東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 出来合いの品を店先に置いておくという習慣は、この時代まだあまり発達していない。

 在庫は常に盗まれる危険を帯びるからだ。まだまだ治安のよろしくないこの時代において、あらゆる商品が鍵のついた倉庫に収められることは無いのである。

 基本は受注生産となる。そしてそれが華美で緻密であるほどに、要する時間を増す。

 

 目利きといったが、しかしそれは少々甘い判断であったようだ。

 確かに今現在の仏教フィーバーしている日本において仏具はそこそこメジャーなアイテムではあれども、供物台というものは各家庭に置かれるようなものではないし、仏具の中でもわりと希少な存在であるらしかった。

 仏具を扱う商人はいくらか在庫を持っていたものの、それは一つや二つのみ。しかもそれらはデザインが同じで、贈り物とするには少々地味そうに見えた。

 

 うーむ。自作したい。自作してさっさと終わらせたい。

 私が作ればまず間違いなく完璧な供物台とやらは仕上がるだろう。

 しかし、これは現地の品ということに意味がある。

 せっかく日本仏教のお膝元まできたんだ。それにはネームバリューだってあるし、宗教においてはそういったブランドが箔になることもある。

 何より私が作ると絶対に凝ってしまうだろう。となると、あの寺に置いておくには少々以上に浮いてしまうだろう。

 

「この器の部分は、こう。この形で。色のサンプルはこれ。それで……」

「注文の多い爺さんだねえ全く……」

 

 何をどう言われようとも、現地で真心こめて作ってもらう必要があるのだから仕方ない。

 対価として丁度いい切り出し刀をくれてやったのだ。この時代における高級品なのだ。受け取った分は働いてもらうぞ。

 

 

 

 さて、発注はしたので、あとは完成を待つばかりである。

 出来合いのものを微調整して数日かかるらしく、その間私は奈良の大仏とやらを拝むことに決めた。

 で、東大寺にきたわけなのだが。

 

「なんか、思ってたより微妙だ」

 

 東大寺の境内は、なんというか思っていたよりも綺麗な感じではなかった。

 間違いなく今は仏教勢力が強いはずなんだけども、信貴山で見た寺よりもずっと荒れているというか、思っていたより綺麗ではない。どことなく物品の管理を長年さぼったまま交換していないような古めかしさがある。

 掃除はされていることはされているが、最低限目につくところだけ。ちょっと奥まった場所を見ると、あらまあという物が見えちゃったりする感じだ。

 私もあまり片付けができる人間というわけでもないのだが、ちょっとだらしない空間である。

 

 まあいいや。

 別に境内は後々、現代になればかなり綺麗になるしね。それよりは大仏を見よう、大仏。

 

 だだっ広い境内を歩き、大きな建物目指して進んでゆく。

 大仏がある場所だ。それは当然、広く高い建造物になるのだろう。そんなふわっとした考えに沿って進んでみれば、実際にその下手な理屈は当たっていたようである。

 

「ほーん」

 

 大仏だ。金箔で装飾された綺麗な大仏である。

 原始的な工法のみで作成された、日本の巨大モニュメント。

 それはまだまだ粗の目立つものではあったが、念入りに工夫が凝らされた素晴らしいものであることに疑いようはなかった。

 むしろこれは、ある種の偏執的なまでの努力と微調整による、追求と洗練の果てには成し得ない形状ですらある。

 

 最奥にまで行きつくことのない閉塞した樹形図の完成形。

 集積知と受け継がれた手癖による頑迷の結晶……。

 

 うむ、味がある。まさにその通りだな。クベーラの言う通りだ。

 でも私はわかっていたのだ。人間はこうして、寄り集まることによって、力を発揮するものなのだと。

 一つの目的に邁進したとき、主導された時、人はかくも虱潰しに答えを見つけ出し、作り上げてしまう。

 

 まぁ、大仏の見どころなんてものは私も専門家ではないしわからないけれども、彫刻をやっていた身だ。造型に関してはそこらの人よりもずっとうるさいし、自信がある。

 けどこういうのは、比べるものではない。だからこそ味わいがあるのだ。

 

 静けさを感じる顔。

 どっしりとした首。

 女性のように柔らかそうな肩。

 神秘的に身を流れる衣。

 そしてその膝で眠りこける尼。

 

 ……うん? なんだそれは。

 

「すぅ……すぅ……」

「あるぇー」

 

 なんかへんなものが大仏の足元に転がっておるなーと思ってよく見てみたら、それは眠りこけた人であった。

 見たところ、そこそこ歳のいった中年の女性のようである。

 旅装束に、白い簡素な頭巾を被った尼さんだ。仏教関係者ではあるようには見えるが、やや薄汚れた旅装束からしてこの寺社に仕える身には見えない。

 かといって雇われ人の掃除のおばちゃんということもないだろう。だとしたらもうちょっと境内の掃除をちゃんとやってほしいものである。

 

 まあそんなことはさておき。歳がいってるとはいえ、女性は女性だ。

 この世紀末、こんなところで寝られては、私としてはあまりにも落ち着かない。

 

「おーい、尼さんやーい」

「んー……うーん……」

 

 肩を揺さぶってやると、尼さんは鬱陶しそうに唸った。

 

「おーい、お客さん終点ですよー」

「いやぁー……」

「起きて下さーい」

「んー……ん、んん……?」

 

 根気よく優しく声掛けを続けたおかげか、尼さんはようやく目を開けた。

 ぼーっとした顔で辺りを見回し、仮面を付けた私の方を見て、最後に傍らにそびえる大仏を見ると、そこでようやくハッとした顔になってくれた。

 

「わ、私ったらまあ。こんな場所で寝てしまうなんて」

「おはよう。あんまり御婦人が無防備なところで寝るものじゃないよ」

「起こしてくれたのですね。ありがとうございます。みっともない姿を……」

「いやいや。まあ、お疲れだったのでしょ」

「あはは……ええ。少し、気が緩んでしまったみたいでして。ありがとうございます」

 

 ペコペコと頭を下げて謝る尼さんは、礼儀正しく気立ての良い人のようであった。

 しっかりハキハキとした口調で喋る彼女の顔を見ると、眠っていたときほどの歳は感じられない。この時代の老けやすい人にしては、かなり活力に満ちた女性であるように思えた。

 

「これほど立派な大仏様は、なかなか見られるものではありませんでしたから。見上げているうちに厳かな気配にあてられてしまったのか、くらりときてしまったのかもしれません」

「ふむ……まぁ、信仰の魔力を帯びている魔道具のようなものだし、そういうこともあるかもしれないね」

「魔力? はあ、よくわかりませんが……そうですね。仏様を眺めていると、不思議な力を感じることはありました」

「ふむ」

 

 尼さんは床に落ちていた織物や荷物を拾い上げて背に結び直し、もう一度高い大仏を見上げる。

 その瞳は純粋に、きらきらと光っているように見えた。

 

「……無謀な旅立ちではありましたが、無事にここまで来れて良かったです」

 

 東大寺。

 現代であれば新幹線やら鉄道で簡単にアクセスできる観光地ではあれど、交通網が脆弱なこの時代において、聖地を巡礼するという行為は非常に危険なものであるのだった。

 

 しかしわざわざ遠くからやってきて、整備不良の境内を見せられるというのもちょっと嫌になるな。

 どこが管理してるのか知らないけれども、ちゃんと整備してやってほしいものだ。

 

 


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