席
どうもみなさまこんにちは。
私は名もなきただの無能です。
「ライオネルー、いつまでそうしてるんですかー?」
ああそうか。私にはライオネルなんて名前もあったな。
名前の元になったアーティスト様には申し訳の立たないことである。
「ライオネルー」
「うう、神綺……それでも神綺はまだ私をライオネルと呼んでくれるんだね……」
「呼び方を変えて欲しいなら変えますけど……?」
「いや……ライオネルでいいよ……」
私は数時間続けていた三点倒立をやめ、シュパッと立ち上がった。
そして体操の決めポーズ。ビシッと静止。
「神綺、今の何点?」
「八点くらいですかねぇ」
「ふむ、及第点か」
採点の基準は曖昧である。
さて、私は魔界へ戻ってきた。
一度意気込んで地上の大宿直村へと戻った私だったが、そこで待っていたのは……何故か、本当に何故だから全然わからないのだけども、村の有力者が壊滅的な打撃を受けたという話であった。いやホントどうしてそうなった……。
一応、経緯を聞いてはいる。どういった原因があって、村の人々がどういう経緯をたどり、どういった流れで破滅を迎えたのか。
村を見守っていた隠岐奈は、一度私を全力でどつきつつも、それでも私に完全な非があるわけではないと念押しした上で、丁寧に説明してくれた。
まず原因。
それはミマがその身に宿していた怨霊の欠片がそもそもの元凶だったという。
隠岐奈は取り憑かれていたのだろうと言っていたが、そこまで表面的なものではなかったのであろう。
自己再生と自己複製を備えた呪いの欠片が運悪く爆発的に増幅され、更に運悪く自己防御もできなければそういうこともあるかもしれん。正直ミマほどの魔法使いがその程度の呪いに屈するとは思えなかったのだが……意外というかなんというか。
ちなみに私はミマが呪いを受けていたことは知っていた。滝で水浴びしていたと時にはくっきりと痣が見えてたしね。あの程度なら無意識でも抵抗し続けられるものだが……どうやら私が作った陰陽玉をきっかけに、それが揺らいだのだという。
ただ、そこからは正直よくわからん。
隠岐奈の語るものも多分に推測が含まれていたし、関係者の殆どは怨霊によって乗っ取られたミマによって殺されてしまった。
普段から遠目に見守っていただけの隠岐奈では、事情を理解するのも難しかったのだろう。
しかし間違いないことが一つあるらしく、隠岐奈からはそれを厳しく言い含められている。
『お前が悪気が無いのはわかっているが、今ここでまた妙なことをされるといよいよ村が滅んでしまう。私からの頼みだ。……しばらく来ないでくれ』
とのことである。
頼みだ。しばらく来ないでくれ。
……そう私に告げた隠岐奈の顔は、こちらを同情するような、少し冷淡な……。
「ああああああああ!」
「うわあ!? またいきなり三点倒立しないでくださいよ!」
「人がわからない! 人間わからない! うわあああああ!」
「前言ってた得意の“めんたりずむ”? みたいなのでなんとかしてくださいよ!」
「うわあああああ!」
シュパッ。
「九点!」
「……よし!」
過去、私がまだ会社に務めていた頃のことだ。
上司の気まぐれか思いつきかで、やったことのない営業に連れ回された私は……半日もしないうちに、上司から“もう帰って大丈夫だから……”と言われたことがある。
それ以来、私を営業だとか重要な接客だとかに回そうということは無くなった。
……それを思い出す度に、もう、心の奥底のモヤモヤしたものがおさえられなくなって……もう……奇声を上げながら三点倒立しちゃう……。
「でもライオネル、倒立もいいですけど……クイズ大会のあれ、やらなきゃいけないんじゃないですか?」
「ん? ああ……うむ……そうだねぇ」
神綺は手元に用紙を喚び込み、私の前に差し出した。
「“魔法クイズ魔界一決定戦”。まだ開催は先ですけど、そろそろ出題者の審査も締め切りなんですから。また期日が過ぎ去ってしまわないうちに、早く出したほうが良いと思いますよー」
「うむ……それもそうだね。そうしよう」
大宿直村が壊滅した。痛ましいことである。思い入れもあっただけに残念である。
本心から献花をしたい気持ちだってあるが、しかし今はそれすらも“余計なことをするな”と怒られてしまいそうだから、私にできることは何もない。正直つらい。
が、それはそれとして、クイズ大会である。わたしにとってはこちらも重大イベントだ。
私も最近になって知ったイベントなのだが、どうやらこれは魔都パンデモニウムの一角で開催される大会らしい。
魔法……クイズ……魔界一……概要はもはや聞く必要もないだろう。だいたい名前の通りである。
魔法! クイズ! 魔界一! そんな名前の企画に私が惹かれないとでも思っているのか? 否である。それ故に私はこの企画に参加することになったのであった。
「でも、出題者側からの参加で良かったんですか? ライオネルなら普通に参加者になるものかと思っていましたが……」
「いやいや。私が全問正解したって意味がないもの。私は様々な問題を解く参加者の答案を眺めたいのさ」
「はあ、そういうものですか……」
このクイズ大会、参加費用はなかなかちょっとした金額が必要であるが、種族は問わず誰でも参加ができる。
参加者は出題者たちが用意した問題を解き、答える。が、出題者ごとに問題の趣向や方式は大きく変わり、内容もペーパーテストから実地試験、早押しからビーチフラッグまでなんでもありだ。問によって設定されているポイントも違っており、ただ正答数が多いからといって必ずしもポイントが多くもらえるわけでもない。
最終的に最も多くポイントを持っていた人が優勝だそうだ。
順位によって景品なども設定されていて、今現在はまだ仮らしいが一覧をパッと見てみた限りではなかなか豪華そうである。魔都パンデモニウムの二等地の権利まであるのだから、このイベントを企画した人たちの情熱はなかなかのものだとわかる。
……で、このイベント。実はまだ現段階で出題者側の募集をしているらしく、魔法に造詣の深い者を集めている最中なのだとか。
より難しく、質の高い問題を出すために万全を期しているのだろう。出題者側への報酬も優勝賞品と比べて劣るものではないし、こちらのハードルも高そうだ。
出題者の募集要項には“既出でない自作の魔法問題を一点以上用意の上、面接にて最終的に判断”とある。
つまり、イベント運営側はこう言っているのだ。
“この世で最も美しい魔法クイズを求む”……と。
「そうなんですかねえ?」
「ふふふ。神綺、これはそういうことなのだよ。イベント運営者はこの素晴らしい企画にふさわしい出題者を求めている……それに見合う難問もね……」
「あっ。これ出題者に選ばれると会場の特等席に座れるんですって! チラシに書いてありますよ、ここ」
「ん? おー本当だ。でも神綺だったら多分そのまま会場行くだけで魔神専用特等席に座れるんじゃない?」
「うーん、魔法のクイズ自体にはそんなに興味ないので、色々な人と話せる席が良いんですけどねえ……専用の特等席とかだと孤立しちゃいそう……」
全くもう。神綺はいつまでたっても魔法に興味を覚えないね。
けどまあ良いさ。人には好き嫌いも向き不向きもある。
「……しかし、面接かぁ……」
「面接ってあれですよね。顔を合わせて話して雇用を判断する」
「うむ……私が面接を受けるのは、さすがに久しぶりだなぁ」
「五億年ぶりですか?」
「そうなるね」
五億年か。決してあっという間ではないが、そんなになるか。
「出題者の面接って、どういう感じで振る舞えばいいんだろうね……」
「さすがに私に聞かれても困ります……」
ともあれ、近頃は楽しい日々が続いているのであった。