東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 そういうわけで、人受けする“力強さ”について学ぶため、私は鬼を探す旅に出かけることにした。

 旅支度をする間はずっと命蓮から白い目で見られていたような気がしなくもないが、鬼とやらの強さから学ぶものはきっと多いに違いない。命蓮が常識であるかのように言うほどなのだ。鬼の強さはそれだけこの時代において絶対的なもので、ある種のトレンドになっているのだろう。

 ならばトレンドを真似するのみだ。

 

「じゃ、行ってきます」

「おう。あまり荒事は起こさんようになー」

「大丈夫大丈夫。命蓮がボケたりしないうちにさっさと戻ってくるから」

「おうおう」

「じゃまた」

「おーう。あ、戻ってくる時に土産物頼むなー」

「はいはい」

 

 鬼を探す旅が始まった。

 

 

 

 さて、鬼はどこにいるのだろうか。

 私は山を降りてえっちらおっちら歩きつつ、人づてに聞いて回った。

 

 が、誰もそんな恐ろしい妖怪の話なんてしたがらないのか、情報収集は芳しくない。

 少なくともここ生駒にはほとんど目撃情報がないようである。

 

 しかしそれも人間相手に聞いているからであろう。

 この時代の人間は五十も生きていられない程度には短命だ。衛生面が壊滅的で、西洋医学がなく、満足な栄養も摂取できないのでは当然であろう。しかも妖怪がうじゃうじゃ。控えめに言っても地獄である。比喩的な意味で。

 だが逆を言えば、人間に害をなす妖怪は長命であるし、知能の高い種族であれば記憶も確かだろう。そういった連中に尋ねれば、きっと鬼の居場所というのもわかるはずだ。

 

 そんなわけで、私はひとまず最寄りのそこそこ頭よさそうな妖怪を探しに、適当な霊山に向けて足を伸ばしたのであるが……。

 

 

 

「なんで俺に訊くんだ! 帰れ!」

 

 追い返されたり。

 

「奴らの居場所なんて知るものか! ワシは知らん! 知らんぞ!」

 

 ものすごい拒否されたり。

 

「ワタシ、オニ、シラナイ」

 

 あからさまにしらばっくれられたり。

 

 普段は好戦的で、呼んでもいないのにグイグイ来やがる妖怪たちが、どういうわけか鬼の話になると口を噤んでしまう。

 まるで同じ学校にいるヤベー先輩みたいな扱いである。そんなに強い影響力を盛っているというのだろうか……。

 

「まぁまぁ。そんなこと言わずに、知ってるんでしょうよ。鬼たちのいる場所」

「シシシ、シラナイデス、ハイ」

 

 ちなみに今私が詰め寄っているこの妖怪少女、今はこんなに片言で喋っているが、ついさっきまでは饒舌な日本語で私を罵倒しつつ襲ってきた奴である。

 カミキリムシか何かの妖怪だろうか。突然木の上から降ってきて噛みついてきそうだったので、適当な魔法ではっ倒してやったのだ。

 今更になって隠そうとしている辺り、なんとも頭の足りていない感じがする。弱小妖怪の一人なのだろう。まあ、おかげで聞きやすくて助かるんだけども。

 

「もう良いじゃないか、正直に話してしまえば……私もたらい回しにされるのは面倒なんだよ」

「ダ、だだだだって! 言ったら絶対にお前殺されるし! そんで私のこともばれるし! 絶対目ぇつけられるもの! 嫌よ! あいつら全然容赦ないんだから!」

「片言演技……まあいいけど。別にばらさないから。教えるだけでいいから」

「無理よ! あいつらほど残酷に痛めつける種族は他にいないもの! 絶対ばらすもの!」

 

 うーむ、話を聞く限り相当に厄介な悪事ばかりを働いているようだな、鬼の連中は……。

 しかし苦しめることに限って言えば、私もそこそこ腕に覚えがあるからなぁ。

 

「んー、じゃあ……“涙の書”」

「うわっ、なんか出た!?」

 

 私は右手に涙の書を出現させた。

 寒色主体の鮮やかな表紙は、原初の澄んだ海を思わせる。

 

「“逃れ得ぬ大いなる苦悶”」

 

 そして書物そのものに呪いを纏わり付かせておく。

 かけた魔法は当然、涙の書のもの。

 

「そ、それで殴るの!?」

「いやまさか。まぁ別にそれでもいいんだけど……」

「ぜぜ、絶対に言わない! 鬼の恨みを買うくらいなら……!」

「じゃあちょっとこの本、えっと、はい。岩の上に置いたから、人差し指でちょんと触ってみてほしい」

「ええ……? 何を企んでるの……」

「まあまあ」

 

 私は手頃な岩の上に涙の書を置き、彼女にそれを勧めた。

 既に私の魔法には抵抗できないとわかっているので、妖怪少女は訝しみながらも渋々指先を本に近づけていく。

 

「ちょんと触るだけでいいよ。一瞬ね」

「なんでこんなことを……」

 

 そう言って、少女は本に指を触れ……――その瞬間、彼女の身体が僅かに跳ねた。

 

「ぁ……」

 

 静電気でも受けたかのように反射で手を引っ込め、少女が目を見開く。

 身体は既に小刻みに震え、顔色は真っ青に変わっていた。

 

「“物真似”、頭部以外」

「……ッ!」

 

 で、この本に触れるとどうなるかを理解してもらった上で、すかさず“涙の書”の魔法によって身体を支配。

 肉体のコントロールを強制的に私とリンクさせ、私の動きに同調させる。

 

「じゃあ今からまたゆっくりと腕を下ろして、今度は本に手をべたーっとくっつけるから……」

「言いますッ! 言うからやめてッ! 全部教えるから!」

 

 少女は涙をぼろぼろとこぼしながら、必死の形相でそう決断してくれたのであった。

 うむ、これでどうにか鬼の居場所は見つかりそうだな。

 ちょっとアレな手段は使ってしまったけど、命蓮が知らぬ間に死んだり失踪していてはつまらないので仕方がない。

 

 


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