東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「ほー……石塚殿は手先が器用だな」

「うむ。長年やってるからね。まぁ、慣れればそう何十年もせずに、この程度の作業ならば早くできるさ」

「そんなものかね。私はとんと、このような作業が上手くならんもんでなあ」

 

 今、私と命蓮は小物づくりの作業に没頭していた。

 作っているものは板状の木材を紐で括り、綴った竹簡、木簡などの紙の代用品。そして筆などの筆記具である。珍しいものでは低質な紙を用いた巻物を取り扱ったりもする。

 これらは寺の内職というか仕事の一つのようなもので、寺社の収入源の一つなのだという。まぁ、自分らでもよく文字を書いたりするので、そのついででもあるのだろう。消費する側の人間は、そのメンテナンスにも自然と通ずるものなのだ。

 

「たまにだが、ここまで買いつけにくる者もいるのだ。大抵は下の、もっと大きな寺でやり取りするものだがな。私が作った物が良いとかいう、善し悪しの解らぬ物好きは時々やってくるわけよ」

「命蓮の作った物が良い、と。なるほど。ご利益がありそうに感じるのかな」

「そういうことだろうなぁ。私は大して上手くもないのだが……」

「ははは」

 

 この季節、外は長雨で、何をするにも向かない陽気である。

 寺が基本的にインドアとはいえど、生活の全てが寺という建物の中に収まっているわけでもない。野に出てすることは案外多いのだが、こういった天候に見舞われるとどうしようもないのだ。

 なので私たちはここ三日ほど、ちまちまと内職に励んでいるのだった。

 

「石塚殿は、本は良いのか。もう何日か、ずっとこの作業場にいるが」

「うん? ああ、気にしなくて良いよ。数日なんてどうということもない。改稿はいつでもできるしね」

 

 もちろん、ちょっとした空き時間では魔導書の執筆も並行して行っている。

 が、同じ書物や筆記具を扱う命蓮の習慣にも興味があったので、気まぐれにお手伝いに入っているというわけだ。

 こういうちまちました作業は、昔から結構好きだったから。

 

「ほう、そうして細かくしていくと。ふむふむ……面白いな」

「もちろん毛筆には敵わないし、耐摩耗性も低めではある。けど材料の用意が何よりも楽だし、筆致も独特で面白いから、需要がないってことは無いと思うよ」

 

 私が作って見せているのは、木の枝一本から削り、先の繊維を丁寧に解して筆状に整えたもの……木筆である。

 もちろん似たような発想はこの時代にもあるし、先を薄くした竹を使った筆記具やすり潰して墨を吸水させやすくした太い筆なんかも存在する。

 が、この木筆は製作に慣れれば毛筆に負けないほどのものを作ることも可能だ。

 毛を持った動物性の素材が手に入らない時でも十全なクオリティの筆記具になるので、覚えておいて損はないだろう。

 

 というか昔まだ毛皮を持った生物がいなかった頃の絵画はこの木筆でしか描けなかったからね。

 私にとってはむしろこっちの完全植物製の筆がメインである。

 

「ふむ、ふむ……ちと手間ではあるが、なるほどな……この工程なら満足いくものもできそうだ。ありがとう石塚殿。こいつがあれば字を教えるのも捗りそうだ」

「初心者には柳がおすすめだよ。技術が上がれば硬い材質でも梳いて調節できるから、色々やってみるといい」

「おお」

 

 命蓮は書けるものが安く調達できたのがそんなに嬉しいのか、目をキラキラさせている。

 商売にかかわることである。それがプラスの収支に傾けば、喜ぶのは当然だろう。

 だが命蓮の場合、それは金が舞い込んでくることより、寺のためというか、より少ない資金でやりくりできることに喜んでいるように見える。

 

 大きくしようとは考えない。今を変えずに、細く長く続けてゆく。

 なるほど、確かにそれは正しい清貧であるように思えた。

 

「……しかし、命蓮殿」

「ん、どうした」

 

 私は一心不乱に柳の枝を削る彼に訊ねた。

 

「その袈裟は、新しくするつもりはないのかね」

「お? これか?」

 

 命蓮は自身の着ている袈裟の裾を摘み、ぴらりと見せた。

 

 それは私が彼と出会った時からずっと着用し続けてきたもので、ありていに言って、ぼろ布であった。

 いや、ぼろ布と言うとぼろ布に失礼かもしれない。世の中の使い古した布の欠片を継ぎ足したらこんな風になるだろうなという、いかにもみすぼらしいものであったのだ。

 

 元々はそれなりに綺麗だったのだろう。

 だが命蓮の着るそれは明らかに十年近くヘビーローテーションというか単独で二十四時間残業をさせられているような、過酷な連続使用が行われているようにしか見えなかった。

 部分によっては布の繊維質がフェルトというか紙っぽくなってしまっているし……。

 

「あー……これはな。うむ。気に入っているんだよ。だましだまし、修理しながら着続けていくさ」

「一から用意した方が良いとも思えるが……まぁ、愛着っていうのはよくわからないものに宿るからなあ。気持ちはわかる」

 

 私も昔はよくわからないものに愛着を抱いたりしたものだ。

 変な形をした岩とか、植物とか……単に目印になるだけではなく、その存在そのものになんというか、精神性を感じてしまうというか。

 まぁ大体のものは火山活動や地震で跡形もなく消滅するんだけども。

 

「石塚殿の服は、似たようなものかな。均質だが、随分と使い古しているように見える」

「ああ、このローブは……そうだね。気に入っているよ」

「まさかとは思うが、それも自分で?」

「おお、よくわかったね」

「ふーむ、年の功というやつか……神魔の類はなんとも多芸なものだなぁ……」

「ははは、私は人間だよ」

「ははは、こやつめ」

 

 そんなこんなで、私は寺の経済にも多少の貢献をしつつ、日々を過ごしていたのであった。

 

 

 

 


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