東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 圧倒的なまでの熱を束ね、射出する。

 それは基礎的かつ、簡易な魔法に類するだろう。

 しかしその結果の幅は広く、単なる明かりを生成するものからビームに至るまで、様々な段階や難度がある。理論の上ではわかっていようと、いざ強力な熱を照射しようとしても出来ない者は、多いだろう。

 

 それが、ひとつの山を消し飛ばす程の威力ともなれば尚更だ。

 

 先程、日傘を基点に放たれた大規模熱魔法は、エンデヴィナにある小規模な山の標高を一気に削り取ってしまった。

 岩石質の頂はガラス質に変容し、膨大な破片は煙となって辺りに立ち込めている。

 

 あれほどの熱線。要するにビームを、能力に頼らず魔法によって射出するためには、並々ならぬ努力と研鑽が必要となるだろう。

 それは百年や二百年の試みで成し得るものではないし、無意識的な偶然の努力によって磨かれる技術でもない。

 

「すばらしい威力だ」

 

 私は大きく抉れた山を眺めつつ、素直にそう賞賛した。

 

「……だったら、一緒に吹き飛んでもらいたかったのだけど?」

 

 幽香は私の背後で傘を突き出した体勢のまま、ニヤリと笑っている。

 不敵な、というよりはもっと凶悪な、殺意の篭った笑みである。おそらく、私が今の一撃を回避したことについて苛立ちを覚えているのだろう。

 

 だが、これもまた勝負の一環である。

 

「“寄り道”は隣接する等積異界に身を隠し、姿だけを反映させる。こうして私の身体が異界に置かれている限り、表……今で言う魔界でのほぼあらゆる干渉を受け付けない」

 

 これは、先程幽香が使ってみせたトリックの一つ。その意趣返しのようなものだ。

 

「少し考えてしまったが、ようやくわかったよ、幽香。さっき後ろに回り込んだのは異界を経由した擬似的な瞬間移動。そして、分身の方はまた別の技術なのだとね」

「……」

 

 無言の魔弾が飛来し、私の額を貫く――軌道を描いていたが、それは私の右手によって掴まれた。

 

「“掌握”。エネルギーを掴み、保存し、握り潰すことも投げ返すこともできる」

「私の魔力を無駄遣いさせて。不愉快だわ」

「有効打にならなければ無駄というものでもない。実戦で放つ魔法こそ、実に有意義な――おっと」

 

 呑気におしゃべりしている間に、幽香が懐に飛び込んできた。

 それもただの直進ではない。器用に異界の薄膜を貫き、半分別次元にいる私に影響を及ぼせるだけの座標に乗り込んでの接近だった。

 

 景色がエンデヴィナの荒廃したものから、それにマーブル模様の靄を上書きしたような半異界へと移り変わる。

 

「面白い! ステージを上げていこうじゃないか!」

「減らず口。黙らせてあげる」

 

 幽香が殺気を漲らせ、戦場は魔界の庭へと形を変える。

 

 二回戦の始まりだ。

 

 

 

 

「逃げるな!」

「おっと」

 

 位相をずらした光弾が降り注ぎ、私はその中間層にあるものを無難な防御魔法でかき消した上で、全層魔法を放射する。

 灰色に撒き散らされる条線は空間へ満遍なく散らばり、しかし幽香はその半分近くを日傘で弾いて詰め寄ってくる。

 

「私を見なさい!」

 

 幽香は迫る。

 簡素極まる、しかし相手を討ち滅ぼすに十二分足る光弾を放ち、極めて効率的に私を討ちに来る。

 

 動きは格闘。接近のそれ。手足に魔法を纏い、ぶつけるばかりの簡素な技法。

 それを原始的だと言い捨てるのは容易い。だが、彼女は現代の魔法を修めているし、応用力や先見性はこの時代の先をゆくものであった。

 

「面白い」

「ようやく見たわね」

 

 日傘の先が私の顔面を捉える。

 私はその暴力的な輝きを受けて、右手を掲げた。

 

「“提言”」

 

 それは涙の書に納められた未分類の上級魔法。

 

「“これ以降の戦闘を初級隣接次元間に限定して行うことを提言する”」

「!」

 

 その言葉を発した瞬間、幽香が突き出した日傘の先端が私の目の前で食い止められる。

 力を込めようとも無為。それ以上先に進むことはない。

 

「“異議”はあるかね」

「……」

 

 それでもまだ幽香は傘を突き立てんとする。

 だが、無意味なのだ。“提言”発動中に攻撃は成立しない。

 

 “提言”は相手に条件を示し、その合否を選ばせる魔法。

 拒否はできる。だが、発言にはそれなりの技能が要求される。

 また、この魔法にかかった時点でそれ相応の反動は覚悟して貰わなければならない。相手によって“提言”が棄却された場合、発動に際し失われた魔力を直接相手から奪い取るという効果も備えている。

 瞬間的な魔力の欠乏と、それに対応した急激な魔力強化。刹那的な闘いに決着を齎すには十分な差が発生するだろう。

 

 まぁ、なに。とはいえ私もわざわざ楽しみを放棄して短期決戦に洒落込もうなどとは思っていない。

 こちらが要求するのはひとつばかりだ。

 

「なければ、効果を反映し戦闘を続行する」

 

 私の。いいや。私にとって公平だと感じるルールに従うがいい。

 

「……いいわ」

「よし」

 

 ここに合意は成り立った。

 足元から急速に拡散する魔法陣が意味を成し、即席の魔法論理を形成する。

 

 “戦闘を初級隣接次元間に限定して行う”。

 

 それは、つまりここからあまりにも遠ざかった異界への移動を制限するための魔法である。

 当然の処置だ。異界移動はさして特別ではない魔法であるとはいえ、あまり多用されては面白みにかける。

 なにより、異界の階層差で私が負けるはずもない。そんな勝負に面白みは無いし、相手が多少適当な異界にダッキングしたところで新しい発見もなにもない。不毛だ。

 当然、不許可である。

 回避のための隣接した次元移動は許可するが、それ以上の繰り上がり的な移動は認めない。

 

「ふざけた魔法を使う。小細工せず、私を殺すつもりで撃ってきなさい」

「ほう?」

 

 幽香も直感的に、私が敷いた強制ルールを把握したのだろう。

 だが彼女は、予想とは一味違った闘いに少なからぬ苛立ちを抱えているようだった。

 

 しかし、その苛立ちは不要なものだ。

 戦闘は常に移ろうもの。多少ルールが変わることに関しては何ら不自然さはない。

 

 そして私は、やられたものはやり返す主義である。

 そう慌てなくとも、ご希望通りの魔法は使う予定だった。

 

 異界回避は見た。

 分身も見た。

 ならば次は、山を消し飛ばしたあの攻撃の意趣返しであろう。

 

「であれば、多少は貴女の流儀にも沿ってあげようじゃないか」

 

 差し向けるのは、黒木の杖。

 同時に、辺りに散らばる雑多な魔力を統合し、一気に杖に向けて束ねてゆく。

 

「これは……!」

 

 幽香は杖の先に集中する魔力の量から何かを悟ったのだろう。

 それまでの好戦的な態度はどこへやら、異界を突き破っての本気の退避行動に移っていた。

 

 その判断は正しい。適当な防御魔法で防ぐよりは、軽く異界を変えてズラしてやったほうがマシになるだろう。

 だが、私が込める魔力の圧力は、幽香よ。

 貴女の想定や多少の異界など、軽々と超えてくるものかもしれんよ?

 

「さあ、避けられるか――」

 

 星界の書の汎用攻撃魔法。

 

「“極太極光極炎レーザービーム”」

「――!」

 

 杖から放たれるのは、原始的な熱の魔法。

 白い輝きと、ひたすらにそれを圧縮し、収束させ続けただけの、シンプルな光条攻撃。

 光と熱を集め、紡ぎ、放つ。

 

 それはあまりに古すぎるが故に古典的ではあったが、その構造の簡素さ故に、術者の力量を注ぎ込むほどに威力が変動する。

 

 基礎的な魔法の作りは先程幽香が放ったものと同等だ。

 が、そこに込められた魔力と、その“粘度”と“圧力”は違う。

 

「消し飛べ」

 

 その日、頂の抉れたエンデヴィナの抉れた山は、その標高を更に半分にまで縮めたのだった。

 

 

 


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