東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 難航。その一言に尽きた。

 

 月を追っているのだから、魔力が尽きることは無い。燃料切れで宇宙を彷徨う、ということにはならなかったのだが、少々計算が甘かったらしい。

 傾斜。自転。月の公転。考えるべき点はいくらでもある。

 

 もっと入念に月時計を観察しながら、出発位置を吟味すれば良かった……。

 

 

 

 

「やっとついたかぁ」

 

 結局、到着したのは二十日後だった。

 遠回りしたり、月を追いかけたり、諦めて逆側から行くことにしたり、そのせいで月の魔力ではなく星々の魔力を使うことになったり……当初の予定は原型も残らなかった。

 とはいえ、なんとか月に到着できたので、良いとしよう。着陸の際にも“浮遊”が上手く勢いを殺してくれたので、クレーターを増やすなんてことも無くて何よりである。

 

 少々遅れたが、月に着いた。それは良い。

 宇宙綺麗。地球綺麗。それも良い。

 それは良いんだけど……。

 

「……なんで海があるの?」

 

 現代では月の表面に浮かぶ黒っぽい玄武岩の模様を、“静かの海”など様々な“海”と例えて表現するが、それは岩であるので、当然本物の海などではない。

 実際、アポロが着陸したという場所は“静かの海”であったのだし。

 

 ……そう、水を湛える海などではない、はずだったんだけど。

 

「海だ」

 

 白の浜辺にて、足元の水を枯れた手で掬うと、細い指のせいでどぼどぼと溢れ落ちる。

 

 なんと、海である。

 これは比喩ではない。月に降りてみると、黒っぽい模様は実際に“海”だったのだ。

 

「うそーん」

 

 うそーんである。そうとしか言えなかった。なんで海あるんよ。おかしいでしょ。岩じゃないのかよ。

 えー。アポロは本当は月に着陸してなかったとか、陰謀説とかそういうのはよく耳にするけどもさ。月に行ってないばかりか、月がどうなっていたのかまで全部適当だったってこと?

 誰だよ玄武岩とか言ったやつ。大法螺吹きめ。

 

「……生物は……さすがにいないか」

 

 月の海をじっと観察し、おそるおそると中へ入ってもみるが、生物のようなものはいないらしい。

 もしかして月特有の生物でもいるんじゃないかと思ったけど、残念。微生物もいないみたい。水質は、とても綺麗なんだけど。

 

 しかし、海とは……意外や意外。

 荒涼とした大地に思いっきり足跡をつけたり、静かの海に先んじて旭日旗を立てたり、はたまた恐怖の大王の予言の一節を刻んで人類を恐怖のどん底に落としたり……色々と考えていた悪戯はあったのだが、その悪巧みが全て吹き飛ぶようなインパクトである。

 

 生物はいない。

 しかし、海はある。

 

「うーん……第二の地球……いや、良くないよな」

 

 一瞬、この月を第二の地球として、緑化したり生物を輸入したりと、色々と考えてもみたのだが、そう上手く事が運ぶとは思えない。

 それに、月の表面を下手にいじると、真っ白な反射力の高い土地が減り、地球から月光が減る危険がある。

 月は地球にとって、切っても切れない重要な天体だ。

 表面の白さひとつとっても、安易に手出しはできなかった。

 

「仕方ない、月の石だけ拾って帰ろう……」

 

 ともあれ、月の表面がどうなっているのかは、よーくわかった。

 模様が違っているのは、そもそも表面が全く違っていたからなんだね。

 

 ……でも将来には、月の表面にはウサギの模様が実際にできてるんだよなぁ。

 それは双眼鏡くらいのものでもわかることなので、間違いない。ってことは、これからの未来、月の表側が大きく変わるほどの衝突でも起こるのだろうか?

 

 まさか実際に、月で兎が餅つきするなんてことはあるまい。

 

「……ちょっと気になるし、今度転移用のマジックアイテムを設置しようかな」

 

 月には何もないけど、地球から最も近い天体であることには違いない。

 魔力も十分に満ちているし、何か私なりの用途は残っているかも。

 

 セーブポイントを作る意味で、私は再び月に訪れることを決意したのだった。


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