竜骨の塔の増築された部分は、はっきり言って粗雑なものだと言わざるを得なかった。
私が作ったわけではないのでそれも当然のことだったが、しかし逆に、私と神綺以外の者が手がけたという事実には、改めて驚かされる。
雑と言っても、それはあくまで建築強度や美的観点で見た場合の話。骨を魔力的に溶着させる接合法は踏襲されており、眺めてみれば、節々に私の建築技術の模倣が見て取れた。
『まあ、自分の身体だし。私も綺麗に作りたかったんだけどね。あなたほどのセンスがなかったって事かしら』
「……いや」
最上部まで上がると、そこは四千メートル級の頂。
この場所には、四体ほどの土製ゴーレム、ロードエメスが控えており、骨材を抱えたまま待機している。
超大陸パンゲアを魔力無しに一望できる、太古の建築物。
人の手ですら容易には届かない、巨大な塔。
「すごく、良いと思う」
『ふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ』
「お世辞じゃない」
……それにしても、なんだかやり辛い性格してるなぁ、この
悪いってわけじゃないんだけど……私が話す相手といえば、温厚な神綺だけだったから、ちょっと新鮮な気分。
「ああ、これか……」
私は塔を降り、今や全体で見れば低い位置にある自分の研究階に戻ってきた。
そこには、以前私がやり終えたままの研究の跡が残されており、いくらか名残が見て取れた。
解体した恐竜の肉などは既に無かったが、骨壷や骨板などはそのままである。
そして何より、開きっぱなしの“慧智の書”も。
『私は彼ら……恐竜達によって神格化され、身体に自我を宿したわ。けど、それだけだったらきっと、こうして話すことも出来なかったんでしょうね』
「……かもしれない」
私が女神と対峙した時には、会話がこれっぽっちも成立しなかった。
ただ生まれただけの神では、言語能力も低くなるのかもしれない。それは信者の影響なのか、信者の数の影響なのか、私にはわからないけれど。
対して、竜骨の塔の神は言葉を巧みに操っている。
それは紛れも無く、開きっぱなしにされていた“慧智の書”が原因だろう。
書き直しの途中だったこれを回収し忘れるというミスのために、塔の神は“慧智の書”の影響を受け、言語を操るまでの域に達したのだ。
『それに意識を向けていると、なんかすっごく調子が悪くなるのよねぇ』
「申し訳ない」
『まぁ、いいのよ。最初のうちだけだったから。意識を向け続けていくうちに、段々と理解できるようになったしね』
塔が本を見るなんて予想外にも程があるから、私が謝るっていうのもどこかおかしい話ではあるけれど、一応謝っておいた。
向こうも向こうで、のんきなのか、あまり気にしていない様子だ。
『それに、こういう本がないと暇だったから。色々なものを作ってくれたあなたには感謝してるわ』
「色々」
『こういうやつよ』
その時、私の肩がトントンと叩かれた。
振り向くと、そこには一体のロードエメスが。
……さっきも思ってたけど、建築役として働いてくれた彼らも、すっかり塔の神によって操られているらしい。
自分の従業員を引き抜かれる気分って、こんな感じなのかな。
「って、これ」
『そう、本よ』
ロードエメスは、腕に二冊ほどの本を抱えていた。
どちらも私の造った魔導書であることは、言うまでもない。
『ここには無いけど、他にもあと三冊くらいあるわね。読み応えがあるから、ついつい下僕の竜達を狩りだして、探させちゃったわ』
「おおお……」
ロードエメスが持っていた魔導書は、“口伝の書”と“星界の書”。
まさか私の書いた魔導書を最初に読むのが、建築物になろうとは……。
しかも、他の巻を信者に探させるほどの熱烈的な読者……。
『どれも一筋縄ではいかなかったけどね。そこに書いてあるライオネル・ブラックモアってあなたの名前でしょ?』
「うむ」
『じゃあ、これからライオネルって呼んでも良いわよね?』
「も、もちろん!」
やだ、なんかファンができたみたいで嬉しい。
『また会えて嬉しいわ、ライオネル。といっても、ほとんど初対面なんだけどさ』
「私も嬉しいよ。まさか喋ることになるとは想像してなかったけど。ええと……」
当然ながら、私は彼女の名前など決めていない。
竜骨の塔。そう呼んではいる。しかしそれは、ひとつの自我を持った相手に使うには、少々生気が足りないように思えた。
「……ええと、さすがに塔っていう呼び方は不便な気がするから、私の方から名前を付けても良いかな」
『私に、名前?』
「うん、よければだけど……」
『嬉しい。名前って、私だけのものでしょう?』
塔の神の声は、少女のように弾んでいた。
『なんでもいいわ、あなたが付けてくれるなら』
「よし、じゃあ……何か、いい名前にしないと……」
神綺もそうだったけど、名前っていうのはそれほど重要なものなのだろうか。
私は適当にアーティストから取っちゃったんだけどな。
……名前。
私は塔の神に名付けるため、考えを巡らせる。
辺りを見回せば、どこも骨、骨、骨。塔の素材全てが恐竜の骨なのだから、当然であった。
ほねこさん。さすがに人間時代に絶望的と言われた私のネーミングセンスでも、それは有り得ない。
考えあぐねて、真上を見上げる。
中央の空洞を通して、塔はどこまでも上へと続いていた。
富士山よりも高く、天を衝き、どこまでも。
「……アマノっていうのはどうかな」
『アマノ』
高貴で、神々しい存在。高みにある存在。
私が思い浮かべた名前は、そんなニュアンスから生まれたものだった。
『アマノ、うん……良いわね。ありがたく貰っておくわ、ライオネル』
「どういたしまして、アマノ」
竜骨の塔の神、アマノ。
それが、私が地球上で長い時間を共にする、アマノとの最初の出会いだった。