東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 夜闇の中、退魔師が集う。

 一人、二人。彼らは次々にやってくる。

 

 退魔師、修験者、調伏師。

 集まった彼らは実に様々で、年齢、出身、専門など、あらゆるものに共通点が見出だせない。

 しかし彼らは確固たる目的のためにここに集まっていた。

 

 大宿直村を守るために。

 そして、ミマを救うために。

 

 

 

「凄まじい怨念じゃな。こんなに離れているというのに、肌が怖気にひりつくようじゃわ」

「村長や。もうお年だろう、無理しなさんな」

「馬鹿言うな、今ここで腰を上げずにどうする。まあ、腕は錆びついておるだろうがな。錆は錆なりに、やれることをするまでのことよ」

 

 篝火の傍には、普段は決して実務に当たらない村長の姿もある。

 見慣れない装備に身を包んだ彼の姿は、今夜が普段のそれとは数段異なる規模のものであることを周囲の面々に再確認させた。

 

「魔除けの矢は全て持ってきたのか」

「ああ……一年かけて使う量だがな」

 

 九右衛門の矢筒は、普段は抜き取りを阻害しないようにゆとりをもたせることが多い。しかし今日に限って、そこに納められた矢は三十本を越えていた。

 

「いざという時に見ているだけの役立たずには、なりたくないからよ」

「ああ。そうだな、その通りだ」

 

 猟師ばかりではない。他の面々の装備も、今日は特別仕様に整えている。

 

「ミマ様が怨霊だなんて、信じられない。この目で見るまでは……」

「俺もさ。だがな、覚悟はしておけよ」

「わかってるわ」

「おーい、握り飯を持ってきたぞ。持っていけ」

「おう、ありがたい。しかし凄まじい量だな」

「水も汲んできたよ!」

「馬鹿野郎、子供が夜の水場には近づくんじゃねえ。いや、だが助かる。ありがとうな」

 

 篝火を取り囲むようにして、人が群れを作ってゆく。

 群れはまだまだ大きくなる。

 

 準備は万全。誰もがすぐさま遠征に出かけられるだけの装備と気合を整えていた。

 

 待っているのは、二人の男女。

 この大宿直村で最も腕の立つ神主と巫女である。

 

「お」

「来たか」

「……頼もしい姿よ。いつにも増して」

 

 篝火の橙の灯りにぼんやりと照らされて来たのは、神主と玉緒の二人だった。

 神主はその名の通り神主の姿に、かつて陰陽博士と呼ばれていた頃の装備を引っさげて。

 玉緒は巫女服を身にまとい、神秘の陰陽玉を周囲に浮かばせて。

 

 村の退魔師の面々は暫し、二人の姿を無言で見つめていた。

 

「……神主よ。支度はできたか」

「うむ」

 

 いつもの剽軽な態度を微塵も見せず、神主は神妙に頷いた。

 

「行こう。ミマ様をお救いしなくては」

 

 神主の言葉に、全員が深く頷いた。

 

 歩き巫女のミマ。

 大宿直村の巫女であり、長く村を守り続け、村のために働き続けてきた偉大なる巫女。

 彼女は今、強大な怨霊に取り憑かれ、呪いの力を暴走させている。

 それを解放、あるいは封印することこそが、ここに集った彼らの使命である。

 

 ミマの命を救えるかどうかはわからない。今のミマがどれほど深刻な状況にあるのかも、まだはっきりとはしていない。

 

「……必ず、お救いしましょう。ミマ様は……ミマ様は、そうでなくてはならないのです」

 

 玉緒の言葉に、再び全員が頷いた。

 誰一人として異論はない。

 

 ミマに救いを。その想いの篝火に、全員の心は一丸となっている。

 

「ゆくぞ」

「出発するぞ」

「女子供は家を守れ」

「夜道は危険だ。転ぶなよ」

 

 その夜に出立した大宿直村の行軍は、あらゆる妖怪を容易く跳ね除けるだけの力と物量を備えていた。

 元より妖怪は不穏な気配に近付こうともしなかったが、仮に彼らへと襲いかかったところで、数秒も持ちはしないだろう。それほど常軌を逸した戦力を揃えていたのだ。

 

 

 

「凶星へ立ち向かう人の子らよ。進むのならば、力を貸してやろう。お前達の力は今、未来のために開かれる」

 

 旅立った退魔師たちを遠目に見ていたとある秘神は、彼らにさらなる力を授けた。

 本人が持つ力を最大限に発揮する神力を背後に焚べ、後押しとする。

 

 摩多羅(またら) 隠岐奈(おきな)。彼女は大宿直村の力を調節するために存在する賢者の一人であり、今回に限っては八雲紫の全面的な協力者でもあった。

 

「助かるわ、隠岐奈」

「なに、別に良いのよ。……私にとっても、“あれ”を放置するのは危険だから」

「それは星を司る者としての危機感かしら?」

 

 隠岐奈は答えなかったが、沈黙は大部分を物語っていた。

 

 彼女が神として司っている概念は数多くある。地母神、養蚕、能楽、被差別民、そして星としての神。

 

 緑の火焔を立ち上らせるかの存在は、強烈な星の呪いを身にまとっていた。

 それはここで留まるならばいざしらず、この地を溢れ出せば強い凶星としての格を持つことになるだろう。

 ミマをここで止めなくては、隠岐奈の司るものの一つが決して小さくはない“祟り”を帯びるかもしれない。それは己の存在を、よくも悪くも歪める要因の一つとなる。

 

 普通の人間が引き起こした事故であれば大きな変化は生まれない。

 しかし時として彼女の存在は、ある一人の人間によって大きく変化することもある。被差別民、養蚕、能楽といった三種の神格はその強くわかりやすい現れだ。

 もしも今の己に、怨霊化したミマという存在が割り入ったならば……どんな変容が生まれるかは予想もできない。少なくともいい方向には変わらないだろう。

 

「こればかりは、人間になんとかしてもらわねば困る」

 

 故に、隠岐奈は人に力を貸すことに何らためらうことはなかった。

 

「静木……お前の作った陰陽玉は信頼に値するが……できることならば、お前に来てもらいたいよ。責任を取ってもらう意味でもね……」

「……? 隠岐奈、今何か?」

「いーえ、なんでも……」

 

 ここには居ない魔道具職人の姿を思い浮かべ、隠岐奈はやるせないため息を付いた。

 

 

 

 嫉妬の炎に燃える大悪霊。

 進軍を初めた退魔師の軍団。

 戦いを遠くから見守る神と妖魔たち。

 

 刻一刻と、運命の瞬間は近付いている。

 

 一方で、彼らとは異なる世界……魔界においても、大きな流れが生まれつつあった。

 

 

 

「ほう……“魔法クイズ魔界一決定戦”……か。面白い……」

 

 パンフレットを手にした偉大なる魔法使いは、闇の眼窩を青白く輝かせ、ほくそ笑んだ。

 

 


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