ張ってきてもらいたいのだ」

 

 なるほど、知り合いがいたら誘ってくれってことか。

 ライブやるからチケット買ってってやつだな。気持ちはよく分かる。

 

「ふむ。しかし私も知り合いが多いというわけではないからね。何人くらい誘えばいいかな?」

「多くとも少なくとも構わんさ。もちろん会場の広さは考えてもらいたいところではあるが。全てを埋め尽くすほど誘われても対応できんからな」

 

 どう考えても私の知り合いでそんなに埋まる気がしない。

 

「……一応、五人くらいは誘ってみるよ」

「……なぜそんなに少ない?」

 

 あまりにもナチュラルに疑問を投げかけられ、私の心は深く傷ついたのだった。

 

 

 

「あ、ところで。貴方の名前を聞いてなかったね。総責任者の名前くらいは知っておきたいから、教えてくれるかな」

「好きに呼べば良い。振興会では赤肌で通っている」

「いやいや、私が知っておきたいんだよ。貴方もまた、注目するべき魔法使いの一人かもしれないからね」

「……私など、魔都のどこにでもいるような悪魔だ。呼び名も散らかっている」

「まあまあ。私にとっては違うから」

 

 私がそう言うと、自称赤肌は淡白な目をこちらに向けた。

 相変わらず口元を抑えたままの、思慮深そうな仕草。彼はその姿勢のまましばらく沈黙し、やがて口を開いた。

 

「……そうだな。一部では私をヘルメス・トリスメギストスと呼んでいる」

「ヘルメス・トリスメギストス」

 

 ヘルメスっていう名前はどこかで聞いた気がする。どこかの神族か何かだったはずだ。

 ああそうだ、問い合わせの手紙で結構見た名前だった。その人は間違いなく神族だったはずだけど。

 

「もちろん、私はただの悪魔だ。かの神族らとは関わりなど、これっぽっちもないさ」

 

 そんな私の考えを見透かしたように、ヘルメス・トリスメギストスはニヤリと笑っていた。

 

 


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