東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「ハァアアリィイイイポッタァアアアアア……」

 

 掠れるような低い声が、魔界の空を響かせる。

 

「……何ですか? それ」

 

 神綺はキョトンとした顔で、首を傾げた。

 

 うん、わからないよね。ごめんね。

 でもちょっとだけやってみたかったんだ。

 

 

 

 魔界の住人育成(生成)計画の傍らで、私達二人はそれに付随した催しなどを考えていた。

 

 人が住めば、いや、人でなくても良い。とにかく。知能ある者が生活を始めれば、魔界は賑やかになるだろう。

 そうして賑やかになった際、私達は彼らを大いに歓迎するつもりだ。

 しかし一口に歓迎と言っても、衣食住の住は徹底的に作ったものの、他二つに関しては、生物の特徴によって大きく左右されてしまう。

 私達は大概アバウトだし、食事も必要ないのだが、今現在影も形も無い魔界人候補は、一体どんな姿で、何を食べるのかが全くわかっていない。

 チーズを食べてビールを飲めればなんとかなるだろうけど、万が一そういった普通の食事ができない相手だと、せっかく準備したところで無意味だ。

 

 なので私達は、別の方法で魔界の住人を歓迎することに決めたのだ。

 すなわち、音楽である。

 

 

 

「らららー♪」

 

 神綺の声はとても綺麗だ。高く、美しい。

 いつ練習したのか、それとも最初から天才的な適性があったのか、既にプロレベルである。あなたが神か。

 

「ぼえー……」

 

 対する私は、こんな声。

 もしも私がアクション映画の声優をやるとしたら、敵陣営の一番腕力が強そうな、顔に十字傷のある男に抜擢される。ファンタジー系のゲームに出演するとしたら、ラスボスの魔王を倒した後に“やっぱり復活は止められなかった”感じで地面の底から出てくる邪神役になることは間違いない。

 つまりはとんでもなく低く、そして恐ろしいのだ。

 

「うーん、ライオネルの声は、歌には向いていないのかもしれません」

「そうだね……」

 

 私が歌ったら、相手の魔力を削って自分のものにしたり、相手に複数の状態異常をかけてしまうかもしれない。それは困る。魔界の住人が私を魔王か何かと勘違いしてしまう。……間違ってもいないのかな?

 しかし、神綺が正直に言うほどだ。他人からみても酷いのだから、手の施しようはない。

 

 

 

 けれど、音楽は何も歌ばかりではない。

 逆に、神綺が歌に向いているのであれば、私は別の方面を伸ばせば良いだけなのだ。

 

「じゃーん」

 

 と、いうわけで、木管楽器を創ってみました。

 当然、原初の力が全てなんとかしてくれました。

 ふんっ、と力を込めればこんなものなら一発なのです。

 

「へえ、すごい綺麗ですね」

「うむうむ。買うと高いんだよ」

「買う?」

「それより、どう。演奏してみない?」

「はい! やってみます!」

 

 取り出したのは、フルートである。

 構造もわりと単純なので、研究せずともすぐに創ることができた。

 一度演奏したこともあるので、きっとそれなりの音も出るだろう。

 

「指を、こうですか?」

「そうそう、こっちを押さえるほど高くなるから」

 

 純銀製のフルートを手に、神綺が演奏法を確認する。兎にも角にも、まずは音の出し方からだ。

 幸い、笛らしいものは一度私がいない時に作ったことがあるらしく、吹けば鳴るということは直感的に理解してくれた。

 

「じゃあ、やってみますね」

「おー」

 

 神綺の演奏会、はじまりはじまり。

 最初はぴーひょろろ、と適当に音を出して、音階を確認しているらしい。息の強弱、指の抑え、一つ一つのパターンを試し、手応えを探っている。

 音に集中する神綺の表情は真剣そのもので、目つきがいつものようにおっとりしていない。六片チーズの最後の一個に狙いを定めた時の、射殺すような鋭い目だ。

 

「ふう……良い音ですね」

「喜んでもらえたなら何より」

 

 しばらく試奏を続け、先ほどの歌のようにメロディを奏でると、神綺はご満悦の表情を浮かべて、私にフルートを返してくれた。

 

「もっと練習して、改良を加えれば、更に良い楽器ができると思いますよ」

「そうだね。何でも作れるし、もっと立派なものでも良いかもしれない」

 

 それこそ私の原初の力があれば、超巨大パイプオルガンでも創りだすことはできるだろう。原理がいまひとつ調べるのが面……金属の生成は時間がかかるので、今からやる気はあまりしないけど。

 というかさすがにパイプオルガンは悪役っぽさが際立つから、できるなら私もフルートみたいな楽器がいいな。

 

「ライオネルも演奏してみては?」

「うん、私もやってみようかな」

 

 神綺から受け取ったフルートを構え、指の位置を確認する。

 

 こういう楽器を演奏するのも久々のことだ。記憶は鮮明に残っているけど、果たして今でも吹けるだろうか。高校以来だから、少し不安である。

 

「……!」

 

 フルートを口につけ、私は衝撃的な事実に気付いた。

 目の前では、固まった私の様子を見て、神綺が無邪気な、不思議そうな顔をしている。

 

「……ライオネル、どうかしましたか?」

「いや……その」

 

 うん、いや、大したことじゃないんだけどね。

 

「息が出てこない」

「……あ」

 

 神綺との間接キスだとか、そんな些細な問題ではない。

 管楽器を操るにあたって最も致命的なことに、私の口からは、音を奏でるための息吹が出てこなかった。

 

 私はこの世界に来て、歌ばかりでなく、フルートの才能も根本からごっそり失ってしまったらしい。

 

 


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