東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「死んでない奴は煩いねぇ。生きているから大口が叩ける。死の淵に立たされていないから生き様なんぞを宣える。だからあたしが気付かせてあげるよ。生きている連中がどれだけ恨めしいかってことをね」

 

 長い杖が振られ、浅黒い怨念が宙に揺らぐ。

 死霊の気配がうごめくたびに、取り囲む退魔師は本能的な恐怖に体が竦む思いだった。

 それでも彼らが立ち向かえるのは長らく過酷な環境で妖怪たちと鎬を削ってきた経験があるからこそ。

 常人ならば卒倒してもおかしくない空気の中で、手慣れた動きで各々の術を構築していく。

 

「“囲み、潰えよ”!」

「“滅せよ”!」

「合わせてゆくぞ、遅れるな!」

 

 簡易生成された式神が仮初の体を伸ばし、魅魔に巻き付く。

 上空にある空気の塊がこの世ならざる者の重量を間借りして踏みつける“足”となる。

 地に放たれ張り付いた札は怨霊の侵入を阻む結界を立ち上げ、清浄な輝きは呪われた夜闇から僅かな輪郭を奪回した。

 

 魅魔は意味も無さそうに杖を取り回し、その動きを退屈そうに見やっている。

 術を発動させる予兆も見られない。

 それでも彼女から溢れ出る怨霊の気配は、ただそれだけで人を殺し得るだけの暴威を秘めている。魅魔はただ、余剰の力を垂れ流しているに過ぎない。

 

「手の内はわかってるんだよ」

 

 魅魔の天から不可視の“足”が落ちる。

 その重圧と速度は、木々すら微塵に砕くほど。

 

「“重力開放”」

 

 それは魅魔が無気力そうに杖を掲げ、たった一言を呟くだけで霧散する。

 木陰に潜んだ退魔師の一人が息を呑んだ。

 

「その借り物の“足”は踏みつけじゃあなく落下だ。重さを解き放たれたそれは形を留めておくこともできずに消える。……でしょ?」

 

 地面から木の根の槍が突き出し、魅魔を下から襲う。

 

「全部知ってる」

 

 が、それは触れることもできずに木くずとなって朽ち果てた。

 

「あたしに何が効いて、何が効かないのかも」

 

 高空を飛んでいたはずの鳶の群れが力尽き、近くの藪に堕ちた。

 

「あんたらがどれだけの力を持ち、どれだけあたしに対抗できるのかも」

 

 魅魔が指を触れば、彼女に取り付こうとしていた簡易式神が元の紙となって力を失い、最後には燃えて灰になった。

 

「“金星のそよ風”」

 

 魅魔の差し伸べる月飾りが黄金の輝きを放つ。

 照らされて浮かび上がったのは邪悪な笑み。かつてミマが見せることのなかった顔。

 

「そんな――」

 

 放たれるのは熱風。星の魔力によって生まれた超高温の熱風は、煽ったものを吹き飛ばす前に自然発火させる。

 有機物は炭化し、樹木か人かもわからない塵が辺りに吹き抜けるだけ。

 

「……!」

「そんなっ」

 

 一瞬の煌きと、一瞬だけの暴風。

 それが過ぎ去った後に残るのは、散り散りになった燃えカスが扇状に散らばる広大な空き地のみ。

 

「燃えが悪い。時間が駄目ね」

 

 防御の術を構築した者もいたのだろう。焼け跡の後方にはわずかに燃えの悪い場所があった。だがそこにも人影は残っていない。

 頭数を数えることはできない。だが事実として、今の魔術によって三名の命が消え去ったのだ。

 

「“衝矩星律の法”」

 

 青白く輝く魔力の球体が発生し、ミマの周囲を旋回する。

 それは防御を重視する基礎的な星魔法であった。

 

「いけ! “重縛”ッ!」

 

 複数の声が同時に響く。それは息を合わせて発動された封印魔法の一種であろう。

 だが魅魔へと襲いかかった四本の輝く注連縄は、勢いよく動き出した“衝矩星律の法”によって阻まれる。

 攻撃の手は止まらない。

 あらゆる呪具が、法具が放たれ、使われてゆく。だが魅魔はそれらを何事もないかのように撃ち落としてゆく。

 彼女は時々片手間に攻撃魔法を放つだけ。それでも攻撃は確実に退魔師の命を掻き消し、勢力図を塗り替えつつある。

 

 一部を除いては。

 

「“正玉封印”!」

「く……! この、忌々しい陰陽玉が……!」

 

 紅白の陰陽玉。

 無尽蔵な魔力と多彩な術を扱う魅魔ではあったが、玉緒の操るこの陰陽玉だけは苦手としているようだった。

 

 堅実な防御。そして攻撃性能。あらゆる面で万能な力を発揮するこの神具は、魅魔の顔から余裕を消した。

 

「攻撃が通らない。どんな出力でも相殺される……」

「きゃっ……!」

 

 魅魔から溢れ出る怨霊の蔦が玉緒を襲うが、陰陽玉はそれを未知の力によって迎撃した。

 蔦が力を失い、怨霊としての動力を失って霧散した。そのように見えたが、魅魔をして原理は謎だ。

 

「博麗の陰陽玉……忌々しい……!」

 

 元は、朱色の宝玉であった。

 それは玉緒が元々持ち合わせていたものであり、村に伝わる秘宝だったのだという。

 宝玉はその頃から退魔の力を備えていたが、怨霊の触手を無条件に破壊する力もなければ、魔法を完全に受け止めるだけの能力も無かったはずだ。

 

 それが今や、謎の白い素材と合一し、より高度な神具となって立ちはだかっている。

 

「妬ましい……」

 

 魅魔にはそれがどうしても許せなかった。

 

「何故私じゃなかった? 何故あんただった? こんな……道具に振り回され、使いこなせていないあんたが、何故ッ!?」

「うっ……!」

 

 魅魔が杖を振るい、青白く光る粒子を振り撒く。

 光は濁流となって邪魔な樹木を破壊し、最終的に四方八方から玉緒を襲撃する光線となった、が。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 またしても防がれている。

 今度は陰陽玉が分裂し、数が増えた状態でだ。

 それでも咄嗟にできた防御だったのだろう。息を荒くする玉緒の表情に余裕はない。

 

「……その綺麗な顔……綺麗な体……引きちぎってやる」

 

 陰陽玉は強い。だが、扱う者は万全ではない。

 魅魔の脳内は強大な妬みと恨みによって支配されていたが、勝機を見出す眼に曇りはなかった。

 

 つまりは、“やれる”のだと。

 

「私を忘れてもらっては困るな」

「! “星圏”!」

「ほう、防ぐか。さすがだ」

 

 だが玉緒は一人ではない。

 玉緒との一対一の戦いに乗り出そうとした魅魔は、他の退魔師のものとは一線を画する強力な札を前に防御魔術を重ねがけする他なかった。

 

「“綻びの葛”。残念だな魅魔様。その札はただの退魔の札ではない。杖で防いだのは失敗だな」

「これは……神主、貴様ッ!」

「“朽ちて役目を終えよ”」

 

 月飾りの杖に張り付いた札が起動し、一本のカラカラに乾いた蔦となってへばりつく。

 蔦は杖から強引に魔力を吸い上げ、杖本来の“機能”を内よりかき乱し、破壊する。

 結果として、魅魔の杖は砕け散った。

 

「あは? 馬鹿じゃないの」

 

 だが魅魔は嘲笑った。今の行動が無駄だとばかりに。

 彼女が持っていた杖は砕け散ったが、今はもう既に別の、しかし同じデザインの杖を構えていた。

 

「――! しまった、あれは魔法で生み出した……!? 皆、杖を狙っても無駄だ! 武装解除は効果が薄い!」

「ただの指示器に目が眩んじゃって」

 

 杖が“星の槍”を発動し、光線が舞う。

 

「ぐ、ぁ……」

 

 樹木とともに、誰かの命が散る。

 声すら残せずに斃れゆく者が土に沈む。

 

「くそぉ、防げ!」

「抑え込むんだ! 博麗の二人を援護しろ!」

「結界を! 誰か!」

「あは、アハハハハハハッ! そうね、やはりそうなるわよね!? そう、そうなのよ。やはりあたしの敵は……博麗の神主と巫女。お前達しかいない……!」

 

 魅魔にとって敵となり得るのは、神主と玉緒の二人。

 他の退魔師たちもその認識は共有し始めている。

 

「神主殿! 我々を案ずるな!」

「必ず仕留めなさい! いいですね!」

 

 それでも彼らは退くことはない。蚊帳の外であろうとも、逃げることはしない。

 己の命まだ少しでも相手の気を引けるならば、最後までそれを投げ出す覚悟であった。

 

 


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