東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 アマノの無尽蔵な魔力のおかげで、竜骨の塔内部の転移機構は使い放題だ。

 これからはいつでも何度でも、魔界と地球を行き来できるだろう。

 動物の運搬はかなりの魔力を消費するので、魔界への生物輸入は辛いものであったが、これからはそんな労力も減るということだ。

 アマノに頼んで恐竜を誘導してもらえば、塔に運びこむ事だってスムーズにいくだろう。

 

 想像以上の収穫に、私はホクホク顔(ミイラ顔)で魔界に戻ってきて、さっそく神綺に報告したのだった。

 

「へぇー、建物が神になったんですか」

「驚いたよ。いつの間にか大きくなってたしね」

 

 魔界への帰還は、およそ一ヶ月。

 その間は塔内部の確認と、竜の観察。アマノの影響の調査をじっくりと行っていた。

 

 とはいえ、私が地球に行くと何年も戻らないことがザラだったので、神綺は油断していたのだろう。

 私が魔界に戻ってきた時、彼女は下半身を宙に高く浮かせた状態でドラゴンに頬ずりしている真っ最中だった。

 

 だから何だっていうと、何でもない。ただ神綺の恥ずかしいことを公にしたかっただけです。

 

「それじゃあ、そのアマノという神も、いつかこっちに?」

「いや、アマノは……どうだろうなぁ」

 

 神綺の考えは基本的に魔界優先だ。

 しかし、彼女は何年も魔界の住人を待ち望んでいたのだ。それも無理らしからぬことだろう。

 

 とはいえ、アマノをこちら側へ転移させるのは、非常に難しいことだと、私は考えている。

 

 なにせあの規模の塔だ。

 信仰の力によって魔力は有り余るほど残っていても、あれほどの巨大なものを転移させた経験は、私にはない。

 それに、信者たる恐竜たちのこともある。アマノは博愛主義ではないものの、さすがに自分の信者を見捨ててこちらに来る可能性は、ほとんど無いに等しかった。

 実際、私が地球を見て回った一ヶ月の間に、アマノに魔界や神綺の話をしたこともあったのだが、反応は薄かった。

 “ああそう、ふーん、すごいわね”。そんな感じ。事実そうなのだが、他人事である。

 神綺っていう人がいてねー、なんて私が友達紹介をしても、“こっちに来れたらお話したいわね”とか言っていた。アマノが魔界へ行くという発想は、これっぽっちも無いらしい。

 

 なら、アマノのご希望通りに神綺が地球に行けばいいじゃないかと思われるかもしれないが、それも別の意味で難しいだろう。

 神綺は魔界で生まれ、魔界のために存在する神だ。

 前にも彼女を地球へ誘ったことがあるのだが、“ここから離れると良くない気がします”と断られたことがある。それは外界が嫌というよりも、実際にこの世界や、神綺自身の存在を危惧しているようだった。

 それに、神が持ち場を離れて異世界へ行くというのは、それだけで確かに、不吉な予感は感じられる。

 

 アマノも神綺も神様だ。そう簡単には動けない。二人が対面するのは、ものすごく難しそうだ。

 

 ていうか、私の出会う相手はことごとく神様だなぁ……人類まだなのかな。

 むしろ哺乳類どこにいるんだよ。それっぽいちっこいのは見かけたけど、本当にこいつらしかいないのかな。そこからの進化となると、まだまだ先が見えないぞ。

 

 

 

 

「“眺望遠”」

 

 私は竜骨の塔の最上部に立ち、月魔術を基本とした遠視魔術を発動させた。

 光を歪ませる巨大な円形空間が何層にも形成され、宙に浮かぶ。

 

 これは、かつて開発した“望遠”の上位魔術だ。

 せっかく巨大なアマノという塔があるのだから、そこから地上の景色をじっくりと眺めたい。

 だから、より遠くを見渡せる魔術を作りたい。ある意味、当然の成り行きで強化された魔術だった。

 

『それで遠くが見られるのね。“新月の書”はまだ途中までしか開けないけど、その魔術は書いてなかったわ』

「そりゃあ、まだ本に書いてない魔術だからね」

『あら、そうだったの』

 

 追加される魔術は多いけれど、月魔術は特に、入れ替わりや追加が激しいのだ。

 その気になれば数十年ごとに書き加えていけるけど、何度も修正するのは面倒くさいので、数千年に一度、いっぺんに改稿作業を行っている。

 

「おー、やっぱり良く見える」

 

 アマノの上から見下ろすパンゲアは、やはり広大だ。

 性能の良い望遠の魔術は、豊かに茂る植物も、大地を歩く恐竜たちも、その姿をくっきりと映し込んでいる。

 更に倍率を上げれば、葉や鱗の枚数までも数えられそうである。

 

『どう? ライオネル。新術とやらの性能は』

「我ながら、素晴らしい出来かな」

『……あなたって、魔術のことになると、結構偉そうよね』

 

 地上での生活中は、有り余る時間を使って、アマノとの交友を深めている。

 彼女は私の本の影響を受け、それなりに魔術に対して理解がある。なので、魔術好きなこちらとしては、神綺とはまた別の、絶好の話し相手なのだ。

 アマノもアマノで、言語を介するコミュニケーションは、“それなりに”楽しいらしい。

 “それなり”って……まぁ、いいけどさ。

 

「私は、魔術に関しては一切の妥協をしないのだよ」

『はぁ……』

 

 こうして他人と魔術について語らうのは、永く生きながらにして初めての経験である。

 アマノはまだまだ、私の知識と比べれば入門生といったところだったが、それでも彼女との会話の中で、新たな発見をすることも多い。

 一方的に教えていくだけだろうと考えていた私の誤算であったが、得られるものは多く、そういった意味でも、私はアマノに感謝していた。

 

『ところでライオネルのその魔術……』

「“眺望遠”?」

『そうそれ。それを使って空を見ると、どうなるのよ』

「空……」

 

 空と言われて、ハッとした。

 

 私のこの魔術って、既にほとんど宇宙望遠鏡みたいなものじゃないか。

 考えてみれば、どうしてこの術で空を見上げなかったのだろう。“望遠”では何度も夜空の観察をしていたというのに。

 いくら“月時計”がほとんど完成しているからといって、星々のおおよその位置と運行を知っているからといって、それで宇宙が完結したわけではないのだ。

 

「……そうだね。今夜でも、夜空を見上げてみようかな」

『今じゃないのね』

 

 今は昼だからね。

 それはそれで、オツかもしれないけども。

 

 


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