東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 やはり、地球は壮絶な環境に置かれていたらしい。

 地上にいた数多の生物は倒れ、植物は枯れた。

 激しい淘汰にあったのだと、アマノは言う。

 

 永きに渡って、滅びの時代は続いた。

 不毛の大地はどこまでも続き、地上の生物たちは残された者達と食料を奪い合い、殺しあった。

 食い繋ぎ、水を求め、息を求め、戦い、そしてさすらう。

 何代にも渡って繰り返される、過酷な絶滅期。

 

 そんな中、地上の生物が見上げるのは、決まって竜骨の塔であった。

 

 決して崩れることのない、骨の格子と土塗りの巨塔。

 それはあらゆる風を、揺れを、土砂でさえも防ぎ、その場所で佇み続ける。

 

 竜骨の塔は時に、強い日差しから生物を守るための日陰となり、時に、表面を覆う凍土によって、生物たちに命の涼を与えた。

 塔は、そこに佇み続ける力強さの余波によって、外側の生物の救いにさえもなっていたのである。

 

 次第に、塔の下に様々な生物が集まってくるのは、半ば必然であった。

 生物は塔に寄り添い、塔と共に過ごし、塔によって生かされ続けた。

 

 塔はあらゆる生物の命の源となり、原初の親となる。

 

 

 

 塔は崇められ……そして神として覚醒した塔、アマノは、魔導書の力によって強い自我を獲得し、“生き延びたい”という数多の生物らの願いを、叶えるようになったのである。

 

 

 

『もちろん、全ての命が救えるわけじゃない。不運な事故によって命を失う者も、沢山いるわ』

 

 竜骨の塔の外。

 塔から数キロ離れた場所であっても、アマノの声はここまで届いてくる。

 驚くべきことに、彼女はだいたい、三百キロメートル程までの姿や音を知覚できるのだとか。

 つまり、彼女は直径にして六百キロメートルもの距離を、面積にして二十八万二千七百四十三平方キロメートルもの範囲をカバーできることになる。わけわからん。

 

 彼女の範囲内にいれば、私のつぶやき声も彼女は拾えるようで、会話には全く苦労しない。

 むしろ彼女の手中にいる気がして、ちょっと怖いくらいだ。

 

『そういう時は、肉食の彼らを動員して、その命を戴くことにしてるの』

「ほー、動員するんだ。ていうか、できるんだ」

『ええ。彼らは、私の言うことには従順に従ってくれるからね。皆、私の声を聞くことで長生きできることを、本能的にわかっているのよ』

 

 私の目の前を、大きな草食恐竜達が群れを成して横切ってゆく。

 多少こちらを警戒しているものの、私が小さいために侮っているのか、神の庇護下にある安心感に包まれているのかは定かでないが、彼らは特に気に止めず、真っ直ぐに歩いて行った。

 

 

 

 長寿を願う彼らは、肉食であれ草食であれ、等しくアマノの信仰者だ。

 彼らは自らの天寿を全うすることを望み、アマノの“信託”を受けて行動する。

 アマノの誘導によって彼らは食に恵まれ、寝床に恵まれ、子孫を繁栄させる。

 

 特に繁栄が著しいのは草食竜達であり、肉食獣から逃れられる信託を受ける彼らは、豊富な食料を食みながら、次々に数を増やしてゆく。

 地上に栄える植物は、アマノの神力によってより良く成長し、実りに恵まれる。アマノの影響下に限られるものの、草食竜達が爆発的に数を増やすには十分な広範囲である。

 肉食竜はそうして膨大に増えた草食竜達の大きな――死期の近い――個体を食すことで、命を永らえるのだ。

 

「お、本当だ。口にくわえてる」

 

 草食竜に、肉食竜。

 アマノの信託によって、通常よりも遥かに長い命を得た彼らは、ひとつの使命を与えられる。

 

 それこそが“竜骨”の献上だ。

 

 全ての竜は、アマノの信託を聞くごとに、ひとつの竜骨を運ぶことを義務付けられる。

 骨はより巨大なものこそがより良いとされ、竜は同胞の遺骸を見つけては、その中の大きな骨を競うように抜き取って、竜骨の塔へと運んでゆく。

 

 今も私の目の前を、キリンよりも大きな恐竜が太い腿骨を口にくわえ、のしのしと塔へ向かって歩いている最中だ。

 

『彼らが私を助け、私が彼らに繁栄を約束する。私がより高く伸びる度に、私の支配圏は広がる』

「すごいな。時間をかければ、パンゲア全域をアマノの力で満たせるんじゃないか」

『パンゲアって何よ?』

「ああ、ええっと……この大陸だよ」

『ふうん、パンゲアっていうの。まぁ不可能じゃないかもね……けど、段々とこの陸地も離れていってるから、そうもいかなくなるかもしれないわ』

 

 ああ、そうだった。

 超大陸パンゲアは今でこそひとつにまとまっているが、時と共に分裂し、それぞれの大陸となってしまう。

 距離が離れ、アマノと陸続きになれなければ、その竜達は骨を運べずに、恩恵が途切れてしまうだろう。

 

『まぁ、自然のことだから、その時は仕方ないわよ。それでも、出来る限り皆を助けてあげたいって思ってるけどね』

「……アマノは、恐竜達が好きなんだな」

『もちろん。私を信じてくれる者達であり、家族なんだから』

 

 アマノは、人間の信者がいなくとも、立派な神様だった。

 

 ジュラ紀。パンゲアの一部は彼女の力によって、恐竜達の楽園を形成している。

 

 

 


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