東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔界の扉を潜った私は、大渓谷の中心、岩の居城へと転送された。

 骨の塔の魔力収集機能を用いれば魔界への移動はかなり楽だが、これから地球は耐え凌ぐ時代に入る。そう何度も塔の魔力を使って往来を繰り返すのは良くないだろう。

 今回の魔界での休暇は、それなりに長く取らなくては。

 

「おかえりなさい、ライオネル」

「ただいま、神綺」

 

 久々の神綺との再会だ。

 彼女は顔だけでなく、六枚の翼をキラキラと輝かせ、体全体で喜びを表しているように見えた。

 もちろん、塔を作ってからも何度も顔を合わせているのだが、この再会は実に数百年ぶりだったりする。

 

「とりあえず、こちらへどうぞ。魔界の変成で、いくつか作ったものをお見せしたいのです」

「おお、何を作ったのかな」

 

 私の方も、ドラゴンというとっておきの話題がある。

 けど、楽しみは小出しに、小出しにだ。時間は長い。ゆっくりじっくり、最大限楽しみながらやっていこう。

 

 

 

 神綺の案内で宙を飛んでいると、大渓谷の様子がいつもと違っていることに気がついた。

 

「おお、これは……渓谷に水を入れたんだね」

「はい。海が綺麗だったので、ここにも同じようなものができないかなと思いまして」

 

 険しい渓谷の狭間を流れる、白く泡立つ早い水流。

 水流は激しく渦巻き、渓谷の中を縦横無尽に駆け巡り、回っているようだ。

 ただでさえ地上の生物が近寄りにくい環境だったのに、この水によってそれもまた絶望的になってしまった。

 まぁ、せっかく魔界の中心部ともなる渓谷なのだ。普通の虫とか爬虫類はいらないし、別に良いんだけどね。いるのはドラゴンだけで良いよ。

 

「あ、けど神綺。渓谷にある建物は大丈夫?」

「それは平気です。中央付近には、激流ができないようにしてありますから」

「ほう、どれどれ」

 

 言われてみて気になったので、彫刻の街に瞬間移動する。

 

「おお、本当だ」

「でしょう?」

 

 私と神綺の二人で作り上げた彫刻の街に、大渓谷全体を取り巻いていた激流の姿はない。

 かわりに、街の合間に緩やかに流れる水路が出来上がっていた。

 これはまた、ベネツィアが赤面して水没しそうなほどの美しい光景だ。

 

 うーん。尚更、魔界の住民が欲しくなってきたなぁ。

 

「せっかくなので、街のどこかに座ってお話しませんか? 私もライオネルの話が聞きたいです」

「おお、良いね。そうしようか」

 

 けど、まぁ、住民が出来るまでの間は、こうして閉店時間を気にせず、豪華な喫茶で話ができると思えば。

 今の時間も、結構貴重なのかもしれない。

 

 

 

 私はこれまでの研究成果を、なるべく彼女にもわかりやすい形で説明した。

 

 美味しそうにビールをくぴくぴ飲みながら話を聞く彼女は、時々私の使う魔法用語に首を傾けていたけど、翼をはためかせて大空を飛ぶであろうドラゴンの理想形について私が胸を熱くして語りかければ、目を輝かせて何度も頷いてくれた。

 興味はかなりあるようだけど、神綺としてはきっと、一緒に空を飛べる生き物がいるということが重要なのかもしれない。そして、その背に乗るということが。

 私達は既に最初から空を飛べるけれど、乗り物に乗って飛ぶ事には、また別の憧れをもっている。

 

 現代にいた頃は、私も飛行機に乗るような事が何度かあったけど、今やそれも遠い昔の出来事……いや、未来か?

 とにかく、久しいものは恋しいものなのだ。

 

「空をとぶドラゴン、見てみたいです……」

「私も見たいなぁ……」

 

 長期間を開けて、再び地球に戻った時。

 その時ドラゴン達がまだ生きていれば、もしかしたら、翼で空を飛ぶ術を身につけているかもしれない。

 ……それよりも有り得そうな可能性だけど、両腕両足に両翼を足した六足歩行形態を極めていなければいいなぁ。

 こればかりは運に委ねる他ないのだが。

 

 

 

 魔界に戻ってきたついでに、一緒に持ち帰った“新月の書”に新たな魔術を書き記す。

 月魔術は何億年も使ってきた今でさえ、日進月歩と進化し続けている。

 それに、ただでさえ魔力効率がよく、威力の高い分野なのだから、これを突き詰めない手は無い。

 私はこうして暇さえあれば、少しでも効率よくできる部分には何度も手を加えていた。

 記す際に用いる魔界文字は、魔力を込めて刻んでゆく。文字自体の濃淡にいくつか種類があり、重なるように記された部分も非常に多い。

 表面に一番濃く書かれている文字は本らしい説明書きだが、その後ろに薄く描かれた文字こそが、私の作った魔導書の真髄。文字の呪いである。

 

 ……が、“慧智の書”では少々威力が高すぎた。

 はりきって魔導書を作ったはいいものの、読む人全て傷つけ殺したのではどうしようもない。

 ピリッと脳に刺激を与え、受験勉強で有利になるくらいのレベルの魔導書も作るべきなのかも……それって参考書じゃないか。

 

 うーん。そもそも本命と定めた人間がどこにもいないから、全然わからん。

 

 

 私は今日も悩みながら、魔界に伸びる樹高七十メートルのシダを伐採し、魔導書モドキの制作に精を出すのであった。

 


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