東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 幽香との闘いを経て、ちょっと思うところがあった。

 

 簡素故に素早く発動できる熱の魔法や、効率的に肉体を強化するための魔法。

 もちろん私もそういった分野については長く研究していたし、突き詰めるところまで突き詰めた……のではあるが、それはあくまで適正に運用できた場合の話だ。

 つまりは理想。最大値の話。

 実際に人間が運用しようとなれば多少のロスは出てくるだろうし、何より“単純な魔法”という本来求めるべき性格と衝突してしまう部分が多く含まれているのだ。

 

 理屈の上で正しくとも、実際の運用に適さない魔法が完璧と呼べるだろうか?

 私は半々といったところであるが、しかし少なくとも、私以外の多くの魔法使いは、そうは思わないのだろう。

 

「多少の加筆修正が必要だな、“棍棒の書”にも」

 

 十三冊の魔導書のうち、原始的なエネルギーにまつわる魔法を纏めたものが“棍棒の書”であった。

 系統としては“生命の書”と同じで、魔法らしい魔法ではない書物の分類になっているのだが……これは上手く扱えば、属性魔法を扱う魔法使いよりも優位に立てるほどの可能性を秘めてはいる。

 

 “虹色の書”がさまざまな属性を操って、魔法使いらしく戦うための書物だとするならば、“棍棒の書”はその真逆、モンクや戦士のような領分を押し上げるための書物と言えるだろう。

 魔族や神族は先天的にこういった力の適性があるため、多少の非効率差はあるものの、彼らは“棍棒の書”の技術を使っているということになる。

 人間は魔族や神族と比べると非力だが、彼らが基礎的な身体能力で遅れを取る理由は、強化技術に乏しく、素の動物としての能力だけで動いているからに過ぎない。

 人もまた、学べば妖魔に対抗し得るだけの力は持っているのである。

 

 ……河勝などは、特にそうだったな。

 彼が魔力で底上げした身体能力は、まさに神族や魔族と比肩するものだった……。

 

 と、あまり思い出話をしているのもあれか。

 

「歳は取りたくないものだ」

 

 そうと決めたら早速動くとしよう。

 考えているだけでは、本は改善されないのだから。

 

 

 

 というわけで、私は魔界に別れを告げて現代へと戻ることにした。

 かつて私を追っていた(かもしれない)藤原一味も既に当事者は亡くなっているだろう。

 装備はいつも通りの、全身を包帯でぐるぐる巻きにした上で、旅装と仮面でバッチリ決めるアレである。

 背中には当然、最近愛用し続けている荷物用の収納木箱。バッチリだ。

 

 もちろん、怪しいのは自覚している。

 仮面だってお仕置きだべぇーとか言いそうなデフォルメチックなドクロ仮面を被っているし、開き直っている部分も多い。

 

 しかし幻術はなんとなく嫌なのだ。

 精巧な肉襦袢を被るのも違和感が多くて面倒くさい。

 

 包帯ぐるぐる巻きこそ至高。

 通報されたりしょっぴかれそうになったらその都度“散漫”で回れ右である。

 

「でもどうしてライオネル、そんなに人間から怪しまれているんですかねぇー」

「さあ。まぁ、顔を見せてないっていうのが一番なんだろうけど」

 

 顔をマスクとサングラスで完全防護してパーカーを被ってうろついていれば、少なくとも私が現代で暮らしていた地域では“ちょっと君”となる対象であった。

 その気持ちはまぁ、魔族や魔人達との交流で少しずつ価値観が変容してはいるけれど、わからないでもないのだが。

 

 しかし前回はそこそこ地域に溶け込めていたし、今回もまぁなんとかなると思うんだよね。

 

「どうだろう神綺、この仮面」

「うーん……可愛らしいですね!」

「でしょ?」

 

 そのためのデフォルメなのだ。

 飛鳥時代はちょっと写実的なディテールにこだわりすぎていたから、今回はこういう方向から攻めていこうと思った次第である。

 

「それなら以前の小悪魔ちゃんでも怖がらなかった気がしますねえ」

「私もそう思った」

 

 まぁできるものなら私だって、ガチなドクロフェイスではなくもっと怖くない感じのドクロのが良かったと思っているしね。

 いや、しかしそれでも完全に骨だけだとな……飲み物飲んだ時に全然味わえないし、独特の喉越しもないから……やはり今の状態くらいが最善なのだろうか……。

 

「ライオネル、今回は本の追記と……あと旅行もされるのですよね?」

「うん? ああそうだね、また大和……というか日本に行くつもりだよ」

「お土産、よろしくおねがいしますね!」

 

 神綺はとても良い笑顔でグッと親指を立ててくれた。

 この笑顔はよく知っている。何か美味しい食べ物を求めている時の笑顔だ。

 

「うむ、任せ給え!」

 

 万事オーケーである。必ずや神綺が満足できるような地上の珍味を手に入れてしんぜよう。

 

「わーい、楽しみです!」

 

 私のサムズアップに満足したのか、神綺は赤い空へとゆらゆらと楽しそうに羽ばたいてゆき、去っていった。

 彼女はこれから魔人に頼まれた公共事業のお手伝いにゆくのだそうな。

 また何か適度な山を作ったり、整地したりするのだろう。

 

「私も頑張らないとな」

 

 特に火急の目的もないので何をとは言わないが、頼まれごとややりたいこと自体はそこそこあるので、今回はそれらを忘れないよう、しっかり動いてみようと思う。

 

 とにもかくにも、まずは書物の加筆修正からだな。

 魔法は全てに優先されるのだ。

 

 


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