東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私は日本の魔法文化がどれほど進んでいるかを調査するため、まずは真っ先に都へと向かった。

 人が多く、活気づいた町並みである。

 ……が、離れていた時間も僅かであったし、さほど変わり映えはしない。

 ここから先、多少の政変が起ころうともあまり見るものも無さそうだ。

 

「というか、あまり魔法使い居ないのかな。街中の魔素が少ないが」

 

 なんとなーく嫌な予感を覚えた私は、一路魔法研究施設を目指し、国の最重要敷設へと踏み入ったのであった。

 

「おいそこの、止まれ。何者だ」

「“散漫”」

「……? あれ、ええと……?」

 

 私くらいの偉大な魔法使いともなれば顔パスである。

 

 

 

 陰陽寮。

 それはいわゆる、日本が主導する国家的な魔法組織である。

 どうやら以前と比べてこの陰陽寮の格式は相当に上がったらしく、建造物は綺麗に、そして巨大になっていた。

 魔法がより高度に、そして重視されたということであろう。人間もようやくわかってきたということか。

 

 とはいえ、資料庫へ踏み入るのも難しくはない。

 大幅に組織が巨大化し、書庫にも警備しているらしい人間が一人増えていたものの、私が一度魔法を発動してみせると“よしオッケー”とでも言いたげに上の空な顔で入室を許可してくれたし、こちらの作業を邪魔しないように退席までしてくれた。

 有り難いことである。流石は洗練された日本の魔法使いだ。

 お礼に部屋の掃除でもしてから出て行ってあげるとしよう。

 

「ふむ、ふむ……」

 

 部屋にある巻物や書物を読み漁る。

 最初は書式も文字も慣れないものばかりなので流し読みだが、それらは読んでいく内に次第に慣れてゆくので問題にはならない。

 昔は算術を使って翻訳魔法なんかを併用したこともあったのだが、結局のところ言語は言語だし、一部は親しみ深い日本語ではあるので、解読にそう長い時間を必要とはしなかった。

 

 の、ではあるが。

 

「なんじゃこら」

 

 読んでいくうちに、モヤモヤとした気持ちが広がってゆく。

 

「妖怪退治……魔除け……護符……いやいや」

 

 記録は多い。仕事も手広くやっているらしい。

 だが、その内容のあまりの次元の低さに、私は思わず首を振ってしまうほどだった。

 

「おかしいでしょ。なんで退化しとるん……」

 

 見るに。

 ……何故か知らないが……魔法が衰退している……ようだった。

 

 いや、一部は先鋭化されている。主に暦だ。天候にまつわる部分などは、洗練されている……気がする。

 しかしそれはどちらかといえば科学寄り。魔法ではない方面の技術であり、以前は書庫にあったはずの魔法技術のいくつかは消え去っているように見えた。

 

「なんでだ。こんなにまとめられているのに……前はあっただろうに。何故消す必要がある?」

 

 資料はとても読みやすくなっていた。

 誰かが纏めたのだろう。多くの人員によって体系化されているようにも見える。

 清書を何度も繰り返したのだろう。いや、それはわかるのだが……努力は垣間見えるのだが……。

 

 明らかに、魔法のレベルが下がっていた。

 ……これならまだ、前のよくわからない儀式込みで行っていた魔法技術の方が数倍はマシだ。

 

「科学との混同が、こうやって響いてくるわけか」

 

 書物に魔法をかけ、元々置いてあった書庫まで飛ばして戻す。

 

 ……そして、虚しい気持ちでいっぱいになる。

 

「フォストリアの二の舞か。それとも……体系化の弊害か」

 

 後者だろうな、という感じはする。

 おそらく魔法に詳しくもない第三者が編纂に口を挟み、その際にいくつかの魔法の様式を失ったのだろう。

 それが繰り返されたのだ。あるいは万人に分かりやすく、再現性高いように最適化されたのかもしれない。

 出る杭は打たれる。水は低きに流れる。荒れた表面は磨かれる。運命は全てを元に戻そうとする。

 

「悲しいものだね」

 

 ……陰陽寮。陰陽師。

 

 聞こえは良い。人間だった頃は、これぞ日本の魔法だという意識も多分にあった。

 しかしどうやら実際の陰陽とやらは……特に国が主導する陰陽というものは、どうも私の理想とは大きくかけ離れたものであるらしい。

 

 これからも、国の目指す魔法体系は、およそ魔法使いという存在からは離れてゆくことだろう。

 何も尖った部分の無い、過半数を信仰と科学的迷信に依存したこの学問の行く末は、明るくないはずだ。

 とはいえまだもうしばらくは、役人の利権のために存続し続けるのだろうがね……。

 

「……掃除しようと思ったが、やめだ」

 

 ここが魔法使いのための施設であれば私もちょっと手を出そうとは思った。

 だがこの方向性でゆくのであれば、何をしてやる義理も無い。

 

 まぁ、面影はある。先細りしてゆく一方の魔法とはいえ、しばらくは生き残るだろう。

 終わりが約束された、死滅回遊魚のように。

 

 

 

「やっぱり時代は民間だな」

 

 魔法など所詮は個人技である。国なんかあてにしちゃ駄目。

 であれば陰陽寮などという辛気臭い場所に篭っている必要などなく、次からは個人の魔法使いに絞った調査を進めていくのが一番だろう。

 

 どうも国としてはあの陰陽寮が魔法関係に幅をきかせているらしく、あろうことか他の体系の魔法に関しては厳しい目を向け、規制を敷いているらしい。

 要は異端審問である。日本版魔女狩りだ。愚の骨頂である。

 

 声の大きな派閥が、小さな正しき声を根絶してゆく。

 うむうむ、文化を衰退させるお手本のような流れだな。

 正直、陰陽寮を概念ごとこの世から消し去ってやろうかとも考えたのだが、これもまた日本の魔法文化の流れではあるので、やめておいた。

 

 ……優秀な在野の魔法使いであれば、きっとこんな環境でも生きて行けるはずだ。

 そうして生き残った者たちとであれば、より建設的な魔法談義を交わせるだろう。

 ……なんて思わないと、やってられない現状である。

 

「はあ。まぁ、それはそれでいいとして。……ああ、丁度いい。気晴らしに“棍棒の書”の加筆修正でもするか」

 

 あわよくばその間に、この腐り果てた醜い陰陽寮が消え去っているやもしれぬ。

 ここで時間を潰しておくのも悪くはないだろう。

 

 時間は夜。

 雲もなく、晴れ渡った星の美しい夜空だ。

 

 こんな時には、天体の魔法が綺麗に動く。

 

「“司書の手帳”」

 

 専用星魔法特殊系。

 これは自身の手元に魔法の手帳を生成するだけの魔法だ。

 ただしこの手帳は天体の魔力を感知し、それらを取り込みながら中身を創出・改変してゆく。

 

 淡く発光する手帳をめくり、中を確認する。

 そこには私がこれまでに地上に置いてきた呪い系魔法の所在が記されており、それらの位置を確認することができる。

 

 魔界に通じるゲートは当然として、魔道具のいくつかにも対応している。

 そしてこれは、私が書いた魔導書の座標も確認することが可能だ。

 

「ふむふむ、これはここに……地形としては、なるほど。魔力供給は十分か。どの書物も、人の手には渡っているらしいね」

 

 著しく環境魔力値の起伏が低いものは、魔界に存在するものだろう。

 魔導書も全てが地上に散らばっているわけではない。

 

 しかし書物の多くはこの地上、しかも人の手に渡っているようだった。

 簡略化された閲覧履歴は比較的新しいものであり、それが封印であれ秘伝であれ、人あるいは神魔の類によって管理されているのは間違いない。

 

「で、棍棒の書は……うん?」

 

 今最も気になっている魔導書の行方を探っていると、その座標はなかなか面白い地点を示していた。

 

「……近いな」

 

 手帳に記された棍棒の書の座標は、日本を示している。

 それは、地理的にもそう遠いものではないようだった。

 

 

 


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