宴は今までにない時間続き、ほとんどの者が翌朝にやっと目を覚ます有様であった。
老若男女問わず、誰もが酔い潰れて倒れている。
年端もいかない子供ですら、結局有り余った酒にひっそりと手を出したために、大人同様に出来上がっていた。
普段、彼らはもっと警戒心の強い人々である。昨日が特別だっただけだ。
人生で味わったことのない贅を尽くした料理と美酒に酔えば、それも無理のないことであろう。
「うぐぐ……頭痛い……」
最も早く夜明け前に目が覚めた明羅だけは、どうにか朦朧とした頭を抱えながらも警備を務めていた。
自分がやらなければ他がいない。そう思えば、一人寒空の下で皆が起きるのを待ちぼうけるのも辛くはなかった。
「あぅう……痛いです……クラクラしますぅ……」
「ぬおお……よ、酔いが……まだ残っておる……」
玉緒は不慣れな飲酒で完全にグロッキー。
神主も昨日は主役だったためか次々に酒を注がれ、あえなく轟沈した。
目が覚めるとありったけの衣類が酔い倒れた者たちに掛けられており、凍死しないように最低限の気遣いがなされている。
篝火もギリギリ保ったようだが、薪は冬用の備えであった。昨夜からずっと燃やし続けていたのであれば、また集め直す必要があるだろう。
「……“明朗な感覚”ぅ……」
ミマは二日酔いにやられた頭をどうにかするため、気が進まないながらも魔法に頼ることにした。
自身の意識を保ち、健全な状態を構築する特殊な魔法である。しかし全身からアルコールが消え去る類のものではなかったので、ちぐはぐな不快感はしっかりと残っている。
それでも頭は回り始めた。
「えっと……」
周囲にはまだ眠りこけている男連中がいる。
起きている者も、立ち上がるのも億劫そうであったりとあまり芳しい様子ではない。玉緒もその一人であった。
「玉緒ー、大丈夫かい?」
「だ、だめです……」
玉緒は身体が小さいこともあってか、すぐに酔いが回るようだった。
そして彼女の角こそ鬼のようであるが、近縁種というわけでもないらしい。玉緒は人並みに重い二日酔いに悩まされている最中であった。
「“明朗な感覚”」
「……うう……あ、ありがとうございますミマ様……頭だけは、ちょっと良くなりました……」
「よしよし。……いや、昨日は凄かったからね。仕方ないよ、あれは」
「ごめんなさい。昨日は、つい……」
慎ましい玉緒ですら、昨日は浴びるほど酒を飲んでいた。
澄んだ甘い酒には、それほどの魔力があったのである。
「明羅が明け方からずっと結界の見張りしてるんだ。そろそろ代わってやろう」
「えっ、そ、そうだったのですか。申し訳ないことを……! すぐに行きます!」
「ああ、そうだね。謝んなきゃ……」
明羅も自分から酒を飲んだクチだが、背中を押したのはミマだ。
言い出しっぺとして、少しは申し訳ないと思っている。
今日は村人たちが元に復調するまで、じっくりと身体を休める一日になりそうだった。
「あれ」
「……? ミマ様?どうかされましたか?」
「いや。玉緒、赤い宝玉はどうしたのさ」
「え? ……あれ?」
玉緒は周囲を見回した。
が、赤い球体はどこにもない。普段から自分のそばに置き、連れ添っているはずの……今や自分の故郷に縁のある唯一の宝玉が、忽然と姿を消していたのだ。
「ど、どこに!? ミマ様、あわ、ああっ、宝玉が消えました!」
「落ち着きな。……誰かが持ち去ったか? なんて考えたくもないが……玉緒、心当たりとかは?」
「えと、えと、昨日はお酒を飲んで、ええとー……うーん……あら……?」
玉緒がばたばたと慌てながら悩んでいると、彼女の袖口からハラリと小さな紙切れがこぼれ落ちた。
「ん? なんだいそれ」
「……えっと……何か書いてあります。……“赤化水銀の球体、材料としてお借りしました。本殿に置いてあります”」
「……この無駄に美しい文字」
静木が書いたメモに間違いはなかった。
そして、名称が正しいかどうかはともかく、赤化水銀の球体というのが玉緒の宝玉であることは間違いない。
しかしそれを材料だとか、本殿に置いてあるだとかはいまいちよくわからなかった。
「材料って、どういうことでしょう?」
「……あ」
ミマはそこではたと思い出した。
昨夜何があったのか。酔いつぶれる寸前、自分が、自分たちが何をしていたのか。
――やってくれるかい? 魔道具職人、静木さん
酔っぱらいたちが揃いも揃って、一人の職人を囃し立て、煽て……その気にさせた。
材料とはまさか、そのことでは……。
「おーい大変だ! みんな、本殿にきてくれェ!」
思い悩んでいると、神社の奥から男の声が聞こえてきた。
……嫌な予感がする。悲しいことに、ミマの嫌な予感はとてつもなく的中率が良かった。
「……いこう、玉緒」
「はいっ!」
一抹の不安を胸に、二人は本殿へと駆けてゆく。
拝殿を回ってみると、そこにはもう既に何人かの村人が集まっており、何かを囲んでいる様子であった。
「これは一体……」
「美しい、が……しかしこれは……」
「……駄目だ、俺には触れねえ。びりっとなって弾かれちまう……」
「おーいどいたどいた、どうしたんだい一体、この騒ぎはさ」
ミマが駆け寄ると、男たちは“来てくれたか”とでも言いたげな笑顔を浮かべた。
「良かった、ミマ様だ。ミマ様、本殿を拝んでみたらよ……何か変なものが置いてあったんだが……」
「変なものォ?」
「見てもらったほうがはええよぅ。ほら、これ……」
男たちが視界を譲ると、それは明らかとなった。
それは、本殿の前に無造作に置かれた球体であった。
片側は朱く、もう片方は骨のように白い。
大きさは、玉緒が扱っていた球体とほとんど同じくらいであろうか。
「これは……」
立体化した太極図。
本殿に鎮座していたのは、紅白色をした不思議な陰陽玉であった。