その後、私はアマノの恐竜大国を見守りつつ、様々な実験や月の往復に時間を費やしていた。
恐竜をいじるような生物実験や研究は、アマノが別に構わないと言ってくれてはいるものの、なんとなく遠慮してしまう。
気を遣いすぎとはわかっているのだが、それでも私は、恐竜を避けるように過ごし続けている。
平和で平穏な恐竜たちの楽園を荒らすのは、差別ではあるが、ちょっと忍びない。
「“上弦飛行”」
星と星の間の魔力を捉え、それを弓の弦に見立てる。
番える矢は私自身。矢の軌道は、宇宙に浮かぶ月までの道にある、放射線状に広がる膨大な魔力だ。
術の発動と共に私の身体は跳ね上がり、一瞬の間に大気圏を突破した。
全身から吹き出た白煙は宇宙空間に到達すると同時に霧散し、氷の粒による煌めく尾を引きながら、私は月へと一直線に飛んでゆく。
「ほっ」
で、着地。
月へと到着である。所要時間は五時間弱。まだまだ短縮できそうだけど、最初期の頃と較べてかなり早くなったものだ。
月へと転移して移動するのも有りだけど、今はまだこうして、月まで自力で飛んで行く技術を身につけたい。
月の他にも、火星や金星だって存在するのだ。宇宙を飛行する能力は、あるに越した事はない。
まあ火星はともかく、金星に赴く用があるとは思えないけど……。
「“破滅の息吹”」
月に漲る豊富な魔力を利用し、突き出した右手から灰色の風を呼び出す。
風と言っても魔力の風。空気の無い月においても、私の魔力は吹き荒れる。
万物を崩し散り散りにする風は月の表面をサラサラと崩し、そこに大きな窪みを形成した。
私が今削っているのは、月の裏側。地球からは見ることのできない、闇の部分だ。
「さて……“月の標”」
作った窪みに、呪いを仕掛ける。月の呪いが月そのものにあるので、効果は永続と言って差し支えないだろう。
ただ魔力を残し、ドクロ模様の輝きを放つだけの呪いであるが、長年の改良によって、“月の標”は正確な位置を私に知らせる役割を兼ね備えた。
これを月に仕掛けることで、いざという時には月に移動することも可能だ。
もちろん大規模な転移魔術になるので、地上で集める魔力の関係上、アマノの内部機構を利用しないことには、そう気軽にできるわけでもない。
「“灰塵の凝集”」
仕上げに周りの塵を集めて固め、元の地面を再現する。
散ってしまった砂が多く、完璧に元通りとは言い難いが、衛星写真などで見る分には、そこらの窪みと大差ない見た目のはずだ。
「ふう」
一仕事を終えて、地球を見上げる。
青い星の中で存在感を放つ、超大陸パンゲア。
これから長い年月をかけて、あの陸地が分かれ、様々な大陸として、地球上を散らばってゆく。
分割された環境が生み出す生物の多様な進化は、世界の大いなる恵みであり、知的生命にとっての未来だ。
「……アマノ」
けど、今は恐竜の時代。
竜骨の塔の神、アマノが大陸を支配し、その勢力圏は平穏で、一個の完成した世界とも言える。
これから先、アマノの庇護下にあるこの世界が、果たして隕石ごときで滅ぶのだろうか?
史実では恐竜は白亜紀末にて何らかの影響によって滅ぶらしい。
原因は隕石、噴火、酸素、様々なものがあるが、そのどれもが、アマノという存在ひとつでどうにかできてしまう。
つまり、恐竜の時代の終わりなど、有り得ないのだ。
ならばこの先、人の時代は、果たして本当にやってくるのだろうか。
「未来、変えてしまったかなぁ」
私はほんの拠点とばかりに塔を作り、しかしそれは時とともに神となり、世界の生命に多大な影響を与えている。
死ぬべき生物が生き残っている。それはつまり、他の本来いるべき生物が居場所を失うということ。
私が作り、意志を持った竜骨の塔は、もしかしたら、人類という存在を、今後永遠に葬り去る、禁断の塔だったのかもしれない。
と、色々考えたけれど、私は未来が変わっても良いかもしれないと思い始めていた。
別に、知的生命が猿である必要はない。猿でなければ知恵を持てないというのであれば考えものだが、きっと知恵とは、そんなものではないだろう。
話し、考え、工夫し、研究し、魔術を扱う。
そういったことができるのであれば、私はその存在が恐竜であってもワニであってもゴジラであっても、全く構わない。
史実と異なる。大いに結構。
巨大な建造物がある。良いじゃないか。
地球に聞いたこともない唯一神が生まれてしまった。よきにはからえ。
その世界が平穏なものであるならば、私は受け入れよう。その世界の形に、大いに賛同しよう。
私は長い年月を生きてきた。
寂しくなければ、一人じゃなければ、別に何だって良いんだよ。